日大文理学部で「教育特講 U」を受講している皆様
授業は、すでに公開中のシラバスにそって授業進行いたします。
このページに、逐次、授業に関わる情報を提供していきますので、
ときどきご覧下さい。
今年のテーマは「コミュニケーション論」です。
| ◆9月22日の内容 |
講師紹介に引き続いて、ロールプレイングゲームを行いました。 まったくの知らない人に、「何かを伝える」ことと、 「情報利用者どうし」の会話をロールプレイしてもらいました。 具体的には、魚類などの写真を見せながら、自分が伝えたいことと、相手がそれぞれの経験や印象に基づいた受けとめ方とは、かなり異なることを体験してもらいました。この「離れ具合」は、コミュニケーションの原動力となります。違いがあるからこそ、おもしろさや発見があるのです。このおもしろさは、その相手という「人間」への理解に深まったとき、新たな発見にもつながります。生き物を仲立ちとするときは、「解説」だけではなく、その生き物が介在することによって生じる「交わり」が重要な意味を持つと言えるでしょう。 |
| ◆9月29日の内容 |
まず、博物館研究における来館者研究の歴史を簡単にふり返りました。 「展示」の二重性について、実感してもらうためのちょっとしたアクティビティをこころみました。9月22日と同様の方法を使って、今度は「生き物」ではなく、現象説明を行うことを体験してもらいました。 いかがでしたでしょう。 「メンタルモデル」という内的なイメージ図が、各人によってかなり異なることがわかっていただけたのでは? 展示に多用されている「モデル」や写真、イラストなどを駆使した解説が、自然界の「現象」を対象にしている場合、その展示を利用しながら、各人が思い描くそれぞれのイメージが改変されていく様子が実感できたのでは? 展示を構成するたくさんの要素の中で、何かを「解説」しようとするための媒介物は、ほんとうに多いわけですが、その中でも、その人の興味や理解度に合わせて展示がうまく役割を果たしていけるのかどうか、、、。 そのあたりに興味がわくと、展示者側の「意図の表現」と利用者側の「解釈・イメージの改変」の関係がおもしろいと思えるようになるのではないでしょうか? |
| ◆10月6日の内容 |
きょうの疑似体験的な思考実験は、「博物館で目の前に化石の実物があったとき(それはガラスケースの中に入っていて触れることはできない)」「博物館で化石のレプリカがあったとき(それは実物そっくりに作られていて、かつ重さも同じになっており、触れたり持ち上げたりすることが可能)」の2つの場面を想定してもらって、自分が感じるであろう事を書いてもらうものでした。 それぞれの体験を思い出してもらいながら、この2つの場面にどのような違いがあるのかを想定してもらうというやや難しいものだったと思います。 「だれと」「どのような状況で」「その博物館に行こうとした動機は何か」「その化石に関する知識あるいはそれまでの経験は影響するのか」「感情の動きがあったとして、それをどう文字化できるのか」など、自分の経験を想定して(想像して)短時間のうちにいろいろと書き込むのは難しかったかと思います。 ほんものに出会うという場合の気持ちや感情の動きを追うことは、自然史を対象としたり民族を対象とした博物館の研究活動に、これからは大分必要なことになってくるように思えてなりません。 後半は、「見る側」の批評的な「目」の成長によってこそ、これら「感情の動き」がわきおこるその根拠をみつめることができるというお話をさせていただきました。 |
| ◆10月20日の内容 |
| はじめに、2つの写真を見てもらいました。それぞれ、博物館の展示に使われたものと国立公園の中で保存されている「ある住居」の復元されたものでした。 この 2つ写真をはじめは情報をほとんどない状態で見てもらったときの印象と、数行の解説文を添えたものをあわせて見てもらったときのその後の印象とを比べてもらいました。 博物館では「もの」が中心といいながら、その「もの」がそれ自身で語れるものは極限られており、その「もの」の意味については、「もの」がつくられてきたその土地社会の「文化」「歴史」の側にたたないと理解が不可能であることも体験していただいたかと思います。 授業では、interpretive strategy が それぞれの所属する文化・社会・コミュニティによってずいぶん異なるであろう事、さらに、その「もの」をアートとして感じ取ってしまうことの是非についても触れてみました。 ちなみに、授業で取り上げたこの2つの写真とは、@ミクロネシアで20世紀初頭まで使用されていた「海図」で、椰子の細い枝(歯の根もとの部分)と貝殻でつくられたもの Aニュージーランドのマオリ族がコミュニティのMeeting Houseとして建てた家屋が国立公園の中で復元保存されている状況 でした。 多くのかたが、@は何かの装飾品芸術品と考え、Aは古い民家と考えていました。Aは本来マオリの人々にとって「悲しいときつらいとき」にその気持ちをおさめるために利用した場所だったとのこと。先祖の「神」の背骨とあばら骨が、この家屋の屋根であるということでした。 |
