014/ビデオショップ


 深夜のビデオショップは無法地帯だ。
 バイトの先輩が言っていた。
 今までずっと昼間の仕事だったけど、その先輩がバイクで事故って入院してしまったので、今日から3ヶ月深夜のバイトに入ることになってしまった。
 とりあえず、フリーターって言うのはこういうとき多少無理が通じるあたりがイタイ。本当は深夜勤なんて嫌なんだよね。眠いし。
 とりあえず見舞いに行ったときに、先輩にいろいろ聞いては来たけど。寝るタイミングとか、休憩のタイミングとか。いろいろ。
 無法地帯、ていうのも、そのときに聞いた。
 ていうか、そんなの引き受ける前に教えてほしかったんですが。
 引き受けてしまった手前、いまさらやっぱ嫌ですなんていえない。フリーターの誇りにかけていえない。フリーターに誇りも何もあるのかと言われれば、そんなの赤ん坊に人権がないのかと言っているのと同じようなものだ。………たとえに失敗したからって白い目で見るのは反則行為ですレッドカード発動。
 いっそのこと退場したい…。
「ちょっと!」
 ぼうっとしていたらしい、はっと我に返って営業スマイルで前を見る。
「……いらっしゃいませ…」
 デブ、チビ、白いハチマキ(ああ、名前がわからない…)、テカリ顔。
 ああ、そうか…やっぱり世の中にはいるんだなあ、こういう、あからさまなヲタクって。
「何じろじろ見てんだよ」
 ああ、そんな2次元美少女にしか萌えないような目で俺を見るな。穢れる。差別発言だなあ…俺って博愛主義者なのに。
「えー、ビデオ、愛美12歳お兄ちゃん大好」
「おい!!」
「え?」
 びっくりして顔を上げると、やつはテカリ顔をさらにテカらせながらあたりをきょろきょろと見回した。それから、俺の顔を下から覗き込む。
「ちょっと、アンタバイトだろ? マナーってもんがわからないのか? いつもの兄ちゃんはどうしたんだよ」
「ええ、しばらくお休みで。代わりに僕が…」
 申し訳なさそうに言うと、やつは、フンと鼻で息をした。荒々しい。
「タイトルは読むなよ。」
 なら借りんじゃねえよ、AVくらいでびくびくすんじゃねえっての。
「はい、すいません」
 俺はおとなしく、バーコードを読み込んで清算する。「返却期限は7泊8日で来週の火曜になります」
 やつは奪うように袋をつかむと、きょどりながら店を出て行った。
 昼間にはいないんだけどなあ、ああいうやつ。
 ふう、息をつくと、すぐ待っていたサングラスの男性がカウンタにビデオを置いた。なんだか悔しいが、さっきのやつのことばを思い出して、ビデオのタイトルは読まないことにする。
「………」
 男性は一言も発せずに、じっと俺を見ている。いや、そんな見られても困るんですが。穴あいちゃうよ視線で。
 積まれたビデオのひとつを手にとって、眩暈がする。
『ハムハム大冒険♪ ハムちゃんひまわりのタネをさがしにいく!』
 ちらりと男性を見ると、彼は堂々と仁王立ちだった。さっきのやつとは態度が真逆だ。まあ、こっちのほうがやりやすいっちゃやりやすいし好感も持てるけど。
『ごろごろにゃんにゃん ひなたぼっこの巻』
『ごろごろにゃんにゃん ねこじゃらしの巻』
「返却期限は7泊8日で来週の火曜になります」
 男性は計3つのビデオを平然と借りていった。なんだか、何かを悟りきったような超然とした印象を受けた。
 こそこそAVを大量に借りるヲタクに、癒し系の動物ビデオを借りていく一見小指がないような感じの男性。いや、あったけどね、小指は。
 客足はぽつぽつといったところ。深夜2時を回ったところだと言うのに、なぜか家族連れと、大学生くらいのカップルが一組と、中学生くらいの男の子が3人で。
 家族連れは海外のホームドラマのところに。カップルはアダルトコーナーと海外アクションの境目あたりに。そして中学生たちはアダルトコーナーの暖簾の前でいったりきたり。
 ういういしいねえ、なんて思ったりするが。入っちゃったりした日には普通に注意しなければならない。一応ね、マニュアルにもそうあるので。
 とりあえず中学生を観察していると、彼らは俺の視線に気がついたのか、そそくさとその場を離れて店を出て行った。あらら、恥ずかしがり屋だこと。微笑ましいねえ、実に。
 ふと視線を戻すと、カップルの姿が消えていた。どこにいったんだろう、影に入ったりして見えなくなったかな。
