ピアノの周辺―2002    

ピアノの周辺

【その後のレッスン】
2002年

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1.7.2002...

新しい年になって、またレッスンが始まりました。教わったことが少しでも身につく一年であります ように。

連弾の“五木の子守歌”は、なんとか終了。先生が弾かれたパートも、しっかり聴くことができたし、 パソコン相手の練習も一応の成果あり。次回は、“星に願いを”。この曲は大好きです。

バッハの曲の方はと云うと、うーん、バッハって難しい。まぁ、誰の曲を弾いても 私には難しいのですが。はじめのキーポイントは“左手”、単なる伴奏じゃないところが戸惑うところ。 しっかり弾かなくては曲の形を成しません。それに一音一音が何とも大切。当然と云えば当然なのですが、 ここまでとは。 (ちょっと変な感想ですね。ま、素人ですから、感じたままを云っています。)次に曲の表情、一概には 云えないのでしょうが、過剰な表情は不必要みたいです。かといって、音符のままを弾いても、これまた 全く無表情な曲になってしまうし。弾きながら、45度くらい(ちょっとオーバーでしたね。)首を傾げてしまいます。 まだまだ小さな曲を練習しているのに、もう、どーんと手応え十分です。

8.二つのメヌエット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<2分04秒>(L112)

この二つの曲は、右手のパート(上声部)と左手のパート(下声部)が、そっくりそのまま入れ替わった 形で作られていて面白く感じました。しかし、出来上がりは、無表情の見本のようになってしまいました。

と、こんな訳で年明け早々、“難しい”の連発です。多分、ずっとこんな調子です。どうぞ、今年も よろしくお願いします。

1.21.2002...

先日、弦楽アンサンブルの演奏会に行ってきました。生の音ってやっぱりいいものですね。身体全体で音を 感じることができますから。それに演奏される方の表情や動きを見るのも楽しいものです。ヴァイオリン奏者 の方も集団になるとその弓の動きは、引いては寄せる波のようです。大波もあれば、さざ波もあります。 チェロの 人たちは、両膝で楽器を挟んでいますから、やはり堂々とした感じに見えます。音もずしりとお腹の方に 響いてきます。 それにしても何人もの人たちが、一つの曲を創り上げていくのには、相当な練習をするのでしょうね。すごい ことです。気合の入った演奏を聴いて、お腹も胸も一杯になりました。

さて、次は、面白い(頁を繰るのももどかしいくらい、なのですよ)読み物のはなしです。中国の作家・金庸(1924-)を ご存知ですか。ジャーナリストでもあったそうですが、数多くの武侠小説を書いた人です。その中の「 射G英雄伝」、 これは大衆娯楽小説の決定版ですね。時代設定は南宋の中頃。荒唐無稽というか、想像を 絶する武術の数々、時には武器を楽器に持ち替えて闘いが繰り広げられたりもします。登場人物のキャラが これまたバラエティーに富んでいます。三国志や水滸伝も面白かったけど、これも堪りません。読み進んで いくと左右分撃法という術が登場します。左右の手が全く別の攻撃をするのです。例えて云えば、右手で円を、左手 で四角を描くようなもの。お、これなんか今の私のピアノと同じだ、なんて思ってしまったのです。

9.マーチ 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<1分31秒>(L113-4)

1.28.2002...

レッスンが終わって外に出ると、ほの暗くなりかけた空に大きくてまん丸のお月さんが出ていた。まだ位置は 低い。(今日は、うまくいかなかったなぁ)歩いているうちにも空は、とっぷりと暮れてきて、幾つか星も 見えてきた。今日のお月さんは、冴え冴えとした光を放っている。(時間はかかるよね。ねぇ、そうでしょう) 遠回りをするほどの道のりではないから、ゆっくりゆっくりお月さんを眺めながら帰ってきた。

私流、3連符の間違え方。ミレド、ファミレ、ソファミの3連符があるとする。音を拾っていくとき、ミレド でしょうと確認しながら、ピアノの鍵盤を叩く、しかしいつの間にか最後のドは押しっ放し。次にファミレ かなんて、またレの音を押しっ放し、そうやって見事に三番目の音を無意識の内に長く伸ばして弾くはめに。 音を拾っていくのも、小節単位で見るようにしなくては、駄目ですね。

10.メヌエット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<1分14秒>(L113-4)

2.14.2002...

町の楽器店というのは、気になる存在です。特に表から見て、修理の方に主体があれば尚更のこと。 扉を開けて店の中に入って、ちょっと様子を見てみたいと思うけれど、中に入る口実がつかめない (ここまでは私も似たような経験があります)。作者は根気よく店に通って、遂には店の奥にあるもう一つ の扉の向こうまで入ってゆく。それは、表からは想像もできない大きなピアノ工房で、天窓から射す 光が、解体のさまざまな段階にある古今東西のピアノを照らしだしている。(いかがです。ワクワクしま せんか。)

作者の子供時代のレッスンのことや、その工房でピアノを手に入れてからの、つまり時を経て大人に なってからのレッスンの様子。また著名なピアノ教師による公開レッスンの模様や、午後からは、 ワインを飲むことに決めているという調律師の仕事振り、ピアノの運び屋、工房に集まってくる人々。 ピアノの内部構造についての話も興味深いものです。読み終えると、まるでそこを旅してきたような心持ちに なりました。気分もリフレッシュ。毎日、弾いているピアノを更に愛しく感じるとともに、本来持っている 音を、私は十分に引き出せて弾いているのだろうかと思ってしまいます。

『パリ左岸のピアノ工房』T.E.カーハート著、松村潔訳、新潮社、2001年12月発行。

11.ミュゼット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<41秒>(L115)イギリス組曲第3番から。
左手は、小指がずっとソの音を押しっ放しです。短いけれど 愛らしい曲なのです(本当はネ)。

2.18.2002...