| ◆10月26日の内容 |
| 先週の授業での、interpretive strategy を少し思い出してもらい、ひとりひとり異なる解釈のもとで、「もの」のもつ意味役割が違うことについて、もう少し深く考えてみました。 異なる解釈でうまれる意味には、ひとつは社会的な「意義」つまり、なるほどそのような社会的役割を持ったものであるのかを納得できることということ、もうひとつは、まったく個人の世界における有意味性ということ この2つの異なる側面がもたらされることに気づいてもらいました。たとえば、「海図」についていえば、社会的意義としてはまさに海図としてその船の乗り手は利用した道具であり、何か芸術品装飾品として感じた場合は、個人の自由な発想がそうさせるのです。ごくわずかの情報がそこに関連させて入手できれば、社会的意義について納得できるわけで、だからといって後者の個人における有意味性が失われるわけではありません。もしかすると、海図を道具として利用した人々にとっても、自分自身の表現としてその海図を創ったかもしれず、その意味では芸術品として感じることに何らやましいことはないでしょう。 さらに、この日の授業では、サインコミュニケーションについて触れてみました。 サインというのはひらたくいうと、博物館などでの「看板」類のことです。 展示物の解説、展示全体のコンセプトの紹介、場所の位置を示すもの、制止版など、さまざまなサイン類が使われており、その全体のデザインもサインコミュニケーションの内容に深く関係することをとりあげました。 実習では、動物の写真をおいた簡単な解説板をつくってもらいました(もちろん擬似的に) 同じ動物の解説なのに、同じ看板には絶対ならないことが分かっていただけたかと思います。 |
| ◆11月10日の内容 |
| 大阪「海遊館」という水族館の見取り図を見ながら、@小学校(5,6年生)の遠足で向かったときのことを思い描きながら、その引率者としてどのような見学コースを考えるか、A友人や恋人など親しい人とどのように水族館で過ごすのか、の2つのパターンでシュミレーションしてもらいました。2パターンに共通するキーワードは「すごしかた」です。 学校の活動として見学するにしても、親しい人と訪れるにしても、「過ごす」場合にはその目的にかなった情報がどこで得られるか、得られた情報はその目的に照らしてどのように役立てることが出来るのか、あるいは、「過ごす」事の中にはどのような要素が含まれるのか、、、、というような、過ごし方に必要な構成要素を分析してもらうのが今回の授業の目的としたところでした。 一般的には、その施設全体のフロアプラン、荷物預かりやトイレの位置確認、軽食や飲み物が取れる場所の確認など、安心して過ごせるための見通しが出来るような情報がまず第一に必要とされます。つまり、目的にかなった利用ができるかどうかの第一歩は、「見通し」がもてることなのです。 次に、移動の距離を含む目的地へのアクセスについて具体的情報が「どこで」得られるのかという点も「過ごすこと」の構成要素となります。通常はエントランスの「案内」で得ることができるようになっていますが、大勢で一気に訪れるような団体と一般利用者への案内とは場所が分かれていることもあります。事前にこの「案内」について、どこまでの情報が得られるのかを知っておくことも、とくに団体利用の場合は「過ごすこと」の構成要素となるでしょう。 個人的に親しい人と訪れる場合は、自分たちで過ごし方を工夫したり探索したりすることも「過ごすこと」に含まれます。むしろその水族館という場所を互いの交流を深めるために利用するわけですから、探索的な過ごし方自体が目的にかなうわけです。でも、学校などの学習目的では「得させたいことがら」「見て欲しいことがら」が多くの場合あらかじめ決まっていることもありますので、それが明確であればあるほど、「過ごし方」の多様さは失われることになります。しかし、個人個人に焦点を当ててみれば、たとえ団体で訪れたにしても、その「過ごした」内容は、(つまり、ひとりひとりが体験したことがらは)異なるわけです。したがって、「過ごすこと」の構成要素として、個人個人の興味や関心、それまでの類似体験などが含まれることになるのです。 この日のもう一つの内容は、サインコミュニケーションの続きとして、解説板の試作品に対する利用者の意識を調べる方法をいくつか紹介しました。 同じ動物についての解説内容を異なる手法で提示して、その「好み」の度合いを「投票」というかたちで調べた方法、その際に設問の仕方を変えてみるとどう結果にそれが反映するのか、ということを紹介したのです。 つまり、「いい解説板」を選び取る上で、「どれがいいか?」という曖昧な聞き方と、「あなたにはどの解説板が必要か?」と聞いてその理由を訊ねるという2つの方法です。年齢によってその結果は異なりました。予想に反して、クイズを採り入れた楽しげな解説板よりも、図鑑のような「コンパクトさ」が必要であるとの回答がとくに大人には最も多く、その理由は、子どもに教えてあげられるから、とのこと。こういうことも調べてみないとわからないことですね。 |
