REPORT

「共犯者」レポ 滅法ネタバレ

まだ映画を見てない人は、このページから即刻退去してください
(なんちゃって。でもほんと、見てから読んでね。)
でも、樹生ファンという立場を超えて、変なこだわり持って語って いるので、その辺ご勘弁くださいね。

 

まずはあら探し(^^;)

変なところ、その1
カルロスの襲撃を恐れた山城会は殺し屋を雇おうとするのだが、そのとき「外注しかありませんな」っていうんだけど、やくざの世界でも「外注」っていうの?
なんか妙に普通の会社みたいで、耳が一瞬現実に戻ってしまって、苦笑してしまったんだけど・・・。「傭兵」とか、素直に「殺し屋」とかって言わない?先入観ありすぎ?

変なところ、その2
現金受け渡しで銃撃戦が一段落して、逃げたカルロスたちを、ギリヤーク兄弟が追いつめようとして兄弟で作戦を立てる(というか、兄が一方的に作戦を言い渡す)シーンで、兄は「俺はカルロスを追う。お前は、金を持ってもう一人を追え」って言うんだけど、その後兄は、すかさず車のトランクから金が入ってる(と思われる)革のトランクを取り出すのよ。どうして?
作戦を話したあと、兄は弟に「わかったか?」とかなんとかいってて、樹生はニヤニヤしながら、なにも言わないんだけど、あれは「分かった」っていう意味じゃなくて、「逆にしようぜ」っていう提案だったんだろうか・・・。マジで私わかんない?
↑これ、台詞そのものが逆でした。ごめんなさい(1999.5.3)

私って、意地悪になるととことんあら探しに走るんだけど、この映画って、あまり粗がないのよね。いろいろ考えたんだけど、これっくらいしか思い付きませんでした。単純ゆえに、粗も少ない。

 

「共犯者」は、実はコメディか?

血と暴力の映画とはいっても、全編緊張がみなぎってるわけじゃない。笑えるシーンも、そう多くはないにしてもちゃんとあるのだ。狙って作ってるでしょ?って感じ。
さすが漫画家が作った映画!?って言えるんじゃないでしょうか。

全部キョンキョンがらみなんだけどね、私が笑い転げそうになったのは。
晶夫が聡美にほのかにあこがれてて、健二に「聡美さんに手を出したら、カルロスが黙ってないぜ」っていって、晶夫が「やってやる!」(台詞いい加減です、すいません)って力強く応じたとたん、扉が開いてものすごく怖い顔したカルロスが入ってくると、晶夫は思わずへらへらして「お、おかえりなさい」ってもみ手せんばかりになっちゃうの。ここで、場内失笑。スクリーンの中では聡美もそそくさと拭き掃除する振りしながら苦笑してる・・・っていうシーン。
それから、第1の抗争の現場から負傷した3人の男たちを車に乗せて必死に車を走らせていると、暴力夫のキャディラックと接触して、気づいた夫が聡美に食い掛かっていって思わず車の中を覗くと、そこには血みどろの男たちが見えてぎょっとしていると、次の瞬間、聡美がカルロスたちを追いかけてきた敵の「若」に銃弾を浴びせ掛けて殺してる。さらにぎょっとしてると、いきなり足元に聡美が銃弾を撒き散らす。暴力夫は、慌てて逃げ去る・・・というシーン。もう「キョンキョン、超カッコイィ!」と喝采しつつも爆笑・・・です。
なんか漫画チックでしょ?緊張しつつもおかしいのよ。この微妙な間がいいですね、この映画。

裕也さんが初日の挨拶で「マジギレ」していた新聞の批評にもあったけど、確かに人物造形も漫画チックではあるのよね。現実離れしてるっていうのでしょうか。金髪のロングヘアにゴーグルサングラス。絵としては、かっこいいんだけど、実写でそこだけ見ると、笑っちゃってもしょうがないかも。映画の中で見る分には、流れというか雰囲気から逸脱してないから、笑わないで見てるけど。(映画の中でも、最初に二人を見た「若」だって、丁寧に接しているけど、「ギリヤーク兄弟ってお聞きしてたんですけど、日本人なんですね」っていう表情になんか、苦笑してる感じがしたのは、私の気のせい?)
笑わない、というのは間違ってましたね。かっこいいのよ、2人の殺し屋の登場シーン。
飛行場の雑踏の中から、遠くに2人の姿が見えてきて、なんかそこだけ異質な音のない世界に包まれていて、蜃気楼のような感じがするんだけど、だんだんその二人がこっちに近づいて来て、一気に斜め下からの2人の顔のアップになった瞬間、もう「これがギリヤーク兄弟なのね」ってズシンとくるようになってる。印象的な登場だと思うなぁ。