私の住んでいる辺りでは、朝、郭公の鳴き声がする。そうです、この時期でも。季節を問わず、 年がら年中、かっきり朝の七時には、カッコー、カッコーと鳴いている。否、放送が流されているのです。 イヤですね、この感覚。誰が考えついたことなのか。人間って余程マヌケね。なんて空を飛ぶ生命ある鳥は 思っているのじゃないかしら。

しかし、春も近付いてくると、こちらは本物の鶯(春告げ鳥ともいうのですってね。)が鳴き始める。 今年も、もう少ししたら。毎年、最初の頃は、ちょっと覚束ない様子で鳴いている。まぁ、 鶯だって手解きを受けて、練習を重ねるのでしょうが、あっという間に上手に鳴くようになりますね。 羨ましい限り。

今日練習したバッハのガボットは、トリルが沢山でてくる。だからトリルができないとサマにならない。 それこそ、 鳥が鳴くように、コロコロ、コロコロ弾いてみたいけれど、気持ちばかりが先行して、指の方には 気張ってしまった力がブレーキとなって、鳴きもしないうちにドタッと落下しています。あーあ、 ため息ばかりじゃどうにもならないのですけれど。

12.マーチ 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<1分07秒>(L116)

3.4.2002...

先週のレッスンは、母が入院をしましたので休みました。幸い病状は重くなく、数週間もすれば退院できる とのことなのですが、やはり年齢も年齢なので気持ちが落ち着きません。

そんな訳で、碌な練習もできず、ピアノのレッスンに行くのに、今日は躊躇ってしまいました。しかし、 この先もいろいろな時がある筈です。臨機応変に、そして時にはずうずうしく、「練習をしている時間が ありませんでした。」と云ってもいいのではないかと思います。勿論、失礼にならないように、先生には、 こちら の状況をきちんと説明して、解って貰うことは必要ですけれど。

13.ガボット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<2分08秒>(L117)
イギリス組曲第6番から。先々週、練習していた曲です。トリルは、やはりまだまだ難しく、ちっとも トリルになっていません。

3.11.2002...

近くの公園に、辛夷の白い花が、春の訪れを告げるように咲いています。近くで見ると、それほどとは 思わないのですが、遠くから見ると、綺麗だなーと思います。50メートルくらいの美人かな。もっとかな。 あまり細部が分からない方がいいものってありますね。でも、近くから見るにしても、遠くから眺めるに しても、何れも少し佇まないと、感じるまでいきませんね。

14.ガボット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<1分22秒>(L118-9)
イギリス組曲第3番から。今回は初めての左手のトリル。なんだかニョロニョロしてしまいました。

3.18.2002...

ポカポカと暖かすぎる昼下がり、少し風があるけど窓を開けちゃおうと、空気の入れ替えをしたのがいけ なかったのです。教室に出かける前に、ピアノを復習っていたら、来た、来た、来た、鼻の奥がツーン として、 それからもう鼻水が止まりません。今日はピアノが終わってから、バイトもあるので、仕方なく薬を飲ん ででかけました。 でも、これがやっぱりまずかったのです。レッスンを受けている時、ちゃんと弾かなきゃと気持ちは焦る のに、身体の方は、 ほぁーんと眠くなってきてしまいました。終わってから振り返ると、今日は夢心地のレッスンでした。 風が吹いて 儲かるのは、桶屋じゃなくて薬品会社です。一通りの花粉グッズを前に恨めしい限り。 全く、何とかしてョ、この花粉症め! なのです。

今週練習しているのは、スローテンポのメヌエット。またまたトリルが出てくるのですが、丁寧にきちんと した数で正確に弾くことも練習の一つです。コロコロ弾くのが結構面白くなってきていたので、決まった 数を弾くのは、難しく感じます。
それに左手のパート。「ちゃんと音聴いて、弾いていますか?」「えーと、 あのー、そうやって弾いたかどうか記憶にございません。」
来週は、しっかりします。

3.25.2002...

今年は、はやいですね。もう、桜の花びらが風に舞っています。週末まで持たないかもしれませんね。 以前、東京の小金井公園というところで観た桜がとても印象に残っています。ちょうど、夕方の光の 中で観ていたのですが、錦のような色合いに見えてとても綺麗でした。沢山の花びらが風に吹かれる様子は、 まるで夢の舞台の緞帳の様に見えました。

15.メヌエット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<1分09秒> (L120-1)

この曲は、たったの20小節です。しかし、私には本当に難しい曲でした。どうしても、曲の雰囲気が 捉えられなかったのです。音楽は、技術も必要ですけど、感じる心がないと駄目なんだなと、そう思い ながら練習していました。でも、始まったばかり、くよくよせずに先に進みます。

4.1.2002...

ここ数ヶ月ずっとバッハの小品を練習していますが、練習していると不思議と気持ちが落ち着いてきます。 勿論、思うようにはできないのですから、フーと溜め息をついて立ち止まることもしばしばですが。それでも もう少し、もう少しと練習をしていると、上手くはできなくても、嬉しくて楽しくなって、気持ちが 柔らかくなってきます。

今、練習しているのは、フランス組曲の第5番のガボットです。曲のはじめの一番上のパートは、 シ、ソ、レ、真ん中のパートは、レ、シ、ラと下がってくるのですが、下のパート(左手)は、ソ、ソ (前のソより一オクターブ高い)ファ♯と上がって下がります。右手で弾いた音の向こうに左手で弾いた 音が重なって聞こえたとき、その音の響きに、思わずはっとするような、とっても新鮮な驚きを感じました。 拙い指の動きで、本当にきれいな音は、まだまだ出せませんが、それでも いろんなものが向こうから見えてくる、そんな気になるのです。バッハはあまりにも偉大ですけれど、 私のサイズでしかない扉を開けても、それなりのものを与えてくれる、そんな気がしています。こうやって、 一つ一つの音に驚いたりすることは、私にとっては、とっても嬉しいことです。

この調子ですから、だんだんと時間がかかるようになってきました。まだこの曲は、暗譜した楽譜を ピアノを弾きながら、追いかけている状態です。頭の中でどんどん先を歌っていくようじゃないと弾ける ようにはならないと、この頃感じています。ゆっくりと取り組んでいくつもりです。

4.8.2002...

