016/シャム双生児
「あはははは」
彼女はわらった。
何がおかしいんだ? 俺にもわかるように教えてくれ。
「あはっ―――やってらんねーっ」
一声ついて、彼女はようやくわらうのをやめた。
「落ち着いた?」
「うん、落ち着いた」
恐らく意味もなくさばさばした声で彼女は言った。背中越しだから、表情はわからないし、俺は彼女の顔すら見たことがない。
それは何故か。
こたえは簡単明瞭明白。
俺は拉致されて、気がついたら彼女と背中合わせに腰を縛られていたからだ。因みに腕もしっかり前でぐるぐる巻きに縛られていた。縄が包帯のようになっている。素晴らしい周到振り。相手に抜かりはない。敵にとって不足なし…ではなくて。
「ところであんた、この状況に心当たりは?」
とりあえず訊いてみた。
「コーコーローアーターリー?」妙に神経逆なでする声で彼女は復唱する。「そおだなー、無きにしも非ずしかしながらないって感じかな」
「要はないわけだな。」
よおくわかった。
抵抗してみる。腕はぴくりともしなかった。かなり頑丈に縛ってあるらしい。ううむ、亀甲縛り―――て、何を言っているんだ俺は。
躰に力をこめると軽く眩暈がした。
おそらく拉致られるときに薬品か何かをかがされたのだろう。じゃなきゃイイ年したオトナの男がそう簡単に気絶などしてたまるものか。
腕は諦めて、部屋の中を見回した。灰色の切り取られたような空間が広がっていた。俺の目の前に、ちょうど扉があった。粘土で出来た家のように、のっぺりとしている。気持ちなんだか、キツイ臭いもするような。
「抵抗しないのか」
背後でぴくりともしない彼女に、声をかける。もしかしたらこの状況に憔悴してしまっているのかもしれない。彼女も女だ。さすがに女にこの状況は辛いだろう。同情する。
「なあんかさー」突然莫迦で買い声で彼女は言った。「ねみーのよー」
「薬かがされたんじゃないのか?」
「くすりィ?」いぶかしげに言う彼女。「くすりねえ、ははっ危ないヒビキー」
ヤロウ…この状況、実は楽しんでないか?
「ま、薬って言うのもいいかも」
「どこが」
「んーなんか現実離れしてるじゃん? そういうのっていいなーって思うの。あたし虚実大好き」
「あーそうかい」
何処かずれている、この女。
「思うんだけどさー」
「…なんだ?」
「あたしとあんたって、なんであたしとあんたなわけ?」
「…はあ?」
「だーかーらー。なんであたしとあんたなんだろうねって言ってんだよ」
「悪い。言ってる意味がわからん」
「あんた意外とわかんない人だな」呆れたように物言う彼女。失敬な、と言いたいが、確かに俺の語学力は低い。「だからな。あたしたちふたりである必要はあったのかってことだよ」
「ああ、なるほど」
「で、どう思うよ?」
ふたりである必要。言っておくが俺と彼女は初対面だ。いや、顔を拝んだわけではないから、実際は何処かで顔くらい見たことあるかもしれないが、しかし声から判断するに俺たちは初対面だ。
だいたい、相手―――ここに俺たちを押し込めたやつは一体何が目的なのだろうか。無差別か?
「そうだな、俺たちである必要はとりあえずないな」
「だよな? だいたいあたしとあんた初対面だし」
あーあ、と彼女はため息をついた。
「腕いてえなー頭もくらくらする。ついでに腰もいてえよ」
縄はかなりがっちり縛ってある。皮膚に食い込んで血液の流れを邪魔する。指先とかが微妙に冷たい。
「なあ、」ふと思いついたことを、俺は言った。「この格好ってさ、シャム双生児に似てるよな」
「しゃむ?」
知らない単語のように彼女は言った。事実知らない単語なのかもしれない。
「ほら、腰でくっついてる双子だよ。手術で取れたらしいけど」
「ははっあたしとあんたが双子か。そりゃ傑作だ」
「ほんとに、ケッサクだな―――っ」
足音。
彼女もそれに気がついたのか、わらうのをやめた。
「なんだ?」
「俺たちを閉じ込めたやつか?」
彼女が振り返っているのがわかる。俺は目の前の扉を凝視する。
足音が止まった。
扉が音もなく、開いた。
「………気分は、どうだい?」
開いた扉の向こうには、手術衣の男が立っていた。年のころならば、30を少し過ぎたあたりだろうか。でかいマスクで顔の大半が隠れていて、容貌はわからない。
「あんた…なんなんだ?」
「あ? なんだ、どうした?」
背後で彼女がもがいている。気になるのだろう、わからないでもない。
「私は医者だ」
それは見ればわかる。
「私は外科医だ。数週間前、シャム双生児の分離手術の執刀医に大抜擢された」
ゴム手袋を嵌めた手をわきわきさせながら、医者と言う男は淡々と言った。
「これは名誉だ! シャム双生児は例が少ないからね」少し興奮気味のようだった。医者は続ける。「だが、私は…わたしはあああああっ」
急に頭を抱えてその場で地団太を踏み出す医者。呆気にとられる俺。「何だ? なんなんだ?!」背後で暴れる彼女。
しばらくすると、医者はぴたりと地団太を止めた。「そうだよ、そうなんだ。私は外科医だ」
医者はつま先を蹴った。床の一部が回転して、ボタンが現れた。それを思い切り踏む医者。
すると、急に地面が盛り上がった。いや、俺と彼女が座っていた部分だけ机のように浮上したのだ。
「はああ?!」
背後で彼女が素っ頓狂な声を上げた。「ちょっと待て! なんだこれ!! 聞いてねえぞ!!」
そんなことを言うのならここに連れて来られたこと自体聞いていない。
「私は医者だ。私は外科医だ。私は私はわたしは」
ぶつぶつと医者は呟いている。眼鏡の奥の瞳は何処か人ではないような。
「今からオペを開始するぅ!」
医者が叫んだ。すると、天井が割れて、テレビでよく観る手術ライトが現れた。
扉の向こうから何故か看護婦ががらがらと道具の乗った台車を押して現れる。
「執刀はワタクシ、ミヤケジュンイチロウが行います!」
「ちょ、待てよなんだよ!!」
「そうだ! あたしなんか全然状況飲み込めてねえぞ!!」
「そんなのは俺だって一緒だ!」
こんなの、俺も彼女も状況は変わらない。
ミヤケと名乗った医者はにやりとわらった。「キミ達はぁー分離するのだっ」
「「はあ?」」
分離って言われても。
もともと別人だし。
「麻酔医!!」
「はっ」
まるで軍隊映画のように敬礼した、おそらく麻酔医が扉から現れた。彼はつかつかとこちらに歩み寄ると、問答無用で口にマスクを装着した。
「んーっ!!」
彼女も同じようだ。背後でめちゃくちゃ暴れているが、麻酔医(らしい)男は動揺すらしない。
「メロン味だよー」
そんな感じのやさしい声が聞こえたかと思うと、俺は意識を失った。
気が付いたらベッドの上だった。
どうやら病院らしい。酷く頭が痛い。ところでどうして俺はここにいるんですか?