 

ヤンガー・ギリヤークサイド・ストーリー

樹生演じるヤンガー・ギリヤークのストーリーを簡単に書いておこう。

この映画におけるヤンガー・ギリヤークのストーリーは、滅法短い。正味25分だ。映画のちょうど中央部分だけが、ヤンガーの活躍する場だ。
無口な殺し屋ということで、台詞もほぼ2個所しかない。
全編、ギリヤーク兄弟がいかにカルロスと闘うか・・というお話だと思っていたので、正直「え?」って感じだった。とにかく登場するまでものすごく時間がかかるし、挙げ句の果てには「もう死んじゃったの?」っていうあっという間の25分だ(腕時計で、上映中に確認した/笑)。

ヤンガーは、山城会に雇われて外国から東京に飛行機でやってくる。まずはクライアントの説明を受けるため、事務所を訪問する。兄が一人で交渉の場に臨む。クライアントは、阿呆なことに兄弟の実力を疑い、テストを仕掛ける。ヤンガーは廊下で待つクライアントの部下に、鮮やかな手並みで仕込み銃の威力を見せ付け、一言もしゃべらなくとも威圧し、びびらせる。一方、兄は滑らかな舌と、圧倒的な殺傷能力を見せ付ける。
クライアントは二人の殺し屋としての実力を認め、正式にビジネスの話がまとまる。
兄はテキパキとカルロス襲撃の計画を立て、山城会の奴等の統制を取る。そして、取り引き(実は襲撃)に望む。そこは、廃虚となったビルだった。車で乗り付け、兄が金の入ったトランクを取り出そうとし、カルロスとその手下2人が銃を手にして見守る中、一瞬の兄からの掛け声に乗って、自分に散弾銃の銃口を向けていたチンピラを撃ち、車の外に出て兄と並んでカルロスを狙って銃を撃ち放つ。
ビル内に逃げ込んだカルロスたちを追って、兄弟は二手に分かれ、無線で連絡を取り合いながら追いつめていく。床に点々と落ちる血をたどって追いかけていくヤンガー。(この無線連絡が、ヤンガーの初の台詞だ)
階段を上りながら、兄に語り掛けているヤンガーの目は獲物を追いつめる喜びに輝いている。
もう一人がいるからという兄の制止も、耳に入っていないかのようだ。兄は、冷静に慎重にもう一人の気配を探している。
廊下を音も立てずに歩いていくヤンガーの目は周囲気を配って、鋭い視線を投げかけている。気配を感じようと神経を尖らせているのが、雰囲気から分かる。きれいなシルエットがグググっと客席に近寄ってくる。
扉の下に付いている血を見て、更にニヤリと笑ったヤンガーは、息を詰めてドアを蹴破り、一瞬の間を置いて拳銃を握った右手だけをドアの中に突き出す。そして次の一拍で、顔を部屋の中に覗かせるとその視線の先に傷ついて床に腰を下ろしているカルロスがいる。
追いつめた!という喜びをみなぎらせて部屋に入っていくと(このとき、背景がブルーの照明に照らされて美しい)、思いがけず猟銃で頭を狙われている。
「追いつめれたときの段取りも決まってたってわけね」と、両手を挙げ、今までの無口ぶりから豹変し、カルロスに語りつづける。金はブラザーが持ってる。自分を人質にして金を受け取れ。命だけは助けてくれ、と。しかし、言ってることと裏腹にヤンガーの表情は、この危機一髪の瞬間すらも楽しんでいるかのようだ。
カルロスは、ヤンガーの繰り言に一切耳を貸さず「お前は大切なことを忘れている。わしの仲間を殺した。」この瞬間、カルロスの銃が火花を放つ。銃弾を受けて身を崩すヤンガー。しかし、ヤンガーも伊達に危険をかいくぐってきた殺し屋ではない。倒れながらも両手に、仕込み銃を構え、笑みを殺して厳しい表情になる。
しかし、ヤンガーの運命はそこまでだった。頭を狙っていた健二の猟銃は、その瞬間を過たず、ヤンガーの頭に銃弾を撃ち込むのだった。
ヤンガーの体が吹っ飛ぶ。
無線をイヤホンで聞いていた兄は、まともにその銃音を聞き、狂ったように階段を駆け上がってくる。
その部屋へ入ってきた兄は、頭の吹っ飛んだ弟の死体に、歯ぎしりしながら堅く復讐を誓う。

