009/かみなり
雨が、屋根を叩きつける。
背後で、ひかりが。まるですべてを焼き尽くすように。
そしてひかりの後には、地面が揺れるような、唸り声が。
押し殺したような、悲鳴が、頭の中でエンドレス。
くらくらと、思考が迷い道。
ひかりが。
すべてを浮かび上がらせる。
振り返ると、窓硝子には無数の雨の走った跡が残って、そのひとつひとつに、ひかりが反射していて。
―――綺麗。
ぱたり、
ひかりの合間に、音。
唸り声ではない、音が。
背後から視線を戻して、握りしめた手を、胸まで持ち上げる。酷く、重かった。
頭の、側頭部が痛い。偏頭痛持ちだから、よくあることではあるけれど。
掌には、真っ赤に染まった、銀色の。
それが、母が切れないと愚痴っていた包丁であるという事に気づくまで、数秒。
包丁だと気づいて、視線を、前に。
つい1週間前に、母が嬉しそうに買ってきたカーペットに、べったりと、不恰好な赤い模様。否、赤い、染み。
ああ、怒られちゃうなあ。
ぼんやりと、そんなことを思う。
嫌だな、怒られるのは。気分が良くない。
―――でも。
母は、カーペットの上で、まっすぐ淀んだ瞳を天井に向けていた。
まっすぐ、ではないのだろうか。その瞳は、既に何も映してはいないだろうから。
母子家庭で、気がついたら父親はいなかった。それが当たり前で、16になるこの年まで、そんなことに違和感など持たなかった。私にはお母さんがいるから、お父さんなんていなくても平気―――そう思っていた。
思っていた?
何で過去形なんだろう。
何で、だろう。
額に、流れるものを感じて、手を当てた。
手は真っ赤に染まっていた。否、これは。母のものだろうか、それとも、私のものなのだろうか。
きっと、きっと。
私の母のものが、混ざったものなのだろう、そう思った。
再び、後ろの窓硝子を振り返ると、つかの間の闇の中に、私の姿が、浮かび上がっていた。額を真っ赤に染めて、そのくすんだ赤の中に、一筋、流れるもの。
私の、血。
母が短気なのは今に始まったことじゃない。
今日もそうだった。私が何かを言ったのかもしれないが、突然怒り出して、テーブルの上にあった灰皿を私に投げつけた。
除けようにも除けられなくて、私は灰皿を額で受けた。
世界が真っ赤に染まったのだけ、覚えている。
気が付いたら、母は。
もう動かなかった。
降っていた雨が、いつの間にか酷くなっていて、かみなりが鳴っていた。ごろごろ、まるで不機嫌な母の、唸り声のよう。
かみなりのひかりが。
すべてを浮かび上がらせる。
「おかあさん」
呼んでも、返事など望めるはずもなく。
掌から、包丁が滑り落ちた。
瞬きしても、光景は変わらなかった。
ひかりが。
ひかりが―――。
(2003/08.28 1080文字)
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