DIALY

このページは、ぞうの昔の日記です。懐かしいことを思い出して書きたいと思います。

★1991年某月某日

ぞうは、91年の秋のある日友達から声をかけられた。
「ぞうさんは、少年隊のファンなんですって?」
「そうなの。東が好きなんだ。」
(そこから繰り広げられた少年隊の話は割愛する)
「じゃあ、光GENJIはどうですか?」
「うーん、あんまり良く知らないんだけど、佐藤くんが2人いるんでしょ」
「そうそう」
「ひろくんていう人がいいなあ」
「え、そうなんですか」
後日、その友達は一本のビデオテープを私に貸してくれた。
「ぞうさんが好きだっていうので、こんなテープを作ってみました。暇な時にでも見てください」
しばらくして家でそのビデオテープを見た時、私の人生の扉が開いたのだった。
そこにはその頃の歌番組で歌う光GENJIの姿があった。ひろくんをメインとしながら、光GENJIの歌やバラエティの数々が繰り広げられるあのビデオテープを彼女はまだ持っているだろうか。再び見てみたいものだ。何が私を光GENJIへと導いたのか、今一度検証してみたい気がする。
後日、「あの時のあのビデオテープがなければ光GENJIにはまることはなかったわよ」と私が言うと、友達は「いやあ、素材がいいですから。光GENJIは。」
彼女のこの地道な伝道活動で光GENJIにはまった友人が数多くいる。私は彼女に足を向けて寝られない。人生が変わったのだから。
さて、テレビで歌番組を見るのが好きなごくごく一般的な視聴者でしかなかった私は、その日からなぜか光GENJIが気になり、ミュージックステーションを毎週見るようになる。そんなとき、もう一つの扉が私の前に開く日が来た。(98.9.7)

★過去のいつか

今や昔、友達と作ったらしきメモが出てきたので、ちょっとここにつなげてみました。私(もしくは、私たち)が当時、最年長のあの人のことをどう思っていたのか、興味がある方はこちらをクリック!

★1991年某月某日

私、ぞうは当時ひろくんが好き!をきっかけに、友人から借りたビデオで光GENJIに興味が湧いてきて・・・というところまでは前回述べました。ある日、そんな私はその友人に「私、告白しないといけないことがあるの」
「大沢くんに転んだの」
予想外のことに友人は驚いたことだろう。
「だってぞうさん、あの人だけは好きになれないって言ってませんでしたっけ?」
「そうなんだけど、ミュージックステーションのMCで、後ろに座っている樹生ちゃんがさびしそうな顔、したのよ
そう。こんな訳の分からない、というかささいなことで人生曲がり角を迎えるなんて、今でも不思議です。ファンが100人入れば、100通りの「好き」があるもんだけど、そして100通りの「入り方」があるもんだけど、我ながらおかしい。歌う姿を見て、とか、演じている役柄がよかったからという「入り方」じゃなかったせいか、私は、樹生ちゃんの「どこが好き?」っていう質問に明確に答えられない気がします。当時、光GENJIがMステで歌っていた曲は「Growing Up」でした。あのマントの衣装で、(きっと)樹生ちゃんはただただぼーっっとしてただけなんだと、思うんですけどね。(これを「誤解」とはいいたくはないのだが、冷静に考えれば「勝手な思い込み」だよなあ。)
こうして私、ぞうの大沢ファン街道は始まり、今に続くのでした。
失礼いたしました。(98.9.8)