 

色へのこだわり

きうち監督は、ものすごく色にこだわって映像を作ってる人だと思う。全編の差し色になっているのは、「赤」。ブラジルの夕日のような真っ赤な太陽の色。
カルロスと聡美が最初に身を寄せる安ホテルの赤いソファ。ホテルの窓から見える巨大な東京タワーの赤の照明。二人が朝食を食べる中華屋の赤いサッシ。
色がきれいな小物は他にもたくさん出てくる。
ブルーのキャディラック。落ちてくる薬のカプセルの黄色とオレンジのツートン。カルロス初登場の黄色い囚人服(こんなの初めて見た)。カルロスが出所する時に着ている青のスリーピース。ギリヤーク兄弟の黒尽くめの衣装。聡美の白いエプロン。敵方の山城会の建物の内装の黒い漆と赤い照明、紅いソファ。ヤンガー・ギリヤークの仕込み銃の銀色。

 

聡美の行動理由

いっしょに見た友達が「聡美が普通の主婦だって思ってたから、夫の暴力を受けてるっていう設定は分かりづらかった・・」と言ってたので、徹底的に聡美がなぜカルロスの共犯者になったか・・というところを考えた。
「ただ嵐が過ぎ去るのを待っているだけだった」という聡美のモノローグがあるが、カルロスとの鮮やかな出会いまで、彼女はダメージを受けないために何が起きても、すべてを心に残さないように通り過ぎさせていくだけの暮らしをしていたから、きっとあまり笑ったり怒ったりすることのない、いわば「心のない」生活をしていたのだと思う。
ところが、目の前で夫を一撃で叩きのめしたカルロスを見て、いきなり心が動いたんだと思う。その一瞬の心の動きが彼女を立ち上がらせ、カルロスの後を追わせたんじゃないだろうか。
それが、竹中直人も絶賛している裸足で商店街を歩く聡美のシーンだ。
そのとき、彼女自身の思考回路はまだ動いてなくて、「ついていこう」という意志は生まれてないと思う。この時の彼女について私は友達に「生まれたばかりの子ガモが最初に見た動くものを見て親だと思って付いて行く『刷り込み』みたいなものよ。あのとき聡美はまだ赤ちゃんだったのよ!」ってとっさに説明したんだけど、今でもそうかなと思う。
このあと、カルロスは彼女を振り切ろうとするけど、聡美は無言で付いて行く。カルロスは裸足の彼女に安いサンダルを買い与える。そして足を洗って落ち着いた聡美にカルロスは「よく考えろ」って聡美を思いとどまらせようと説得する。すると彼女は、はじめて「私は・・・」といいかけて激した感情をその表情に上らせる。このシーンを見て、私は、ああ聡美は今初めて自分の感情を持って、それを自分の言葉で人に説明しようとしてる、って思った。まさに「意志が生まれた」瞬間のように思ったのだ。
この後、聡美はワンシーンごとに感情が育っていく。どのシーンでも台詞が一つもなくても、表情の一つ一つが能弁に感情を語っていて、そのどれもが膨らんでいく感情、変化していく感情、より外へと向かっていく感情になっていく。この映画のサイドストーリーは、この「聡美の心の変化」がどう行動を促していくかというところだと思う。この筋を追うだけでも、この映画は十分に楽しい。

私は、あまり暴力映画って好きじゃない。暴力で何かを解決しよう・・という発送そのものがあまり好きじゃないからかもしれない。そういう意味で、この映画は樹生が出演してなかったら見ていなかった映画に違いない。でも、今ではその点を外しても、この映画見て良かったと思ってる。こんな素敵なキョンキョンの芝居を見たから。ものすごいお釣をもらった気分だ。

 

なぜ、主役は3人か?