“舌足らず”という言葉がありますが、うまい言い方だなと感心します。この言葉、いつ頃、どんな人が、 どんな時に使い始めたのでしょうね。

自分で出した音を、客観的に聴いてみると、この“舌足らず”という表現が、ピタッと当てはまってしまい ます。ちょっとがっくりもしますが、事実なのですからしかたありません。考えてみれば、日常生活でも 演技派ではありませんし、気楽におしゃべりしている時でも、どちらかというと、人の話に耳を傾けている 方が好きなタイプですし……。なんて、ごちゃごちゃ言っていないで、要するに修行が足りないことが、 よーくわかります。

16.ガボット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<1分34秒> (L121-3)フランス組曲第5番から。

“舌足らず”――@発音がはっきりしないこと。A表現が不十分なこと。(角川の国語辞典より)

4.15.2002...

團伊玖磨さんの『私の日本音楽史』を読んでみました。

日本における音楽の歴史が、詳しく記されています。キリスト教に基盤を持たない日本の音楽は、愉楽として 展開していったこと。鎖国時代の音楽の推移。また、近代日本の落し穴として、東西の文化の違いを優劣と 混同してしまったことが音楽にも影響していて、その結果、学校の音楽教室には、オルガン(後にはピアノ) は有るのに琴や三味線が 消えていったこと。また、本来多様である音階、多様なリズムで作ることができる歌の可能性をつみ、一つの 形におしこめていった具体的な例として、唱歌について多くのページを割いて記述してあります。

一つの形とは、「ヨナ抜き音階」と「ピョンコ節」というもので、ヨナ抜きとは、ドレミソラの五声で、 七声音階の四番目と七番目がないから、こう呼ばれているのだそうです。勿論、筆者は七声が良くて、 五声が悪いという意味では ないとことわっています。「ピョンコ節」というのは、付点8分音符と16分音符の組み合わせのリズムです。 「鉄道唱歌」に代表されると云われれば、あっ、あれとすぐに分かりますね。あまりに、この一つの形に 収斂したために、 その後の日本人の音楽的感性を幅の狭い、発展を阻む袋小路へと追いやってしまったのではないかと分析して います。

その後、戦前、戦中、戦後と90年代の中頃まで展開されていきます。やさしい文章で書かれていますから、 とても読みやすく、ああ、こういう流れの中から今の私たちは居るのだなと、ちょっと足元を見た思いが しました。 また、團伊玖磨さんという方の音楽に寄せる気持ちもよく伝わってくる本です。

『私の日本音楽史』 團伊玖磨著 NHKライブラリー 1999年発行。

17.メヌエット 作曲=バッハ(バッハ ピアノ小品集)<2分01秒> (L122-3)フランス組曲第2番から。

4.22.2002...

バッハの曲の練習は、教本の最後の“六つの小さなプレリュード”に入りました。この六曲は本当にどれも 好きです。いつか弾いてみたいなと思っていた曲ですが、もう目の前にあります。六つの扉を開けていくの かと思うと、嬉しくてしかたないというところですが、聴くのと弾くのとは、大違い。やはり今の私には、 とても 難しく感じます。

その一番目の曲。弾いていると身体の芯から元気がでてくるような曲です。でも、トリルがとても 多いのです。和音のトリル、ターン記号のついた2声のトリル等々。何、これ!なんて言っているヒマも なく、練習が始まっています。下のパートの音と合わせようとするために、知らず知らずのうちに、トリルで 微調整をしてしまいます。「トリルの部分、同じ音価で弾いてください。」音価って、音の長さのことか、 こんな時に使う言葉なんだなと考えながら、いけない いけない、音に集中しなきゃと練習していて、 今日の結果は……ああ、言いたくありません。まぁ、この先続けて2回もレッスンがお休みですから、のん びりと 練習します。
(ここのページの更新もお休みします。5月の中旬再開します。また、お立ち寄りくださいね。)

ところで、昨晩グレン・グールドのページを見ていて、素敵なテープを聴くことができました。 CDでもグールドのハミングする声は、よく聞こえてきますけれど、またそれが実に魅力的で、私は 好きですが、このテープでも、グールドの歌声がよく聞こえてきます。グールドが自宅で、いかにも楽し そうに バッハのインヴェンションとシンフォニアの最初のほうの数曲を弾いています。バッハの曲以外にも、 いくつか テープを聴くことができますが、15分程のこのテープがとても気に入ってしまいました。

5.13.2002...

長い休みも終わって今日は久しぶりのレッスン。朝からなんとなく嬉しくて弾んだ気持ちで出かけました。 3年前の5月の連休明けから、ピアノ教室に通っていますから、これで丸3年です。この時間の速さ、 まるで魔法にかかっているみたいです。でも、まぁ言ってみれば、たったの3年なのです。色々なことが、 思うようにはできなくても、過度に落ち込むこともないわけです。じっくりゆっくり、慌てず騒がず、 成るようにしか成らないと、そこまで言っちゃまずいですけどね。

けれども、この頃、感じていることがあります。ピアノを弾いている時の身体には、 まだまだ余分な力が入っていて、すぐに腕や肩が痛んだりしますが、ピアノに向かっている時の気持ち のほうは、どんどん余計な考えが削ぎ落とされていって、気持ちが楽になっていくのです。 でも、まだこのこと、上手く言葉で表現できません。バッハの曲を練習しているからのことかもしれません。

18.六つの小さなプレリュード1、ハ長調 作曲=バッハ (バッハ ピアノ小品集)<1分58秒>(L124-6)
それにしてもトリルは、本当に難しいです。私は、まだまだ弾けません。

レッスンは再開したばかりですが、来週はちょっと旅行にでますので、お休みをします。

5.27.2002...