★1992年春

私はこの時、光GENJIコンサートに客席デビューしました。それどころかジャニーズコンサートデビューです。もうびっくりの連続。(この話は、たぶんずーっと続くと思うのでエピソードと思い出を少しずつ書きたいと思います。読んでくれた人が、自分の思い出を取り出してくれるとうれしいなあ)
今日は淳くんのこと。この日、私はひとつのトラウマを負いました。それはみんなが認める「淳くん、あぴあぴ光線パワー」。すばらしく幸運な私は、初のコンサートをアリーナセンター左側の後ろがわのブロックから見ていたのですけど、アンコールの時だったか、淳くんがセンターの私たちの前の方に立ってその真下の客席を覗き込むようにしたんだけど、その時、まさに淳くんスマイル全開。パァーッツと花が咲くように笑顔が広がり、真下の人たちを直撃し、それをまともに見てしまった私は、なんかものすごい衝撃を感じたことを覚えています。ずいぶんあとになって「あぴあぴ光線」なる言葉を知りましたが、あれがこれだったのね。もう、生の淳くんの魅力に負けました(笑)。一瞬にしてその光線を浴びた人はメロメロ、幸せ。
私は、かつて友達に「光GENJIのメンバーのなにか一つをあなたに[つけて]もらえるとしたら、何をもらいますか?」と聞かれて、迷わず「淳くんの笑顔」と答えたのでした。あの笑顔を私が身に付けていたら、人生ちがうだろうなあ。
後日、またしても私は淳くんの笑顔の力を目の当たりにすることになるんだけど、これはまた別のお話((c)「王様のレストラン」)。書いてて禁断症状が出てきたので、この辺でやめておこう。(98.9.9)

★1992年春。その2

いきなりですが、ずるしていいですか? 当時のレポートが出てきたんで引用します。始まる前からもう興奮しまくっていて、我ながらおかしいぐらいです。恥を忍んで(笑)公開します。ああ、このホームページ、匿名にしておいてよかったかも。あ、レポートとっても長いんで、ここらへんで「ぞうは樹生ファンだ」ってところを抜き出してみますね。我ながら「樹生への思いはどうした?」って思っているので。(98.9.11)

−前略− 「キャラクターグッズ販売所」と書かれたビラのままに、2階に向かう。ところが「どうしてこんなに歩かなきゃいけないわけ? 私たちをだれだと思ってんの?」と少々不機嫌になるぐらい歩かされ、やっと販売所に着く。中に入るとけっこう広い会場のあちこちにグッズが置かれている。ひとまずパンフを買う。そしてぼんやりと眺めているうちに、「かっこいい」「あのポスター欲しい」という思いがふつふつと沸いてきてしまい、私は買いに走った。(もちろん、樹生のです。シルバーのジャンプスーツを来て、ひざにスカーフを握った手を乗せて睨み付けてるものだぁ。これを部屋にしばーらく貼っていました−筆者注) −中略− そして聞こえる「PLEASEだっ」淳くんとあっくんがステージの右の通路で歌う。そして寛くんと晃がこちらがわで(振り向く私たち)。最後に光と諸ちゃん。これが聴きたかったのさっ。「荒野のメガロポリス」。早替えのの後、Mステで聴いたダンスナンバー(あの衣装)「真夏の夜の夢〜KICK THE EARTH」テレビとおんなじ振り付け。かっこよすぎる! 樹生ちゃんがマイクを置きに行き、眼を飛ばす。うーっ、かっこいい! 真ん中に戻ってきた7人。MCだ。ぜんぜん話を聴いてない(とあとで指摘されてしまった)私は、何をしていたかというと、双眼鏡で樹生ちゃんの姿を追っていた。「樹生ちゃんがうしろに行った。後ろのステージに行く、戻ってきた。あっ、ひろくんと2ショット!!」(うるさいって) −またまた中略− TOKIOが大きな白い布をステージに広げる。その下に隠れる2人。ゆらめく布がぱっとめくられると樹生ちゃんが登場。ソロだ! 期待通りの「あてもなくオルフェ」○○さんが描いてくれたドラキュラ伯爵の絵のようなマントをはおり、ステージに出てくる。マントをはらりと脱ぐと、黒のベスト・パンツ。白のシャツが目に痛い、まぶしすぎる。せりあがるステージ中央。サーベルを振り回し、フェンシングのスタイルで歌う。もう私は興奮のるつぼ。わけのわからないまま、暗転。  −後略− (92.3.30のコンサートレポートより)

LAST UPDATE 1998.9.25