事前の情報でどうしても納得できなかったのは、なぜ主役が3人なのか?
なぜ、樹生をくわえて、竹中と小泉、そして内田と大沢という組み合わせで2対2という構図にしなかったのか?ということだ。
事前のマスコミの報道も、ほとんどがこの3人だけを、主役として扱ってきた。
ポスターに写っているのも3人だけだ。
ポスターの名前の文字サイズも3人は大きく、大沢樹生は一段下になっている。
どうして?とかなり苛立っていた。

しかし、映画を見てこの疑念はすっきり晴れた。
樹生は、前哨戦で死んでしまう鉄砲玉のような存在だ。カルロスサイドの健二と晶夫と相対的な存在なのである。こういう位置づけという点から見れば、竹中らと比べ、一段下の扱いなのも無理はないのだ。

しかし、本当のことを言えば私は、プロの殺し屋であるギリヤークには、復讐の意味合いを持たせる必要性を感じない。カルロスの共犯者である聡美を動かすためには、仲間を殺されたという事実を作る必要はあるだろう。しかし、ヤンガーは殺さないで、最後の決闘を2対2でやればよかったのに。せめてキョンキョンと銃撃戦をして、カルロスに殺されるというような結末がよかった・・・と思わずにはいられない。樹生ファンの自分勝手でシナリオ無視の、せんない嘆きではあるが。

カルロスと聡美は、健二と晶夫を失ったことで、金の問題ではない闘いに挑む。そして、ギリヤークは弟を失ったことで、次なる闘いに挑む。
双方の闘いの真の動機を生むために、樹生たちは存在したのだ。

腹部を撃たれ命ギリギリのところで逃げ出したカルロスは、山城組長に電話する。8年前の事件によって、怒りに駆られたカルロスの恐ろしさが身に染みているので、組長たちは必死で金で彼をなだめようとする。挙げ句の果てには「部下の暴走だ」とギリヤークの一人相撲だとでっちあげる。
しかしカルロスは「最初から金の問題じゃなかったんだ。金で解決できなくなった。」といい、組長の命を奪うこと、組をつぶすことが闘いの目的になったことを言外に匂わせる。

とうとう組への殴り込みか!と思うと、違うのだ。ここがこの映画のストーリーのすごいところなのだが、こうしてカルロスと話している組長たちを、ギリヤークは「話が違う」と一気に殺してしまうのだ。
こうしてカルロスの目的をあっけなく奪っておいて、ギリヤークはカルロスに決闘を提案する。殺し屋というビジネスマンとしては、ギリヤークは腕も頭脳も、一瞬の判断力もまさに一流だと思う。このギリヤークの行動によって、一気にストーリーは究極の「最期」へと向かうことになるのだ。

更に言うならこの映画の最後の闘いは、カルロスの共犯者である聡美すら必要とはしない。銃については素人、しかも殺すということに関して素人の聡美は、ギリヤークがいうようにプロの相手にはなり得ない。聡美はあっけなく自由を奪われ、ギリヤークの息吹によって、音もなく殺される。
そして、残されたカルロスとギリヤークは、まるで西部劇の決闘シーンのように対峙する(銃を乱射して窓ガラスを粉々に打ち砕き(砕かれて残ったガラスに無数のひびが入っている映像が美しい)、カルロスに自分のいる場所が分かるようにしてから、光の当たる一角に立った時に初めて目に入るように聡美が手にしていた散弾銃を置いておくという、ギリヤークがカルロスをおびき寄せる方法も、見事だ)。この対決こそがこの映画の最後の闘いであり、最高の闘いのシーンなのだ。全ては、ここへ至る道である。

 


カルロスその他の登場人物に付いては、また別の機会に書きます。まだ語り足りないの(笑)。大事な見所、まだ書いてないので・・・樹生のカッコ良さは、まあ語らずとも想像できると思うんですけど(テヘ)。

1999.4.14

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