035/髪の長い女


 彼、髪の長い女が好みなんですって。

 私の自慢は、黒くて艶があって腰まである長い髪。
 美容院のモデルなんか、よく頼まれるけど、色をつけたり脱色したり短くしたりするのなんか嫌だから、応じたことは一度もない。
 そんな私に、言い寄ってきた一人の男。
 彼はふたこと目には、私の髪を誉めた。
 でもそれよりもなによりも、本当に、私のことを好いてくれた。
 そしてなんと言うことか、私はいつのまにか、彼を本気で好きになっていた。愛している、と言うほうが適切なのかもしれない。
 なんだかとっても不本意なんだけど。

 彼はふたこと目には私の髪を誉めた。

 私と私の髪と、どっちが好きなの? そんな莫迦げた質問をしたくなるほど、彼は私の長い髪を誉めた。
 それがいつからか、耐えられなくなった。
 私は髪を切った。
 今まで生きてきた中で、一度も短くしたことはなかったのに。
 髪を切った私を見て、彼は驚いた。
 どうしたの? 何かあったの?
 しきりに尋ねる彼に、私は何もこたえなかった。
 察して欲しかったから。
 でも彼は、何も言ってはこなかった。
 私は堪えられなくなって、訊いた。

「ねえ、髪が短くても、私のこと好き?」

 彼は髪が短くなったときよりも驚いた顔をした。

「どうして?」
「こたえて。どうなの?」
「好きだよ。」
 さらりと、彼がこたえた。それから、思い当たったように訊いてくる。
「もしかして、俺が髪の長い子が好みだって言うから?」
 頷くと、彼はわらった。
「まあ、確かに最初は髪の毛が綺麗な子だなあって思ってたけど。今は髪よりも性格とかしぐさとかのほうが好きだな。そうやって、思い切ってるところも」
 彼は掌を私の頭に載せると、指で軽く髪をすいた。
「でもさっぱりいっちゃったよね。ちょっともったいないかな。でもすぐ伸びるからいっか」
「やっぱり長いほうがいい?」
「長いほうが見慣れてるからね。でもそのうち短いほうが良いって言い出すかもよ」
「そうしたら、今度は目いっぱい伸ばしてやる」
 言うと、彼はおかしそうにわらった。


(2003/09.03 815文字)



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