横を見ると、見知らぬ女が同じく俺を見たところだった。
「あんた…」
「ああ、」
声を聞いて納得した。目の前のみ知らぬ女は"彼女"だ。
「助かったのか?」
「ていうか、何が起こったんだよ…」彼女が起き上がろうとすると、突然何処からか現れた看護婦が彼女をベッドに強制収容した。「絶対安静!!」「ぎゃああっ」
「………」
ゼッタイアンセイ?
なんだそれは。人を病人か怪我人のように。
起き上がろうと思ったが、彼女の二の舞は嫌だったのでやめておいた。ちっと言う舌打ちが聞こえたので、見ると彼女とは反対側のサイドで看護婦がつまらなそうに腕を組んでいた。
なんなのだろう、これは。
ベッドに押し戻された彼女はしばらく抵抗を試みていたが、諦めたようだった。
おとなしくベッドに横になっている。
「回診の時間でーす」
青年のさわやかな声と同時に、がちゃりと扉の開く音がした。眼鏡をかけた中年が立っていた。あの医者だとすぐにわかった。
「やあ、調子はどうだね?」彼は手元のカルテをめくりながら言った。「術後は安定しているようだね」
気を失う前に見たときとはかなり別人のように穏やかだ。さわやかとも言える。
「あの、なんの…その、手術だったんですか?」
「分離手術だよ。キミ達はシャム双生児なんだから、それを離したんだ」
にこやかに彼はこたえた。
俺と彼女は顔を見合わせる。どこが?
どこがシャム双生児?
「いやあ、大変だったよ。10時間に及ぶ大手術。アレはもう芸術だ! 私は医者からアーティストになっかのような気がしたよ。キミたちも、よく、耐えてくれた」
話が見えない。
「あ、あの…」
「おいおっさん」
空気が固まった。
「どうでもいいけど、何夢みたいな事言ってんだよ。こいつとあたしが双子? シャム? 何言ってんの頭ダイジョ―――」
言い終わらないうちに、彼女は看護婦達に羽交い絞めにされて口を封じられた。「せ、先生、そろそろ別の患者さんのところに!」「そうですよ先生、彼女まだ麻酔から醒めきってないんですわ」「先生の手術は大成功でしたもの」
口々に言う看護婦たち。医者は、「あ、ああそうだね。そうしよう」と半ば動揺しながらも部屋を出て行った。
ぱたん、と扉が閉まったとたん、部屋中からため息が漏れた。
「……あの、」
「余計なこと言わないでくれる?」
首後ろを書きながらひとりの看護婦が言った。
「先生満足してるんだから。掘り返さないでよ」「まったく状況を読んで行動しなさいよ」「読めない子ねえ」
口々に言う。
「はあ? 何言ってんだよあんたたち。あたしなんか間違ってるわけ?」
彼女はベッドの上に起き上がっているが、もう誰も押し戻したりはしなかった。なので俺も起き上がる。
「先生はね、ちょっと訳アリなのよ」
俺の傍にいた看護婦が言った。
看護婦の話を掻い摘むとこうなる。
あの医者―――ミヤケは数週間前シャム双生児の分離手術の執刀に大抜擢された。しかし、彼は致命的なミスを犯した。双子は死んだ。マスコミはそれを大々的に報道した。彼は管理職から一転地方の個人病院に飛ばされた。それ以来、彼は何処かとらわれてしまったのだと言う。
手術に。
そして彼は俺と彼女を拉致した。相手は誰でも良かったらしい。とりあえず捕まえてきたふたりを背中合わせに腰で縛り付け、シャム双生児に見せかけた。
そして、縄をほどく分離手術を施した。
それがことのすべてだ。
彼女はひとしきり話を聞くとひとしきりわらって、ひとしきりキレていた。何であたしがそんな莫迦な医者の尻拭いに付き合わされてんだ!! そのお怒り、ごもっともでございます。
一方俺はというと。
少々同情気味。あまり怒る気にならなかった。
とりあえず手術と言っても腹を開けられたわけではなし、何もなかったわけだし、尻拭いは嫌だが、まあ、無事だっただけよしとすることにする。
ただし、入院3ヶ月を申しわたさえたときには、さすがに彼女と一緒になって抗議はしたが。
(2003/08.18 4273文字)
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