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HPとライブ

 

HPと、ライブなどHPを回復させる魔法について考えてみます。

まず、HPがゼロになるということを考えてみましょう。
これはFEでは、「死亡」として扱われることが「多い」です。通常の味方ユニットは死亡扱いされます。
…しかし。
敵はそうではありません。イシュタルなんか、2回もHPゼロの状態にしても終章で元気に出てきます。
味方でも、ミデェールのような例外もいます。
一体、どういうことでしょうか?HPゼロ=死亡ではないのでしょうか?
しかし、いかにイシュタルとはいえ、HPゼロの状態からいきなり全快して再度襲いかかってくるわけではありません。そこで必ず一時撤退しています。他にもHPがゼロになっても後で再登場するキャラはいますが、HPゼロからいきなり全快するキャラはいません。TSにはいますけど、特殊なアイテムもってますし。
ということは、HPゼロというのは、「それ以上は戦えないだけのダメージを受けた」ということではないでしょうか。つまり、「ここはまだ命を捨てる場所ではない」と考えた場合は、まだ動けるだけの余力がある(ただし、それ以上戦いたくないほど傷ついた)うちに撤退するということです。しかし、味方のキャラ達は、たいていの場合はもう後がない状況での戦いですから、完全にどうしようもなくなるまで戦うしかないのでしょう。ですから大抵の味方キャラはHPゼロ=戦闘が絶対不可能(死亡含む)なのです。なお、ここで、戦闘は絶対不可能の状態としました。死亡でなくても良いと思うのです。普通、利き腕が動かなくなったとか、目をやられたとかまでいったら、たとえその後の猛烈な訓練で再度戦場に立つことができたとしても、戦線の長期離脱は間違いないからです。僕は、空想上のキャラといっても、むやみやたらに殺すことには反対です。
一部の例外(聖戦前半のレンスター組など)は、そこでは(戦力的に)死ねないため、HPゼロの状態というのが、他のキャラより甘い段階、つまり、十分な休養さえとれば元通り元気になれる段階にあるのです。

さて、こういう前提をした後で、ライブの考察に入ります。

ライブは、ご存知の通り、HPゼロからは復活できません。つまり、利き腕を失ったとか、そもそも死んでしまったとか、そういう状態からの復活はできないのです。これは、「失った細胞を復活させる力はない」ということを意味していると考えられます。逆に、HPゼロからの復活を可能にするオームやバルキリーの杖は、それが可能なのでしょう。
ライブに戻りますが、細胞を復活させられないとしたら、一体何をしているのでしょうか。

ここで、他のゲームを考えてみます。『スーパーロボット大戦』では、自分のHPを回復する精神コマンドは「根性」「ド根性」、他人のHPを回復するコマンドは「信頼」「友情」「愛」(GBA版はのぞく)です。これは何を意味しているのでしょうか。素直に解釈するなら、ホントはボロボロなのに根性入れて無理矢理動く、もうズタボロなのに信頼や友情、愛に応えるために無理して動くことだと言えます。
再びFEに戻ります。
創作小説などで、ライブなど回復の杖を使われると、「苦痛がやわらぐ」というシーンを読んだ方も多いでしょう。ええ、僕もその効果は必ずあると思います。そもそもライブなど杖を使うのは基本的には僧侶達です。彼(女)達のつとめは、人々の苦しみをとりはらうことです。
もう一歩踏み出して考えてみましょう。
昨日、ライブには細胞の復活させる力はないのではないかと推測しました。ということは、ひょっとして、ライブ等の回復の杖というのは、「苦痛をやわらげる」というただそれだけの効果しかないのではないでしょうか。
怪我をしているのに痛み止めの注射を打って試合に強行出場するスポーツ選手の話はよく聞きます。それと一緒です。
HPが減っている(ただし1以上は残っている)状態は、疲労でボロボロだったり、致命傷ではないもののケガがある状態と考えられます。普通は痛みのため動きが鈍ります。それを、ライブで痛みを取り除くことで、まだ戦えるようにするのです。
スパロボでは機体がズタズタなのに精神力でカバーしているのですが、FEでは肉体にガタが来ているのに、それを一時的に忘れることで再度戦いに赴くのです。
つまりライブの杖は痛み止め。傷を治すものではありません。HPゼロだと効果がないというのは、痛みがあろうとなかろうと、なくなったものは復活しないのだということで簡単に説明できます。これは、死亡でなくても構いません。利き腕を粉砕骨折させられたり、何らかの理由で失明したりするなど、たとえ痛みがなかったとしても戦えない状態ならなんでもいいです。肉体的な怪我がなくても、恐怖心などで「根性がつきた」状態でも構いません。痛みを取り除いてもらっても戦えないということは同じですから。
こう考えることで、「HPゼロ=死亡」の図式を、ほとんど無効にできます。もちろん、中にはホントに死ぬまで戦うキャラもいるでしょう。しかし、それは少数だと考えられます。普通は、「これ以上はどうにもならん」と根性がつきたら、逃げるなり降参するなりするでしょう。
というわけで、「ライブの杖は、実は痛み止めの効果しかない」というのは、戦争による人命被害を最小に抑える発想であると言えます。昨日も書きましたけど、僕は、架空のキャラといってもむやみに殺したくないんです。…まぁ…。ホントはボロクソの状態なのにライブ(痛み止め)かけられて「まだ大丈夫」と錯覚しながら戦いに赴くキャラ(主に自軍)にとっては、むしろ人道に外れた設定となるでしょうけれど。
あと、TSのラケル(特殊なイベントを発生させない限り、決して人間のHPをゼロにしない)は、相手の戦意をぎりぎり残し、いたぶって楽しむサディストということになりかねませんが…………。気がつかなかったことにしましょう。

