体験を核にして:動物園の「教育」を考える視点


Aくんは、初めて馬のくちびるで手をさわられて、しばらく呆然としていましたが、ついに泣き出してしまいました。「うーー、こわかった、、、」彼の口から出たことばです。それもそのはず、700kg近い大きな輓馬(ばんば:荷を牽くために改良された大型の品種)がぬーっと口を寄せてきて、Aくんの手のひらから草を上手にくちびるでつまんだからです。大人だってびっくりするほどの大きな馬の大きな口と大きな歯。無理もありません、

 でも、ドラマは次にやってきました。Aくんは、少し時間が経つと、落ち着いたのでしょうか。「また草をあげてみたい」というではありませんか。どんな感じか、もう一度確かめてみたい、というのです。

 動物園はどんな形であれ、「生きものたち」の存在が「これでもか! これでもか!」と迫ってくる場所ですが、その魅力を存分に味わうには、誰かからの、何らかの「手助け、介在」が必要になります。それは、励ましであったり、問いかけであったり、あるいは、ちょっとした説明板なのかもしれません。その「手助け」する人や「介在」物を組織的に組み合わせることが、ここでいう「教育」に近いことなのだと考えます。さきほどのAくんの例でいえば、友達がうれしそうに馬にさわっているところを見たことがそれであり、さっきの怖さと同時に味わった、あたたかくてやわらかなくちびるを「やわらかいね」と表現した係員のことばもまた、「手助け」なのだと言えましょう。

 人は、自分の内側にわき出る感情を、誰かの助けを借りて「表現」することによって自らのものにしていくことができます。この表現されたことを交換し合うこと、そして互いに認め合うこと、それが教育の真髄に違いないと考えています。Aくんに起きたことを「泣いちゃってかわいそうなことをしたね」と片づけることもできましょうが、しかし、「やってみる」と口に出して表現し、それを実現するために周りの人の助けを得ていくこと、そこに人間らしいやりとりがあふれていると思います。

 そんなひとこまひとこまが、動物園にはあふれています。さあ、行ってみましょう、動物園へ。

                      「理科教室」星の環会発行 2007年12月号より

                                「子どもと動物」のページに戻る