一週間、ベルギーを旅してきました。ブリュッセルに連泊し、そこから列車に乗って、ゲント、ブルージュ、 メッヘレンという街に、それぞれ日帰りで行ってみました。今回の旅の主たる目的は、ヒエロニムス・ボス の絵をみることでした。15世紀中頃の人ですが、その生涯は詳しくは分かっていないそうです。もう15,6年 程前のことですが、スペインのプラド美術館でボスの絵を強烈な印象を持って見て以来、強く惹かれるものを 感じています。絵の前に佇んでいても、決して心が安らいだり、ときめいたりする絵ではないのに、今回も また、ゲント美術館の「十字架を負うキリスト」の絵の前では、いつまでもその場から立ち去ることができま せんでした。 王立美術館では、ブリューゲルの特別展が開催されていて、代々のブリューゲルの絵が少しずつ違ってきて いる 様子などがよく分かる構成の展示会で、十分に楽しむことができました。

さて、音楽のほうでは、何と言ってもブリュッセルに有る楽器博物館です。2000年6月に リニューアルオープンしたとのことですが、4つのフロアには、古今東西の1500点にものぼる楽器が展示 されていました。ヘッドホーンを貸してくれるので楽器を見ながらその音色を楽しむことができます。 入館料は5ユーロ、日本円にすれば600円くらいで、何時間でも遊んでいられます。3時間ほど、見たり 聴いたりしていましたが、最後のほうは、あまりの数の多さにぐったりしてしまいました。ピアノでは、 面白い形がありました。ピアノを習い始めて最初の頃、私もこんな形のピアノだったらいいのにと思った ものですが、奏者を円の中心としたように、円く鍵盤が並んでいるピアノです。でも実際そのピアノの 前に立ってみると、やはりちょっと弾きにくそうです。しかし、さまざまな楽器を見ていると、人間の 想像力そして創造力って、すごいなと思います。

ブリュッセルの街の中央に有る聖ミッシェル大聖堂では、たまたま日曜日の夕方にパイプオルガンの 演奏会がありました。演奏されたのは、バッハのトッカータとフーガや、メシアンの曲、それにオリヴィエ・ ラトリーという演奏者自身の即興曲でした。聖堂に響きわたる音の大きさには、本当に驚きました。大きな音 なの ですけれど、メシアンの曲では、鳥の鳴き声にも聴こえたり、最後の即興演奏では、これってジャズじゃない、 なんて思ってしまいました。兎に角、圧倒された2時間でした。

CDショップや楽譜店にも行ってみました。楽譜店では、キース・ジャレットのケルンコンサートを 採譜した楽譜があったので買いました。日本語の解説もあったりして、なんだ日本でも手に入れることが できたんだ、なんて思いましたが。まぁ、よくあることです。音符の並びを、ケルンコンサートのあの音楽を 思い出しながら 眺めていると、あまりに端正に感じられてちょっとびっくりです。

CDについては、少しばかり前置きがあります。ブリュッセルまで、ロンドン経由で15時間。機内で 読んでいた本は、『誰がヴァイオリンを殺したか』(新潮社、2002年3月発行)石井宏著です。 内容は、著者も言われていますが、ヴァイオリンを音楽という言葉に置き換えて読み進めることもできる というものです。正直に言って、読み終えた時点では、私には、<そんなものかなー>程度の印象しか 受けませんでした。しかし、冒頭部分で紹介されている音楽を実際耳にしてみて、その印象は違ってきました。 書かれている文章が立ち上がってくるような気がしますし、<そういうことか>なんて思えるのです。 まぁ、これじゃ何の説明にもなっていませんが。

その紹介されていた音楽というのは、ウジェーヌ・イザイ というヴァイオリン奏者の弾く「ユモレスク」です。旅の初日にCDショップを覗いているとき、イザイとい う 人、あれば聴いてみようかなと探してみたら、直ぐにみつかりました。それもその筈です。イザイはベルギー の人だったのですから。録音は1914年。うーん、何と言ったら好いのか、さめざめとしたような、囁きかける ような音色に感じます。「ユモレスク」もいいなと感じますが、私は同じCDに入っているシューベルトの アヴェ・マリアのほうが、よりしみじみとしてしまいます。そんな訳で、旅の間中、このイザイのヴァイオリ ンを 夜中はずっと聴いていました。長くなりました。旅の話はこれにておしまい、です。

今日のレッスンですか?帰ってきてから、慌てて練習しましたけれど、指は正直者なのです。 <また出直して来ます>ということで勘弁してもらいました。
今年の発表会の曲が決まりました。

6.3.2002...

あれ、此処に何しに来たのだっけ。例えば、台所に用があって部屋からでてきて台所に立ったら、何の ために此処に来たのか忘れちゃった、なんてこと、偶にありますよね。そんな時、思い出す手っ取り早い 方法は、自分の行動を遡り、振り出しに戻って、また部屋からでるという同じ経過を繰り返すと、あっ そうそう、昆布を水に浸しとくのだった、なんて自然と思い出します。(イツノマニ、コンナコトニナッテ イルノダロウ。)

新しく取り組む曲は、覚えてしまわないと弾けないのですが、途中、落し穴に落ちたようにポッカリ 忘れて、どうやっても次の指が動きません(教室では特に)。しかたなく、いっとう始めから遡るなんて ことを繰り返しています。しかし<それでは、駄目>と、今日はしっかり注意されました。暗譜という よりは、棒暗記なんです。今のところ。

発表会で弾く曲は、今練習している小さなプレリュードから、2番と4番に決まりました。今年は、 参加を止めようと、この間まで心に決めていたのです。<誰でも、舞台では上がるものです。 場数です。>……やはり、避けて通ることはできませんでした。もう、決まったのですから、精一杯 練習してみます。向こう2ヶ月間、好きな曲をずっと練習できるのですから幸せです。その先はまたその時の ことです。

ブリュッセルの楽器博物館
各フロアの様子が画像で、少しだけ紹介されています。

6.10.2002...