 家族連れは借りるものが決まったのか、数本のビデオを持ってカウンタに近づいてきた。
「いらっしゃいませー」
 家族連れは普通に普通な洋画を借りていった。「キャストアウェイ」俺も好きです、トムハンクス。
 まあ、家族連れに意外性を求めるのもね、どうかと思うけど。
 客がいなくなったので、返却されてきたビデオを棚に戻す作業に入る。
 まずはアダルトビデオ。さすが、返却も貸し出しも夜がいちばん多い。抱えて、暖簾の中に入った。
 AVのコーナーは意外と広い。店の3分の1は占めている。まあ、それだけ需要が高いってことだ。なんだかむなしいぞ日本人。まあね、俺も見ないわけじゃないけど。
 一本一本返していく。徐々に奥のほうに入っていくと、ビデオでしか聞いたことのないような声が聞こえてきた。
「あ、ああんっ」
 一瞬で耳がダンボになる。こ、これは、これはこれはこれはもしかせずともあれですか? 喘ぎ声ってやつですか?
「やあん、だめだよぉ、こんなとこ……店員さんに、みられ、ちゃうよぅ……」
「大丈夫だって、平気平気」
 平気なわけあるかヴォケっ!
 とか思いつつ、棚の影からそっと覗く。どうやら行為は始まったばかりらしく、まだコトには及んでいないようだった。ただ、彼女のほうはすっかり胸があらわになっている。ああ、なんて大胆! なんて破廉恥! ああ、でも意外と貧乳だね。
 なんて思っている間にも、行為はエスカレートしていく。おまえら、ここをどこだと思ってんだ。野外セックスは強制わいせつ罪だったかなんだか忘れたけど、罪になるんだぞ罪に。犯罪ですよ! って、ここは一応屋内だけど。
 ここは店員として注意すべきだろうか。でも、なんて? 「お客様、ここでそういうことはちょっと…」とか? うげーかっこ悪い! じゃあなんだ? 「お客様、ここをラブホテルと勘違いされては困ります」とか? なんだよ、めっちゃカタブツっぽいじゃん。明らかに俺のほうが年上だけどさ。良いんだけどさカタブツでもやわらかくても。そこらへんはどうでも。いや、良くない良くない。どうしよう…。
「や、あ、気持ちいい……」
 いかんなあ…時間がないぞ。このままだとこのままだと普通に床掃除する羽目になるぞ。嫌だぞ俺は他人の男のモノの処理をするなんて。
 あ、そうだ。
 俺は立ち上がって、持っていたビデオを落とした。
 がしゃがしゃがしゃっ「ああっやっちゃった!」わざとらしく声をあげて。
 本当はこんなことしちゃだめなんだけどね。、ビデオが壊れちゃうから。でもここは仕方ないっしょ。
 それを拾いながら、棚の影から覗く。…………ヤロウ、気づいてないのか? わざとか? 何事もないかのように続けてんじゃねえよ!
 まったく近頃の若者は…セックスは見世物ですか? 君たちはアレか、AV女優なのか、男優なのか?
 考えをめぐらせる俺。そして…そして。
 ああ、そうだな、そういうことにしておこう。
 ぽんっと手を打つと、俺は財布から、あるモノを取り出した。
 セックスに興ずる若者ふたりに近づく。顔は笑顔で。スマイルで。
「君たち」
「あ?」
 どうでもいいけど、腰振りながら返事すんじゃねえよ。女も女だよ、第3者の登場に少しは気にしろよ。
「これ、ちゃんとつけてね」
 渡したのは、コンドーム。
「床掃除は嫌だから。ちゃんとそれで処理してね」
 にこやかに言うと、俺は平然とその場を後にした。
 ぶっちゃけ、心臓はどっきどきだ。
 実はあのコンドーム、先輩にもらったものだ。

「いやあね、いるんだよ、うちにきてセックスしていくカップルがさ。ほら、うちのAVのコーナーって監視カメラないじゃん? 暖簾かかってるし、死角だし。でね、そういうやつって基本的に覗かれることに快感を得てるわけ。もう最低だけど。まあ別に良いけどね。でも良くないのは精液の処理。あいつらぶちまけて帰ることもあるんだよ。だから、これ、渡してやれ。一応ちゃんと使ってくれるから」

 深夜のビデオショップは無法地帯です。
 ビデオショップでするくらいに、そんなに金がないのか、大学生ってやつは。
 働けっつうの。


(2003/09.02 3363文字)



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