001/クレヨン


 引出しの中にある、ぼろぼろのクレヨン。
 幼稚園のころに買ってもらった、はじめの誕生日プレゼント。
 24色の、幼稚園児に買い与えるには、多少高価かと思われる代物。買ってもらったときは、自分はこの世でいちばん幸せなんだとか、そんなことを思っていた。
 箱を開ける。角とか、ぼろぼろに毛羽立っている。大事に使っていたけれど、やはり流れる年月にはかなわないらしい。
 中には、それぞれ不揃いに短くなったり、折れたりしたクレヨンが、23本。箱の裏側にかかれた順番をきっちり守って、並んでいる。
 クレヨンを、ゆっくりと撫でる。
 油っぽい、特有の感触。
 1本だけ、ない色がある。
 水色のクレヨン。
 それが今何処にあるのか、僕は知らない。
 やくそくだけ、覚えている。
 幼稚園の年中のころ、好きな女の子がいた。
 しおりちゃん、という名前だった。
 一丁前に手なんかつないだりして、コドモなりに、結構本気で好きだったように思う。
 その子に上げたのだ。水色のクレヨンは。
 しおりちゃんは、年長に上がるとき、親の都合で外国に行ってしまった。
 だから僕は、彼女が大好きな水色のクレヨンを、お別れのときに渡した。

『ね、やくそくしよう』
『やくそく?』

 ぼろぼろ泣きながら、しおりちゃんは僕を見た。
 僕は泣かないように頑張りながら、一生懸命、言った。

『また、―――また、いっしょに遊ぼうね。そのクレヨンが、やくそくのしるしだよ。やくそくなんだ』

 しおりちゃんは、クレヨンを握りしめて、何度も何度も頷いた。

『また遊ぼうね』
『ぜったいだよ。ぜったいぜったいやくそくだからね』

 それが、しおりちゃんに会った最後。
 あれから12年。僕たちは16歳になった。
 あのクレヨンはどうなったのだろうか。なくしてしまったかもしれない。それはそれで、仕方のないことなのかもしれない。
 12年。過ぎてしまえば、たった12年。でも、リアルで過ごすには、何もかもが変わってしまうほどに永い永い年月。
 箱を閉じて、引出しの中に戻した。
 きっと、しおりちゃんは、クレヨンのことすら、覚えていないに違いない。それはそれで、失望とかはしない。仕方のないことだ。僕はそう考えるようにしている。覚えている僕の方が、きっと驚きモノなのだ。

 玄関のチャイムが鳴った。

 家には、僕以外には誰もいない。母は夕飯の買い物に行ってしまっている
 もう一度、鳴った。
 僕は階段を降りて、玄関に向かう。
 扉を開けると、一人の女の子が立っていた。
「久し振りだね」
 女の子は言った。
 その手には、先のちびた、水色のクレヨンが握られていた。


(2003/08.07 1032文字)



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