昨日のサッカー、対ロシア戦は良い試合でしたね。夢中になってテレビ中継を見ていました。 今日、ピアノ教室へ行く道々も選手の名前を思い出しながら、あそこからのパスは良かったなーとか、 それにしても、レフェリーのジャッジって、その人によって随分と違うものだなーとか。そんなこと ばかり考えて歩いていたら、教室へ曲がる道を通り過ぎてしまいました。しばらくしてから、あれっ 景色が違うなんて、やっと気付いて、慌てて引き返して教室へ。まぁ教室でも先生とひとしきり サッカー談議をしてから、それからレッスンが始まりました。

先週、楽譜の棒暗記を注意されたので、この一週間は、楽譜をじっくり見ながら、何度も確かめながら 練習をしました。それに、やっぱり声をだして音符を追ってみることも大切と思い、歌っても みました。でもこれは、ちょっと頭を掻いてしまいます。うすうすは気がついていたのですが、私はどうも 音痴のようです。呆れるくらい音が外れてしまいます。だからといって、今さら、めげても仕方のないことで す。気楽に愉快に 歌っていればいいのです。身体で覚えるのには、効果はあるのですから。

小プレリュードの2番は、高音部と低音部の二声です。まずは片手でそれぞれの声部を何回も 繰り返します。両手で弾く時も、低音部の音に集中して弾くようにしています。そうすると、高音部も 聴こえてきます。指を動かして鍵盤を叩いているのに、本当に音って意識を集中しないと聴こえて こないのですから、不思議です。4番は、高音部が二つと低音部の三声です。こちらは、やっと最後まで 音を拾った状態です。後半、部分的にリズムが狂ってしまうので、今のうちにメトロノームを 使って直すことになりました。さて、これからが本当の練習に入ります。

6.17.2002...

先週注意を受けた4番のリズムの狂いは、メトロノームを使って数えながら繰り返し練習をしたら、 だいぶましになってきました。これで、どうにか始めから終わりまで、途中つっかえたりもしますが、 弾き通せる状態になりました。この段階までくると、<どんなふうに、この曲を弾きたいのか、よーく 考えてください>と、先生がいつも言われている言葉が、ズシリと重みを持ってきます。

楽譜によっては、強弱記号やレガートの記号など、全く記されていないのもあるようですが、 私が使っている教本は、初歩者のためだからでしょうか、かなり細かく指示があります。 ですからレガートの指示のところをノン・レガートで弾くというようなことは、したくても しません(できもしませんが。)一応、楽譜に忠実に。その上でどんなふうに弾きたいのかを考えます。 楽譜に忠実であることと表現をしていくことは、別の次元のことなのかもしれませんね。曲の解釈となると、 まだ私には、手の届かないところの話です。

それにしても、どんなふうに、と言われても……。2番は、あくまでも優しく。4番は、楽しく、 活き活きとかな。4番のほうは、弾いてみると何とも言えない魅力を感じます。本当に心の底から嬉しく なって、清清しい気持ちになります。まるで全く居心地の良い別世界にいるようです。かといって、浮ついた 夢心地ではなく、不思議な安定感のあるものです。今までの練習では、味わえなかった非常に 新鮮な悦びを感じています。

この気持ちを先生に、ちょっと話してみました。「練習してるとなんだか 嬉しくなってきます。」 この後、一気に飛躍して、「この際、上手く弾けなくても、まっいいか、 なんて思ってしまいます。」あーあ、我ながら何を言っているのだか。

6.24.2002...

小プレリュードの2番は、四分の三拍子です。上から真っ直ぐに手を振り下ろして1、真横に振って2、 それから始めの位置まで斜めに振り上げて、これで3。手で三角形を作りながら、今週は指揮の練習、じゃ なくてリズムの練習をしてみました。高音部は、気持ちよくできますが、低音部は、 まだ楽譜を見ながらでないとずれたりします。でも、これはただ音符を歌っているよりかは、いいような 気がします。何故かといえば、これで休符の存在が、はっきりとしました。今頃、こんなこと言ってちゃ いけないのかもしれませんね。4番は、四分の二拍子ですから、手の振りは上下だけ。でも、まだこちらは、 ピアノを弾きながら心の中で振っているだけです。

バッハの曲を練習するようになって、ペダルは一切使わなかったのですが、発表会では少しペダルを 使うことになりました。あまりうるさくなく、きれいに使えるといいなと思います。少しずつですけど、 だんだん曲の形がみえてきました。どちらも短い曲ですし、いつもの練習の延長のような気持ちもして いますから、今年は、ちょっと気が楽です。なーんて言っているのは、今のうちだけかも。

週末に、ボブ・マーリー(1945-1981 ジャマイカ出身)のCDを買いました。「 ONE LOVE 」 (2001年5月発売)。これまで、レゲエってあんまり聴いたことなかったのですが、とても自然で気持ちの良い 音楽ですね。このノリ、気分転換にピッタリ。

7.1.2002...

「こいづあ、俺のカガ(妻)だもす。」親戚の人から結婚話を迫られたときに、宮沢賢治は こう言って、愛しそうにチェロを抱えてポロンポロンと鳴らしたそうです。

『セロ弾きのゴーシュ』では、合奏の練習がうまくいかなくてぼろぼろ泣いて帰ってきて、 夜中にひとりチェロを練習するところがありますね。いろいろな動物がやってきて、 邪魔をしたりヒントをくれたりするところは、集中して練習する様子がよく伝わってくるところです。

宮沢賢治もよく夜中にチェロやオルガンの練習をして、その音が風にのって、とぎれとぎれに聞こえて きたりしたそうです。どんな音色だったのでしょうね。聞いてみたい気持ちがします。

チェロの学習ノートも、細かく書いていたようです。興味深い内容が紹介されています。また、宮沢賢治は、 音楽を聴くと、その色を感じて(知覚して)、景色を想い浮かべることもできたようです。だからこそ、 まるで 音楽そのものを文章化したような詩や童話を書くことができたのだなと感じます。これは、さまざまな角 度から、 音楽と宮沢賢治の結びつきについて書かれていて、実に魅力に満ちた本でした。

『チェロと宮沢賢治――ゴーシュ余聞』 横田庄一郎著 音楽之友社 1998年発行

さて、今日のレッスンでは、親指のチカラ加減について注意を受けました。無意識に弾いていると、 そこだけ不釣合いな音がでてしまいます。もう少し、神経を使って弾くことを覚えなければなりません。

7.8.2002...

