031/ベンディングマシーン
一体、何日がたったのだろう。
陽の光さえ、殆ど差し込まないこの樹海に、足を踏み入れてから。
一体、何日が経ってしまったのだろう。
彷徨った日数だけ、何も食べていないのに飲んでいないのに、足は、思いのほかしっかりと地面を踏みしめる。
彷徨った日数だけ、"死にたい"という思いは、何処か遠い場所のもののようになっていく。
人間が、俺が、崩れていくような、気がする。
「もう、嫌だ」
何度目だろう、呟きが、ぽとりと零れ落ちる。
「殺してくれ、」
そう言って、殺されるほど、世界は壊れてはいない。
ほんの100年200年前なら。
殺人はごく当たり前の出来事だっただろう。
それがいつからか、禁忌になった。
道は、産まれ落ちたそのときから閉ざされていた。
寄りかかった細い樹木。陽が当たらないせいか、ひょろりと頼りない。
太い樹には、たいていロープか何かが絡まっていた。ここは、死にたい人間のたどり着く最後の場所。
ふと、視線の先に。
不自然なひかりがあった。
目を凝らすと、それは人工の明かりだった。
黄色い、白い、明滅を繰り返す、ひかり。
寄り掛かった樹を離れて、ひかりを目指す。
それは、自動販売機だった。
もう何年も前の新製品が、新発売という名目の元に売られていた。
何処から電気を取っているのかはわからなかったが、自動販売機は生きていた。不自然な明滅を繰り返しながら、存在をアピールする。
「…どうして、」
思わず、笑いが漏れる。どうして、こんなところに。
どうして、放っておいてくれないのだろう。
どうして。どうして。
どうして。
どん、拳で自動販売機を叩いた。
じじ、と、小さく抗議するように自動販売機が鳴いた。
理由はわからなかった。
でもどうしてか、いつの間にかイジメの標的になっていた。
世界すべてを敵に回してしまったような気がした。親も教師も信用できなかった。
何もかもが疑わしく、何もかもが怖かった。
引き篭もるようになって、毎日ただひたすらに死を願った。消え失せたかった。何もかも。痕跡さえ残さないままに。
でもそんなのは、到底出来もしないことで。死ぬことが出来なかった自分はただ、あるがままに存在しつづけるしか、道はなかった。
辛かった。死にたかった。そんなとき、ネットで、この樹海のことを聞いた。
彷徨うだけで良いのなら、自分も死ねる、そう思った。
衰弱でも何でも、死ねるのならそれで良かった。
慣れ親しんだ、残酷な世界から隔絶された場所にいると思えた。ここなら、緩やかな死を迎えられるはずだと思った。
なのに、ここにも。
ここにも、カケラが迷い込んでいた。
自動販売機の明かりが、視覚に痛かった。
座り込むと、地面は湿っていて冷たかった。
「も…やめて、くれ……」
じぃ、自動販売機が鳴いた。
生きろと、そう言っているような、気がした。
(2003/08.21 1128文字)
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