花葬


monologue

 目が醒めたら、病院にいた。
 母親の話によると、響子が救急車を呼んだということだった。僕は一命を取り留め、そして響子自身は、僕への傷害で逮捕されたという。
 すべては病院のベッドの上で聞いた、又聞きの話で。
 響子とは会話はおろか顔すらあわせていない。記憶が途切れてから。響子は僕の日常から姿を消した。
 退院まで2週間を要した。退院した後も、1週間は自宅療養を言い渡されて、僕は学校に行くこともなくぼんやりと自室の、椅子に座っている。
 ベッドの向こうの、智影の部屋は。
 死んだとわかった今でも、そのままで。母親は掃除もすれば、箪笥の中の衣替えもする。死んだのに、この家の中で、智影はまだ存在している。下手をしたら、僕以上の存在感で持って。
 この家にいる。
 痛み止めのおかげで、左腕は重いだけで痛みはない。
 むしろ痛いほうが良いのかもしれないと思うけれど。でも、痛みを怖がる自分がいる。結局、僕は弱すぎた。何もかもを恐れた。恐れながらも、連鎖をとめようとはしなかった。それすら怖かった。
 でも、もう。
 響子が逮捕されたという今。
 僕にはもう護るべきものはない。弱い自分自身は、護るには値しなくて。
 14歳の晩春からはじまったすべてに―――否、僕が生まれてから、響子と出会ってから、はじまったすべてを。
 終わらせないといけない。
 起こったことに後悔はない。犯した罪に、後悔はない。
 背負った罪の重さは、もう感じられないほど重すぎて。
 僕の背後にある十字架は、もう数え切れなくて。
 重さにも数にも。護るもののない僕には耐えられない。
 引き出しを開けて、便箋を取り出す。
 自由の利かない左手で、便箋を押さえて。ひとつ息をついて。一文字一文字、書いていく。
 砂倉智久のこと。智影のこと。僕の犯したすべて。響子を”巻き込んだ”、と。書きながら、僕はぼんやりと、思う。
 こんなものを書いたところで、慶介に告発されてしまえば、何の意味もない。事実に、捏造された真実はかなうはずはないから。
 それでも。
 僕は最後の抵抗を試みる。
 最期の抵抗を。
 空振りしたってかまわない。空回りだって良い。
 もう此処までくれば、すべては自己満足の領域。僕は響子を護った―――そういう免罪符が欲しいだけ。自分の行為に対する建前が、大義名分が欲しいだけ。

―――陽汰が護ろうとしてるのは私じゃないわ、自分だけなのよ!!

 響子の言った台詞。
 愕くほど、的を得ていて。
 結局僕は、僕だけがすべてでしかないんだ。
 護りたいという本心と一緒に、自分の保身が同列に並んでる。
 うずく左肩に、ちらりと視線をやる。包帯の下には、おそらく一生消えることのない傷がある。罪への罰。その、きっかけに過ぎないものが。
 僕は。
 この3年間、何をしてきたのだろう。
 響子を護りたいと思って。
 智影を殺して埋めて。
 なのに、自分がいちばん大事。
 花を植えて。
 智影の供養のため。
 でもそれは自分への戒めと自己満足。
 響子のために自首しようと思って。
 だけど実際は自分のため。
「おかしなハナシ、」
 本当に。
 御伽噺みたいに。
 おかしなおかしなハナシ。
「わらっちゃうね」
 言いながら、僕はわらえない。
 書き終わった便箋を纏めて二つ折りにして、目覚まし時計の下に敷いた。
 脇においていた携帯を開いた。待ち受けは、ユリオプスデージーの花。大きな眸で、すべてを見通す。僕が智影を殺す様を、引き抜かれた姿で見ていた花。
 瞬きをすると、待ち受けが変わった。
 ふたりの写真。
 棄てられない過去。
 メールの作成画面を開いて、宛先を渚に指定する。
 何度か指を止めながら、打ち込んで。
 送信した。
 送信した後待ち受けに戻った液晶を、しばらく眺めて。
 電源を切った。
 椅子から立ち上がって、ベッドを迂回して、智影の机の前に立って。少しも埃をかぶっていない天板を撫でた。
 ふと、引き出しを開ける。
 さすがに母親は此処までは掃除していないらしく、うっすら、埃をかぶっている。引き出しのいちばん手前に、テープレコーダーがあった。中にはテープがセットされていて、よく見ると新品ではないようで。
 何だろう、と思って。想像も出来ない。
 イヤホンを手にとって耳に当てて。かちり、再生ボタンを押した。
 聞こえてきたのは、中3の冬。智影との会話。僕を見棄てないといった智影のことばが、荒いテープの音声で蘇る。ほとんど終わりに近かったテープを巻き戻して。再生。
 聞こえたのは、僕でも智影でもない、響子の声で。
『その先には、何があるの? 罪には罰だ、なんて言うつもり?』
 淡々として、挑発的にも聞こえる。声音。
 響子の声と、智影の声と、僕の声。
 3年前の。智影を埋める少し前の出来事。
 録音していた、その真意はわからない。
 でも、これを残しておいてはいけない。それだけはわかる。
「ごめん、智影」
 停止ボタン。レコーダーから、テープを取り出して。
「ごめん、」
 鉛筆立てから、はさみを取り出す。
 最後の最後まで。
 ごめん。
 左手でテープを持って、右手で中身を引き出して。
 ばらばらに。跡形もなく。切り裂いた。
 最後の最後まで。
 僕は保身ばかりだよ。
 汚れも罪も。
 何もかもをひっくるめて。





…end


(2004/06某日 101245文字)