そうは問屋がおろさない、のでした。今年は気が楽です。なんて言っていられたのは、先週まで。自分で 録音したものを聞いてから、こりゃ、いかん。何とかしなきゃと、かなり焦っています。まずは2番。 優しい雰囲気をだしたいと思っていましたが、そのことよりも前に、とにかく全体がギクシャクしています。 そして、いかにも薄情そうな音が聞こえてきました。自分の曲を聴いて、驚きのあまり口をあんぐりと あけているのは、かなり滑稽ですが、これが現実です。よくよく分析して、少しでもましなものにして いかなくてはなりません。

しかし、弾いては聴いて、弾いては聴いてを繰り返していたら、最後には訳が分からなくなってきました。 今日のレッスンでは、不安定になった状態を先生に話すことから始まりました。 それから、先生と一緒に小節ごとに譜を見直すことをしました。今日は大方、その作業でレッスンを 終えましたが、気持ちは、かなり落ち着いてきました。4番のほうは、今のところ袋小路に入る こともなく、楽しく練習しています。けれども、ここ1,2週間が一番大切ですから、どちらの曲も 一つ一つの音符を、じっくり見つめて、最初から出直す気持ちで練習をしてみるつもりです。

7.15.2002...

ドキッ!レッスンが始まる前に、他の部屋で4番をさらっていたら、一箇所どうしても躓いてしまって、 何度やっても、そこだけは弾けなくなってしまいました。特別に指使いが難しい処でもないのに。 あれれ、どうしちゃったのだろう。こんなはずではないのに。ザワザワした気持ちのまま教室へ。 2番の練習が順調に終わったので、さっきのは、なかった話と気持ちを落ち着けて4番を弾き始めました。 しかし、その箇所にくると、指がピタッと止まり固まってしまいました。スラスラとまではいかなくても、 これまで問題もなく弾くことができていた処だけに、本当にドキッ!これ何?今度は先生の前ですから、 焦りも手伝って、 指は、もうコチコチ。

どうも、嵌っちゃったようです。 精神的に疲れたりすると、起きてしまう現象らしいです。こんな時は、思い切って気分転換をすれば 良いのだそうです。必ず直るとのことなので、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせました。まだまだ、 ピアノという楽器に振り回されている状態なんですね。でもそれはそれで仕方ないじゃないの、なんて 開き直ることにしました。気分転換には、読書。飛び切りの面白い本でも読めば、すぐ直るはず。 レッスンの後は、本屋さんへ直行。いやー、そこで、これはというような本を見つけました。その話は、 また次回に。

7.22.2002...

寝苦しい日が続いていますね。睡眠不足を悟られないように、かなり気を張ってピアノに向かったの ですが、音が伸びていない、息切れしていると指摘されました。全部、ピアノにでてしまって バレバレでした。
フーッ。この猛暑の日々の練習は、やっぱりきつい。でも、ただでさえ技術力もなにも ないのですから、練習をサボるわけにはいきません。進歩はなくても、練習していると、気持ちの安心 材料にはなりますからね。

先週みつけた本は、『斉藤秀雄 講義録』(白水社、1999年発行)というものです。最晩年の頃、 広島で行われた4回の講義の様子がそのまま活字にされて、一冊の本に纏められているものです。 ですから、講義録といっても、堅苦しいものではなくて、語りかけられている気がしますから、すーっと 入っていくことができます。(とてもリズミカルな講義です。)

第1回音楽芸術とは [バッハからロマン派へ、バッハとその解釈について]  第2回メロディーについて [メロディーと言葉、発生と進歩] 
第3回音楽の構造を考える  [対照が構造をつくる、メロディーの構成について] 第4回リズムとテンポ [機械的なリズムと 有機的なリズム、音楽と心]

チェロやヴァイオリン、ピアノを演奏しながら、あるいはレコードを聴きながらの講義で、 その箇所は、楽譜も印刷されています。持っているものは、CDを聴きましたが、ないものについて、 その部分を頭の中で補うのは、私には難しいことです。しかし、分からないながらも、とても面白く感じます。 (弦楽器の音のだしかたって、全然違うのですね。)

縁があってピアノとであって、毎日の日課として弾いてはいますが、素人の悲しさ、音楽のこと、 なんにも分かっちゃいません。知っていきたいことは山ほどあります。こういう本、本当に読みたいと 思っていました。

7.29.2002...

今日は、発表会に向けての最後のレッスンでした。ああ、難しい。まともに弾けなくて、すっかり くたびれてしまいました。自宅までの15分の道のりを歩く気にもなれず、バスに揺られて帰ってきました。 バスを 降りたら足元に石ころがあったので、えーいと蹴飛ばしてみましたが、ちょっと大きかったので、遠くに 飛ばすことはできないし、却って、素足の指は痛むし、イテテテ。(いい年して何をやっていることやら。)

当日は、リハーサルなしの本番一回のみ。これは、私には無理です。今日も何回も弾きましたが、必ず どこかしらミスをしました。間違ってはいけないと構えるものですから、尚更、指が滑って音を外します。 それでも、止まっちゃならぬと先に進みます。まともに弾けたのは、最後の数小節だけです。こんな時、 普段の図太い 神経は、何処へともなく立ち去ってしまうのですね。さてさて、深呼吸でもして、ちょっと練習します。

8.5.2002...

