008/パチンコ
僕はパチンコが嫌いだ。
幼いころ、よく妹と母と一緒にパチンコに行った。とはいっても、せいぜい5歳かそこらの子供を癒えにおいておくわけには行かなくて、ただ連れて行かれていただけ。
だから、僕も妹も母がパチンコを打っている間は車の後部座席でぼんやりと待っているしかなかった。
僕と妹は4つ離れていた。チャイルドシートに繋がれた妹は狭い車内での留守番に何を思っていたのだろうか。僕は何をするでもなくぼんやりと空を眺めたり、駐車場を行き来する車や人を観察していた。
ほとんど密閉された車内は、冬は凍えるほど寒く、夏はうだるほど暑かった。母親はいつも後部座席の窓を数センチ開けて行っていたけれど、それがどれほどの効果を得ていたのかは、当事者である僕にもわからない。
あの日は、夏の暑い日だった。母親がいつものように駐車場に車を止めて、窓を数センチ開けてエンジンを切った。空調の雑音が消えて、ばたんという音と一緒に母親は大きな建物のなかに吸い寄せられるように消えた。
真夏の陽射しに、車内の温度はありえない速度で上がっていく。半袖半ズボンだった僕は、耐えられずにシャツを脱いだ。毛穴という毛穴から汗が噴出した。チャイルドシートに繋がれた妹は、眠っているのかぐったりしているのか、額に汗や首周りに汗を滲ませたまま微動だにしなかった。元々泣き喚いたりしない大人しい赤ん坊だったから、僕はなんら不思議にも思わずに、永遠に続くような暑さに辟易していた。
何時間か経ったころ、母親が運転席のドアを開けた音に、はっと我に返った。車内はかげろうが見えるほどに熱され、僕は無意識のうちに数センチの窓に張り付くように躰を寄せていた。
「ただいま。」
そういうと、母親は僕に冷たいコーラを渡した。僕はひったくる様に汗をかいた缶を掴むと、焦って滑る指先でプルタブをこじ開けた。流し込んだ炭酸が喉に痛くて、むせて吐き出しそうになるのをなんとか押さえ込んだ。
母親は妹にも飲み物を飲ませようと運転席から躰をねじらせて、それから硬直した。 あっという間に飲み終えてしまったコーラの空き缶を覗き込んでいた僕は、その様子に違和感を覚える。「おかあさん?」
母親は僕なんか見えないかのように運転席から飛び出すと、妹側の後部座席の扉を開けた。チャイルドシートのベルトを外して、妹を抱き上げる。
僕はそこで始めて気がついた。妹は眠っているのではなく、ぐったりしていて、意識が無いのだということに。
僕は呆然としたまま、コーラの缶を握り締めていた。母親は妹を抱きかかえたまま、また建物に消えた。
取り残された僕はどうにも出来ないまま、汗の噴出した肌に真夏の生温い空気を、妙に冷たく感じていた。
妹は死んでいた。
それでも、母親はパチンコに行くことをやめなかった。妹の喪が明けないうちから、また同じ建物に車で僕を連れて行った。ただし、今度は車内ではなく、入り口近くのソファーで待つように言われたけれど。
それから10年以上が経って、母親はいつしか僕をパチンコに連れて行くことは無くなった。だが僕を連れて行かないだけで、母親は今でも毎日のようにパチンコに通ってはときおり思い出したように僕に景品のチョコやガムをくれる。
僕はパチンコが嫌いだ。パチンコに嵌る母親も嫌いだ。妹を殺したのは、母親とパチンコだ。
街中でパチンコ屋を見かけるたびに、僕は吐き気に似た、蒸した車内の澱んだ空気を思い出す。
(2005/06.10 1396文字)
時事ネタ。
数年前にずいぶん話題になりましたね。
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