ところで、ライブが実は痛み止めの効果しかないというのはいいのですが、ふと考えてみるに、人類が現在手にしている最強の痛み止めは、モルヒネです。しかし、凶悪な副作用があります。
では、ライブを使い続けるとヤク中になるというのでしょうか?
…そんなばかな!
副作用がなく、極めて強力な鎮痛作用がある物質。そんな都合の良いものは…ありますね、人間の脳内に。
というわけで、「ライブなどの回復の杖は、脳内麻薬の分泌を加速させる魔法である」と結論できます。
いや、まぁ、「体内にモルヒネを発生させる」でも悪くはないんですけど、それはさすがにどうかと。

さらに考えてみましょう。HPを回復する手段は他にもあります。それらはどうなのでしょうか。

砦・城などで待機する

これはホントに休養してるんでしょう。安全なところでしばらく休めば、少しは元気になろうというものです。あと、包帯を巻くなどの傷の手当てもしているでしょう。

玉座で待機する

ちょっと微妙です。休めるようなものですかね。「ここは渡せない」という責任感が、痛みを忘れさせるんじゃないでしょうか。

傷薬を使う

かなり微妙です。そもそも何ですか、傷薬って。塗れば傷がふさがる薬があるというんですか。ちょっと辞典で調べてみましょう。「傷薬/傷に付ける薬」。…。そうですか。まぁ、一般的には、消毒あるいは止血の作用があるものをいうでしょう。止血は特に重要な効果といえますね。でも、血が止まったからといってHPが回復するでしょうか。紋章の傷薬は、使うとHPを10回復しました。10といえばかなりのポイントです。マルス(第一部)の初期HPは18です。10って言ったら、半分以上です。血が止まっても、それだけ回復するとは思えません。というわけで…「傷薬の効果は止血・消毒・痛み止めである」

ライブの腕輪・イチイバル

こういう魔法的なものは、持ち主にライブの魔法をかけ続けるのと同じでしょう。脳内麻薬の分泌を加速するのです。

ライブのスキル

なんなんでしょうかこれは。自分の意志で脳内麻薬の分泌量を調節できるんですか。バキですか(注:作中でホントにやってます)。それとも、毎ターン根性を出しているんでしょうか。そう、『バキ』の柴千春(暴走族のリーダー。気合と根性だけでマイク・タイソン(らしきボクサー)を倒した男)のように。どっちかというとそちらの方が現実的です。というわけで「ライブのスキルとは、桁外れのガッツである」

太陽剣

ええ、と。効果は「相手に与えたダメージ分、自分のHPを回復する」ですよね。今までの考察をそのまま当てはめると、「相手に与えた痛みの分だけ、自分の痛みを忘れる」ということになります。…サディスト?しかしそれしか説明のしようがありません。

大地の剣

太陽剣の考察をそのまま当てはめるなら、これは誰でもサディストになれる剣…いや、「もてば誰でも確実にサディストの性癖になる剣」ということになります。エルトシャンはラケシスに「形見と思え」と言ってそんなもの渡したってことですか。あと、メング達三人は……。これ以上は言わぬが華。

リザイア

これも同じですね。サディストになれる魔法です。

………なんだか、この論旨でもって現場を想像すると、凄まじい光景が繰り広げられているように思えるのは気のせいですか。


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