一枚のメモ書き、“常に歌うこと”。これは、この間うちずっとピアノの上に置いて、自分に対して注意を 促していたものです。発表会も終わった今、この紙切れを見て、つくづく、行うは難しだなと感じています。 食べれば身につくものなら、この言葉を食べてしまいたいとすら思います。

舞台では、“歌う”ことなどすっかり忘れて、震えてしまって意のままにならない指で、鍵盤を叩くこと に夢中でした (でも緊張からくるこの指の震えは、去年までと比べたら格段にましになりました)。いくつか音をすっ飛 ばし 、短い曲を更に短くして、なんとか止まらずに弾き終えました。こんな状態であったにもかかわらず、今年は バッハの曲を弾いたからでしょうか、落ち込むこともなく、気持ちはすっきりとしています。 今持っている力は、ここまで。大切なのは、この先のずっとずっとの練習です。少しでも 音楽に近づきたいですから。

今日から、また新しい曲のレッスンが始まりました。六つの小さなプレリュード3番。これは、ニ短調の曲で、 コンパクトにまとまった素敵な曲です。音符を眺めていると、あちこちに遊びがあるようで、とても面白 そうです。

19.六つの小さなプレリュード2、ハ短調 作曲=バッハ (バッハ ピアノ小品集)<2分27秒>(L126-136)

20.六つの小さなプレリュード4、二長調 作曲=バッハ (バッハ ピアノ小品集)<2分49秒>(L128-136)

発表会のために練習していた二つの曲です。2ヶ月間、じっくり付き合って忘れられない曲と なりました。
来週は、夏休みでレッスンはお休みです。この頁もお休みをします。

8.19.2002...

お盆休みも終わって、仕事再開 という人も多いようですね。今年の夏は、バイト先のサマーセール (みたいなものです。あれは)に駆り出されて、休みはなし。ま、仕方ありません。こんな夏もあります。 仕事の相手は大学生、本人が言うには、籍を置いているだけなんだそうです。だったら、辞めちゃいなさい よと 思いますけど、でも、見ていると若さって眩しいななんて感じます。しかし本当にそれは一時の ことですね(通り過ぎてみると、それもウカウカと )。肌の弾力性が衰えていくのは、今更怖くはあり ませんが、 心まで硬くなっていくのは、困ります。そんなことを感じていた一週間でした。

さて、久しぶりのレッスン。この間から始まった3番は、音符を見ていると本当に面白く感じます。 最初の2小節の主題を、すぐに低音部が追いかけていくのですが、高音部のほうでは、その主題の音符を 鏡合わせにしたような、そっくりそのままの転倒した形の音符が登場します。すると低音部では、ステップ を踏んでリズムに合わせてダンスが始まっているような軽やかな音符がでてきます。そしてそのステップは 高音部に引き継がれます。面白いので、色鉛筆をだしてきて音符の塊りに色をつけてレッスンにでかけたら、 その上に、こことここがハモっていると先生が音符に赤丸を付けてくれました。なるほど、そんな仕掛けも 有ったのかなんて驚いたりしています。 まだまだこの楽しさをうまく弾けませんが、これはこうなって、 ここのパイ(というのも変ですね)は、こうかなんてやっていると時間が、あっという間に過ぎてしまいます。

8.26.2002...

さっきから片足、上げっぱなしよ。もうバランスが取れないわ。いつ下ろしたらいいのよ 。全く、イライラするわ、のさくさしてさ。
……オーィ、待ってくれ、追いつきたいのだけど、 何しろ、この坂見るとアンヨがもつれちゃってさ。あれー、オイラのアンヨがつっちゃったよ。

なーんて、遊んでいるわけじゃないのですけど、これが現在の私のトリルの状況です。3番の前半の最後の トリル。低音部がドシラソと下がってくる間に、右手でミファミファミファミレミと弾くだけなんですけど、 これができません。

これは、低音部のメロディをしっかり頭に入れれば、右手は付いてくるもの、だそうです。確かに、昨日 までは、トリルに合わせようと低音部の音を拾っていましたから。これは、本末転倒の練習でした。あと 一週間でどこまでできるかな。5番の練習も始まりました。こちらは、まだ雨垂れ状態ですから、泣くほど 嬉しい一週間になりそうです。

9.2.2002...

転調を意識しながら弾くと、また違いますよ。ここでこう転調しているのが分かりますか? ――いいえ、さっぱり。

5番の楽譜を見ながら、どこがどう転調しているのか、先生がピアノを弾いて説明をされました。 先生はとても楽しそうに説明をされて、その楽しそうな様子を見ていると、なんだか私も 一瞬分かったような気になって、束の間嬉しくなりますが、実は、私の頭の中では、大小取り混ぜて、 幾つもの疑問符ばかり浮んでは消えていました。そのうちのいくつかは、今でも消えずに 頭の後ろに大きく張り付いています。ああ、なんて大きな クエスチョンマーク!―?―

新しい曲を見ると、最初は身体で覚えてしまおうと、まだまだ鍵盤を叩くこと ばかりに夢中になってしまいます。今月は2回も連続してお休みです。日頃とはちょっと違う練習を してみようかな。

21.六つの小さなプレリュード3、二短調 作曲=バッハ (バッハ ピアノ小品集)<2分08秒>(L137-140)

問題のトリルは問題のまま、夏の思い出″となってしまいました。

9.9.2002...

教室の都合で2回連続のお休みは、今日と来週です。涼しくもなってきましたし、これで一息つけます。 それで、今週は普段はなかなか練習できない指の練習を少し時間をかけてしています。教室では、この 指の練習(今、ハノンの11番です。)スタッカートになると毎回、脱力ができていないと注意を うけます。手首に力が入っていて、鍵盤を押さえ込んでしまうのです。ホントに脱力って難しい!

それと先週のように、転調の話がでて、何調、何調と言われると、てきめんにまごついてしまうので、 もう長い こと練習できていなかった音階も、また少しずつ始めるようにしました。しかし指が直ぐには廻らないので、 ポツン、ポツンと鍵盤を一つ一つ叩いては、その音の減衰していくようすを聴いたりもしています。

楽譜も、ピアノっていう楽器のことも、それに音のことも、分かっていないことが、あまりにも多すぎるなと 感じています。練習も思うようにはいきません。それでも静かに一つ一つの音に耳を傾けていると、気持ちが 落ち着いてきて、自分のペースでゆっくりとやっていけばいいのだからと思うようになります。

調律師の人が書いたピアノの本を読んでみました。澄んだ音色が心に響くような本でした。 今度の調律のときには、見学させてもらおうかな。私が弾いているピアノなのですから。

『ピアノと平均律の謎』アニタ・T・サリヴァン著、白揚社、1989年発行。

9.17.2002...

