チャンピオンと語ろう

引き分けはもうこりごり  今度こそ“3度目の正直”にしてみせる

今月は現在、世界挑戦(チャンドラーと再戦)の最短距離にいる 村田英次郎選手に日本人世界チャンピオンの草分けでもある 白井義男氏との初顔合わせ。
また、今度こそ「世界王者の座」と 懸命な金子繁治会長も臨席、話は大いにはずんだ。特に白井氏の 貴重な体験談に村田選手も必死に耳を傾け、タイトル奪回への “内に秘めた闘志”を見せた。

気力でがんばったピントール戦

白井

ピントールへの初挑戦の予想では、 村田君があれほど善戦するとは誰も言ってなかったと思う。 それがあれだけやったんだから立派だったですよ。 しかし残念ながら引き分けではタイトルは 握れないわけで、結果は負けと同じことなんだから残念ですよね。

村田

ほうんとうにそうなんです。だからみんなに良く やったと言われてもピンとこないんです。

白井

あの時、14回だったかな?いいのを一発くったあと、 すごい集中連打をうけたでしょう。あの時は完全に足にきて、 なんか夢遊病者みたいに足が地につかなかった感じで、危ないと 思ったんだけど、よくあそこでガマンして、最終回、 猛反撃したでしょう。あれは立派だったし、あの反撃があったから こそ、引き分けになったんだと思う。ほんとに立派でしたよ。

村田

あの時は夢中でした。ただもう負けたくないって 一心で出ていったんです。あの一発はそれほど効いた わけじゃないんですけど、あとからの細かい連打がジワジワ 効いてきて、倒れちゃいけない、倒れたくないって気持ちだけで ガンばったみたいです。

白井

ぼくもそういう経験ありますよ。 まるで夢遊病者みたいで、自分で何やってるか判らない。ただ 頭のどっか隅っこで「いまオレは試合やってるんだ、 打たなきゃいけないんだ」って感じがあって、自然に手と体が 動いているのね。だから体が前に泳いじゃったりしてるけどね。 だから村田君の気持ちはよくわかりますよ。それにしても、 また今度のチャンドラー戦も引き分けとは悔しいね。しかし、 2度挑戦して2度とも引き分けってのは、珍しいケースじゃ ないの?

村田

そうでしょうね。それだけに今ふりかえってみて、 なぜもっと手を出さなかったんだろう、もっと考えてやれば 攻め方はあったんだろうになんて、やっぱり反省すること ばっかりで歯ぎしりしたい気持ちです。勝てばまた違う考え方が あるんでしょうけど。

悔いの残る試合の方が数多い

白井

ぼくなんかも足かけ13年間やって、面白いことに 試合前はもちろんだけど、試合が終わってからも一睡も できないことがあるんですよ。あのときどうしてああやらなかった んだろう? こうすれば良かったのに...なんて。

村田

そうですね。それはぼくもあります。どっちにしても 試合は終わっちゃったんだから、その時はゆっくり寝て、 あとで考えればいいと思うんですけど、やっぱりそうは いかないんですね、特に引き分けなんていうのは、あともう一息って ことですから、気が高ぶっちゃうんですね。だんだん悔しく なってきて。

白井

そうだろうな。後悔っていうのはいつまでも 残るもので、ぼくだって60戦位したうちで、本当に自分で よくやったなって思うのは2試合ぐらい。それもしいて言えば たった一つですね。

村田

一戦だけですか?

白井

そう、昭和26年にハワイへ行って、 当時のチャンピオン、ダド・マリノに勝った時。あの時だけは ほんとに自分で「ああ良くやったな」って思いましたよ。 まあそれもこれもチャンスを作ってくれたカーンさんのおかげでね。 あの時はほんとに満足感でグッスリ眠ったけど、あとはもう朝まで 考えこんだりで一睡もできないことが多くてね。 最高の試合なんて一生のうちに何度もできるもんじゃないですよ。 村田君もピントール戦に続いて、今度も引き分けだなんて、 考えてもみなかったでしょう。

村田

まさかって気持ちで、夢にも思わなかったです。 恥ずかしいのと、会長さんやまわり皆に悪くてね。

白井

その気持ちがあったら今度はガンばれる、 もう一つってところなんだから。それがふっきれれば いいんですよ。口ではうまく言えないけど。

村田

そうですね、自分でも何だか判らないけど。 何かが、ある日パッとこうなる日があって、あってくれればいいと 思うし、それまでは夢中で練習しようって気持ちです。

本誌

例えば、あの時、あそこでもう一押しラッシュすれば 良かったなんて、考えることありますか?

村田

それはもう。終わった直後にも考えますし、 ビデオを見れば、なおさらですけど。また反面、 あの時ラッシュしたらダメだったかも...なんて 考えることもあります。

本誌

そういう村田君を、会長はどうお考えに なりますか?