◆12月1日の内容 |
| きょうは、学習ツールの一つとしての「ワークシート」について考えたり実践したりしてみました。 もってきてみなさんに配ったのは、リスたちが中身を食べたあとのクルミのからです。 まず、中から1個を選んで「自分のクルミ」として、よーーく見て(手には取らず)、その特徴を覚えていてもらい、それからいったん他のクルミと混ぜ合わせて、もういちど自分が選んだクルミをその中から見つけ出せるか、を体験してもらいました。 次に、クルミの特徴をスケッチしたり実際の大きさの基準となるものを一緒に記入してもらったり、そういう作業をするシートを配りました。 この作業をおこなってもらったあとに、クルミをもどして、もう一度たくさんのクルミの中から自分の選んだクルミを発見してもらいました。 このシートのことを「ワークシート」と呼びます。そして、単に「見る」だけではなく、自分の手で触れたりスケッチをするという作業を通じて、ひとつひとつの「もの」の見え方が異なってくるという体験をしてもらったのです。 この体験をしてみると、先週の「サインコミュニケーション」のことが少し見えてくると思います。つまり、博物館におけるたくさんの展示解説パネルなどの「サイン類」は、「もの」と「その解説」という一対一対応ではなく、本来は、その「もの」を見てもらうことにより、あるいはその「もの」と格闘してもらうことにより、その「もの」の個性に出会うとか、自分の中の既成概念と対峙するような点を発見するなどの、新しい体験を助ける手段であることに気づきます。 こうして、サインコミュニケーションとは、情報伝達の装いをもちながらも、それぞれのひとと「もの」との関係を個別につくりあげるための、「そのひとにとっての有意義なツール」という側面であることに気づいてもらったのです。 しかも、他の人から見た「くるみ」と自分の見てスケッチした「くるみ」が、「くるみ」という集合体に属しつつも、明らかに何か異なる「個別のもの」として、新たな意味が生まれてきたことにも気づいていただけたかと思います。一人一人が使うこうしたワークシートの意義とは、何か知識を定着させるための問題集のようなことではなく、あくまで、展示「物」とその「人」とのあたらしい関係を創り出すためのツールであり、サイン類との関連性においてその意義はより高まる可能性を秘めているのです。 最後は、たくさんの「もの」の集合体から「共通する要素」を発見して、何らかのストーリーをつくりあげるという、ちょっとしんどい作業をしてみました。ここでの「もの」は、カードを使いってシミュレーションをしました。 ストーリーは、展示づくりのプランの第一段階です。 この疑似体験によって、展示づくりに携わるという仕事の一端をかいま見てもらったわけですが、少し難しかったかもしれません。 |
◆12月8日の内容 |
| 前回に引き続き、「ワークシート」を使ってみました。 きょうは、刈り取って洗っただけの羊毛と 洗った後に「カーダー」という櫛のような道具でとかした羊毛を比べてもらった観察内容を書いてもらいました。 もちろん、その毛が「羊毛」であること以外の情報はない状況で、自らの感覚を総動員して観察してもらったのです。 前回の「クルミ」では、主に視覚をてがかりとし、今回の「羊毛」ではそれに加えて触覚や嗅覚も動員してもらったわけです。観察結果は、それぞれの「観点」からみての比較結果を意味します。多くのワークシートでは、観察の観点をあらかじめ与えた「表」のようなものがおおいのですが、今回は、自分自身でその観点を整理して記入してもらいました。 それを隣の人同士で比較して、自分の「観点」と他人の観点との共通点や相違点も自覚してもらいました。 次は、「来館者」の学習について、外側から評価するということについて、少し理論的なことを解説しました。 展示が見る人にとってどのような意味を持つ学習環境なのか、という視点と、展示意図が効果的に伝達されているのかどうか、という視点とはまったく異なることをまず紹介しました。 考えてみればそれはあたりまえのことですが、どうしても、「効果」とは効率的伝達という図式にならされている私たちの日常をふりかえり、そうではなくて、「もの」と対峙し、それらをなぜ展示せざるを得なかったのかまで深く踏み込むような「かしこい利用者」になるための「来館者理解」の問題を紹介しました。 この点は、もう少し来週触れたいと思います。 なお、最後に、レポート課題をだしました。 今回欠席の方は、詳しくは教育の事務室においてありますのでよく見てください。 ヒントとしては、グラフィックデザイン関係の本や、雑誌をぱらぱら見ることをお勧めします。期限は来年1月19日です。この最終講義の時に提出してください。もしどうしてもこの日に提出できない場合は、郵便でも受け付けますので私宛にメールをください。住所をお教えします。アドレス:misako.namiki@nifty.com |
