081/ハイヒール
むかつく。
何なのよコレ。
コレが3万もしたものの末路だって言うの?
消費者を莫迦にしてんの?
「やってらんない」
都会の片隅で。文句を垂れるOLひとり。
左足は裸足で、右手にはヒールの折れた靴。ぷらりと情けない擬音を漂わせて10センチはありそうなヒールが。ぶら下がっている。
元を正せば部長のメールがいけないのよ。
『ごめん、約束は2時じゃなくて1時半だったよ!>人<』
顔文字つけて言ったって駄目なのよ。だいたい1時半7分前にそんなメールしてくるんじゃないわよ。
おかげでこけちゃって膝からは血がだらだらだし、ヒールは片方折れちゃうし。
結局先方には遅れますって電話して、会社に代理を頼んだ。
膝にはハンカチを置いて。とりあえず血が止まるのを待っている。このハンカチ、たぶんもう使い物にならないだろう。洗っても黒ずんだ跡が残るんだ。あーあ、シルクの高いやつなのに。もったいないもったいない。経費として落としてやりたい。
昼休みの時間を過ぎたオフィス街には人の影はない。
恋愛ドラマならね、ここらへんでイイ男が声をかけてくるものなのよ。そんな淡い期待なんて抱かないけどね。
ちらりとヒールを見た。ぽろりと、ヒールが落ちた。
ムカムカと怒りが込み上げてくる。
「きーっ」
ヒールをぶん投げる。
「いたっ」
「………」
そおっと声のしたほうを見ると、学生服の少年が居た。ていうか、何でこんな時間にこんな場所にこんな人がいるわけ?
「おねーさん?」
ああ、笑顔だよこの子。
つかつかと歩み寄ってくる。
「これ、おねーさんが投げたんだよね?」
「そ、そうね…」
いうと、少年は私の手を取って、その手にヒールをぐりぐり押し付けやがった。
「いたいいたいっ」
「俺の頭も痛かった」
終始笑顔だ。逆に怖い。
ふと、少年は私の足を見た。
「膝、どうしたの?」
「い、いや、別に〜?」
こけましたなんていえない。ていうか、なんだ、絡む気か?
「ちょっと失礼」
「や、」
やめろ、という暇もなく。
ひょい、とハンカチをとられた。いや、「ひょい」なんて生易しいものじゃない。
「べり」
そんな擬音がとっても似つかわしい。
「〜=*!+_¥♪Д仝∀!!!!!」
「ことばにならないってやつ?」
ふうん、みたいな表情で私の顔を見る少年。今とってもとっても殺意が沸きましたことヨ奥様!!
「ひどいねー。でもここでティッシュとか当てなかっただけおねーさん賢いね」
ティッシュ。ああ、そうか。その手があった。高いシルクなんかじゃなくてそういう消耗品を―――。
「ティッシュだと張り付いて擦りこらないといけないからねー」
いや、ハンカチでよかった。
「もう、いいわよ! ほっといてくれる? 血も止まった見たいだし、私もう行かないといけないんだけど」
「歩けるの?」
「歩けるに決まってんでしょ?!」
「片方はだしで?」
「ぐっ……平気よ! こんな時間歩いてるのなんてあんたくらいなもんだし、駅だってすぐそこじゃない」
「歩いて10分はかかるけどね」
「……。平気なの! ほっといてっていってるでしょ!」
立ち上がって一歩踏み出したときに、地雷を踏んだみたいな衝撃が走った。
いや、ちょっと、やばくない? これマジで…いや、ちょっと。
いや。
かなり。
イタイ。
「どうしたの?」
かがみこんだままこちらを見上げて、にやにやしながら、少年。
「なんでもないわよ」
「ふうん、歩けないの、」
「歩けるわよ」
「ふうん、そー」
「なによ」
「なんでも? 早くしないと人がきちゃうよ?」
「わかってるわよ」
「……行かないの?」
「うるさいっ、あんたこそさっさとどっか行きなさいよ!」
「別にー。俺急いでないし」
「………」
さっさと立ち去りたい。カッコ悪いし。でも、痛い。立っているだけで結構辛い。膝の皮膚って言うのはどうしてこんなに伸縮するんだ。今までずっと伸ばしていたから、ちぢむとこんなにいたい。尋常じゃない。20歳若かったら泣き喚いている。
「しかたないなー」
ふうっ。ため息混じりな台詞。そして。
「ひゃあっ」
「あー、そこは男としては"きゃあ"っていって欲しかったにゃー」
「なにが"にゃー"よ! おろしなさい!!」
お姫様抱っこなんて! こんなどう見ても高校生に!! コドモに!!!
「まあまあ。駅よりも手前に薬局あるから。そこまでお連れしましょうマダム」
「マダムじゃないわよ失礼ねっ」
「あー…じゃあなに?」
「…いや、知らないけど」
「んじゃいいじゃん。マダムで」
「キーっ」
「あ、このヒールも一緒に持ってかないとね」
私を抱えたままひょいっとかがみこんで、転がっていた靴を拾った。意外と足腰強いじゃない…違うっそうじゃなーい!!
「ハイ、」
おなかの上に置かれた靴を、やり場のない手でとりあえず触れる。ああ、人生の恥の日だわ。
こけるしヒールは折れるしこんなコドモにこんな醜態晒すなんて。
人気がないのがせめてもの救い。かな。
はあ…。
(2004/01.12 1956文字)
シリーズ化したい…。
やべーめっちゃ愉しかったし。
年上女性と年下の男の子。
U-25はコレで行きましょう。
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