011/柔らかい殻


「触っちゃ駄目」
 声に、伸ばした手を反射的に引っ込めた。
 振り返ると、ウヅキ教授が、にっこりわらって立っていて。
「触っちゃ駄目だよ」言った。
「どうして、ですか?」
 私の前にいる彼は、薄い肌色の膜のなか、液体に包まれて無重力に漂って。
「壊れちゃうから」
 色素の感じられない肌の白さと、体毛は淡く輝く金色。開いた眸は、いったい何色なのだろうか。
「壊れる…?」
「彼はね、目醒めるときを待ってるんだ。あのなかで。それを無理やり起こしちゃいけないよ」
 教授から、彼へ。目をやる。漂う彼は、既に生きているのかもわからないほどか細いのに、機械は確かに生存を示している。
「世界の遺産なんだよ。彼は」
「…世界の?」
「そう、前世界の。崩壊してしまった彼らの、繰り返さないための遺産なんだ」
 崩壊してしまった前人類が残した、繰り返さないための遺産。
「でも逆にね、これは負の遺産でもあるんだ」彼の周りにぐるりと張り巡らされたポールに腰掛けて、教授は頬杖をつく。「彼が目醒めるとき――それはイコール、世界が崩壊するときだ」
 崩壊を避けるために残されたはずの彼が目醒めるそのときは、世界の崩壊するとき。
「なんか、皮肉ですね」
「そうだね。最高にセンスのある皮肉だよ」
 にやり、教授はわらった。教授の後ろの硝子に、私の顔も映った。私もわらっていた。にたり、教授よりもタチの悪い笑みがそこにはあった。
「触ると、それは簡単に壊れるよ」私の前の彼を親指で指差して、教授はわらった。その眸は、ほんとうにわらっていますか?「お願いだからミズキくん、それ、壊しちゃわないでね」
「……そうですね、」
 わらった教授の、わらわない眸の。
 やわらかい声の、やわらかくない音の。
 すべてが私を刺激する。
「わかってますよ」
 教授がわらうから。
 教授がそんなこというから。
 笑顔で。
 わらってないくせに。
「教授の言わんとしていることくらい」
 そっと、腕を伸ばして。指先に力をこめて。
「そうか、それはよかった」
 触れた。膜は。
 牛乳に薄く張った、湯葉のように、指にまとわりついて。
 一瞬の収縮の後に、はじけて。
 そして世界は、崩壊を迎える。


(2004/06.17 870文字)



意味不ファンタジ。SF?
こういうのを書いてるときって割合愉しい。
世界の崩壊ネタは散々やりまくったから、読むほうは既に食傷気味かもしれないと思う今日この頃。



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