| ◆12月15日の内容 |
冬休み前の最終講義日でした。 「博物館を訪れること」について、その時間軸と構成要素の2つの側面から少し考えてもらいました。この2つを考えることによって、「博物館訪問」のもたらす経験を分析的に扱うことができます。 どの博物館を訪れるか、その選択にかかわることととしては、「動機」と「条件」があげられます。たまたま寄る場所かもしれませんし、「目的」がかなりはっきりしていることもあるかもしれません。条件としてはもちろんお金とヒマの問題もありますが、そこに行くまでのアクセスがとても重要な要素となるでしょう。何かのついでということならまだしも、そこに行くこと自体が目的である場合、そこに行くまでにへとへとになってしまっては、得られるはずの体験も味気のないものになってしまうかもしれません。公共の交通機関があるのか、他にどんな手段があるのか、調べておかないと残念なことになりかねません。 また、動機がはっきりしていればしているほど、そこにいって何が出来るのかできないのかをあらかじめ知っていることが大切になるでしょう。もし期待していたことが裏切られたら、動機が明確である分、落胆も大きくなることはよくあるでしょう。 ところで、「動機」には社会的交流という目的が入ることが多々あります。早い話、好きな人・親しい人といっしょに行く事自体が目的になるという場合です。この場合は、多少、アクセスが不便でも一緒にいること自体が楽しいわけですから、さほど苦痛の種にはならないかもしれません。着いてからも、展示やグッズは、交流のための小道具という感じになることも容易に予想がつきます。 というわけで、動機によって「条件」の意味合いがまったく異なる場合が出てくることも考えられるのです。 さて、その次に取り組んだことは、同じA4サイズ三つ折りで両面印刷された博物館リーフレットを2つ比較してもらうことでした。片方は千葉県佐倉市に1990年開館した「川村美術館」で、もうひとつは北海道斜里町の「知床博物館」です。 この2つを比べて、共通点と相違点を洗い出してもらった後に、「お金とヒマが充分あったら」という仮定でどちらの博物館に行ってみたいかを決めてもらいました。 同じ大きさ同じ体裁のリーフレットですが、字の大きさ、レイアウトの方法、表紙に使っている対象物、地図の入れ方、展示紹介の仕方が異なることを知ってもらいました。フロアプランが明確かどうかも異なりました。 両者のどちらに行ってみたいか人気投票では、僅差で「知床博物館」に軍配があがりました。 最後に、課題に参考になるように、グラフィックデザインの例をいくつか印刷したものをお渡ししました。 では、冬休み、よい作品をつくってみてください。提出は1月19日最終講義日です。 もしヒマがあれば、お近くの博物館に足を運んでみてください。 |
◆1月19日の内容 |
| あけましておめでとうございます! たくさんの力作の提出ありがとうございました。コピーしてみんなでシール投票をしまして、上位3作品を紹介してみました。 この作品提出とこれまでのミニレポート提出状況が、成績に反映されます。絶対評価ということなので、ご安心下さい。当授業の中心は、最初に申し上げたように、コミュニケーション論であり、つまるところ互いの気持ちや伝達したい内容の表現を通じた「相互理解」です。 私からの評価というよりも、みなさんで作り上げた授業への参画度合いが、いわば点数という形で表してみたというものです。 「紅葉」レポートは、とても興味深いものでした。みなさん各自からの感想をじっくり味わえたのは、私一人だけということになってしまい、それが大変残念ですが、いくつか例をここに掲載することで、授業全体をふり返っていただくことが出来れば幸いです。 *・・・みんな同じ条件だったのに、こんなにも違うレイアウトになるとは、驚きです。 *・・・全体に「何かに取り組む」という授業だったので楽しくすごせました。最後の レポートは、やっているうちに楽しくなりました。情報内容が同じでも、こんなふう に伝達方法が違うというのもおもしろい。 また、授業全体への希望も寄せられましたので、来年度はぜひ、具体的な「展示手法」の決定までの道筋を事例紹介しながら、授業を組んでいきたいと思います。 みなさんのおかげで、またひとつ、楽しみが増えました。ありがとうございました。 |