金子

村田の性格で、そういう時少し慎重すぎると 思うんです。チャンスの時は、ぼくなんかも捨身になって かかって行きましたからね。そういう点が吹っきれればと 思っています。特に世界戦のチャンスをつかむことは大変なんで、 それだけにこそ、喰らいついていく気持ちがなければと思います。 それがなければチャレンジャーとはいえないんじゃないでしょうか。

捨て身になれぬ王者の辛さ

白井

いま会長が言われたことは、その通りだと思います。 王者の立場からいうと、王者というものは一か八かは できないんです。負けることは許されないんですから。 その点挑戦者は負けてもともとなんで、思いきってぶつかれる わけですよ。それが王者の弱点であり、挑戦者の特権なんです。 だから挑戦者は、その特権をフルに生かすべきだと思うし、 その果敢さが要求されるわけなんですよ。だから今ぼくが 村田君に望みたいのは、その一点だけで、敢えて 言わせてもらえれば、“村田君よ、勇敢になれ”ってことですね。

村田

ハイ、判りました。たしかにぼくは考えすぎて、 慎重になりすぎたんですね。

白井

そう、2度引き分けたということは、2度とも 負けてはいないんだ。でも、勝ってもいないんだよね(笑)  この微妙な差は、君の精神いかんにかかっているんで、 それさえ君が納得できれば、この次は絶対勝てると思うね。 スポーツマンは勝負師なんだから、やっぱり勝たなきゃ ダメなんだ。君に今一番望みたいことは、ワーッといく、 ぶつかっていく気持ちだと思うんだ。

村田

たしかに、ぼくにはそういう気持ちが欠けて いますね。先を考えちゃうんです。こういけばやられるだとう なんて、自分を冷たい目で見ちゃうというか、そういうとこが あるんです。

白井

ぼくは昔ニューヨークへ行った時、シカゴで やったシュガー・レイ・ロビンソンの試合をテレビで見たんだけど、 いやあ凄かった。惚れ惚れしましたよ。ボクシングよし、 インファイトよし、スピードはあるし、そしてチャンスになると、 まさに“阿修羅”のようなラッシュをするんだ。もう引退間近 だったけど、体全体がまるでスチールみたいに、しなやかで 鋭くて素晴らしかった。それと、ジョー・ルイスね、 一見顔の感じなどスマートじゃないけど、彼の全盛期の フィルムなど凄いですよ。正攻法で、小刻みに洗練された フットワークを使って、いいカウンターをとるんですよ。 そこへいくとアリのボクシングはごまかしみたいな 気がしてね。そのアリがロビンソンのことは凄く尊敬していたと 言いますからね。

本誌

3度目のチャンスが握れたら、今までの経験を もとに絶対とってやるという気持ちになるでしょう?

村田

それはもう。今度こそ今までの失敗は絶対 くり返さないつもりです。

白井

ぼくも昔の現役時代、新聞や評論家の人に いろいろ言われると、「何言ってるんだ」って思ったものですよ。 ところが現在、自分が何となくそういう立場になってみると、 同じことを言ってるんですね。(笑) 選手には いろいろ条件があり、表から見えないわけですよ。選手自身にしか 判らないものが、例えば試合前、ぼくは10日間位眠れなくても、 「記者会見ではグッスリ眠りました」なんて言ったりね。(笑)  選手なんて試合前1ヶ月以上スケジュールをたてても、それを 燃焼するのはたった1時間ばかりなんだから、ナーバスにも なるんです。減量もあるしね。

村田

ぼくは外見より図々しい方かもしれませんが、 それでも2晩ぐらいは眠れませんね。

白井

ぼくは10日間位眠れなかった。一晩中天井と 睨めっこしているうちに夜が明けたりしてね、カーンさんに 相談したら「ヨシオ、それはお前が本物になった証拠だ。 競走馬と駄馬の違いはそれなんだ、馬だってレース前は 神経過敏になって少しでも早く走ろうってなーばすになる。 駄馬は荷物をひっぱるだけだから、餌を食べたいだけ食べて、 ドタドタと走ってる。この違いなんだ、判るか?」と言われて、 “なるほど。オレは優秀な馬なんだ”。と自信がついたりしてね。

金子

我々も体力作りの他いろいろやるけど、 むづかしいですね。でも、村田はみかけよりはハートは あるんです。

村田

ぼくは世界戦より東洋の防衛戦の方が 緊張します。挑戦の場合はかえって気が楽なんです。

白井

それが王者と挑戦者の差ですよ。 今度はどっちへ挑戦しますか。

金子

ピントールはもう峠を越した感じで、
むしろ チャンドラーの方がこれから伸びそうだと思います。
私はどっちでもいいんです。
ただ村田自身が本当にチャンピオンになりたいのかどうか?  技術的には何でも できるんで、それがすべてを決めると思います。

村田

白井さんの言われたロビンソンの修羅場のような 攻撃。
肝に銘じました。ありがとうございました。

本誌

今日のこの対談が役に立って、村田選手が、 ぜひとも世界王座を獲得し、日本チャンピオン不在の救世主と なられるよう祈っています。