お願いですから、その続きを弾いて。土曜日、バイトの帰りに仕事場の近くの楽器ショップに寄ったとき のことです。蝶々がまるで羽を休めているように、グランドピアノの蓋がいくつも開いているその向こう から バッハのフランス組曲の第1番の1、アルマンドの数小節が聞こえてきました。随分と柔らかい感じで、 とてもきれい です。でも、あるところまでくると、また最初から。途中つっかえることもなく、弾きなれている人の ようなのですけれど、ああ、いいなと思っていると、また最初から。

途中からじりじりしてしまって、その音色を辿ってみると、中学生くらいの女の子がピアノを試弾してい るところ でした。両親は熱心にお店の人から説明を聞いています。なんだか羨ましくなるような光景でした。その お店には、 楽譜も書籍も置いてあって、私は、初心者にも良く分かる楽典のドリルなんていうのを探しにいったのでした。

5番の練習は、随分と手こずって、しばらくは半泣きの状態でした。この曲は、高音部と低音部の絡みが とても面白い曲です。その楽しさが、ちょっとずつ見えてきました。と同時に強く感じるのは、バッハの 優しさです。音符の並びに表れているように感じます。指の動きにも、慣れてくればちっとも無理をする ところがありません。と、まぁちょっと嬉しい気持ちで練習をしています。

9.23.2002...

通りには金木犀の香りが、ほのかに漂っています。今日は3週間ぶりのレッスンでした。 「慌てずに、落ち着いて、ゆっくりね。」ごくごく当たり前の注意でも、隣で先生に言われると、 <そうだ、ゆっくりと、心を込めて弾いてみよう>と、気持ちが自然と素直になって、一つ一つの音を 聞きながら、ゆっくりと弾くことができます。(先生の一言で、不思議と。)

一人でずっと練習していると、私の場合は少し乱暴なピアノになってしまいます。録音してみると、 それがよく分かります。 長いお休みで、だいぶ気分的には、のんびりできたのですが、レッスンの面から考えると、休みはこれく らいが今は限度のようです。 実際には、週一回のレッスンは、きついなーなんて、最近ちらっと思い始めていたところでした。でも 当分は、このペースで続けていこうと改めて思います。先生に直接、指導してもらうことができるのは、 本当に有難いのですから。

5番は、またまた楽譜の解説から。今日は対旋律。バッハの音符って面白い!(ま、他の人だって面白い のでしょう けれどね。)曲のほうも、なんとか形になってきました。来週は6番の練習も始まります。 この曲は、グールドのピアノで聴いていると、胸がじーんとしてしまいます。

9.30.2002...

ある程度、弾けるようになって、大丈夫かな、というところで録音をしてみます。もちろん音を 外したなんて弾きなおしていたら、かなりの時間を取ることになるので、間違えても止まってしまわ ない限り最後まで弾き続けます。大幅に間違うことがなく弾けるのは、始めのうちは、5回のうち1回く らいです。 (表情がついていない、トリルができていない、なんていうことを問題にしたら、今の状態では全てアウト ですけど。)

あとは、楽譜を見ながら、録音したものを順番に聞いていって、変だなというところをチェックします。 例えば、低音部が聞こえてこないとか、高い音がでていないとか、そんなとこです。そうやって何日間か 繰り返し練習をします。

今回の5番は、音符の並びを見てても面白くて楽しかったのですが、弾いてみると、その楽しさを表現する なんてことはできませんでした。始まってしまったら、左右のバランスを考える余裕もなく、 ただただ弾くのに精一杯。悔しい気持ちですけど、これが現実。もっともっと練習します。

22.六つの小さなプレリュード5、ホ長調 作曲=バッハ (バッハ ピアノ小品集)<2分25秒>(L139-141)

10.7.2002...

来週は仕上げにしましょう、と先週云われていたのですけど、そう、ことは上手く運びません。 小品曲集の最後の小プレリュード6番、弾いていくうちに、どんどん難しく感じます。右手で トリルを弾いていると、その一瞬の速い指の動きにつられて、左手も速くなり低音部独自のリズムが 乱れます。それに、弾いていても部分的には、低音部の音が聞こえてきません。右手も左手も十分に 歌えるようになってはじめて、二つの声部がデュエットをする。頭では理解しているつもりでも、 表現できないところです。これは、それぞれのパートの音楽そのものが、自分の中でまだ十分に味わい尽 くされていない のだとも考えます。

今日は、フレーズの大切さも、また教わりました。終わりをきちんとすること。無意識に弾くと、 非常に曖昧で、気持ちの伝わらないものになってしまいます。語尾上がりの話し方がありますが、あれと 似ているかななどと感じます。あの話し方は嫌いですけど、弾くときも、今流行りの日本語の影響を知らずと 受けているかもしれないので、気を付けようなんて思います(ちょっと外れた考え方かもしれませんが)。
それに次のフレーズに入るときの間の大切さです。ここで一呼吸入れないと、とてもせわしないものにな ります。

大人になってから始めて良かったと思うのは、練習したいものを習うことができることです。 小品集の次に教わることにしたのは、やはりバッハで、「インヴェンション」にしました。この頃、 本当に真剣にならないと曲を弾くことはできないと感じています。もちろん前にも書きましたが、 音楽を通して、作曲者の深い優しさも感じています。自分で弾いてみて、下手であっても、 これは大きな悦びとして心で受けとめています。
当分は、バッハから離れたくないという気持ちです。

10.14.2002...

今日のレッスンはお休み。やっぱりお休みは嬉しいものです。それにとても楽しくて嬉しくなるような 本を読みました。著者は、長年に亘ってバッハの研究をされている小林義武さんという方です。 バッハの研究となると硬くて難しいことが書いてあるのかなと思いましたけど、それは違っていました。 とても分かりやすい文章で、ぐいぐいと引き込まれていきます。まるで身近で詳細にお話を伺っている ような 感じです。この本によって、私の中のバッハ像も“偉大な人”という漠としたものから、もっと親しみの もてる、 輪郭のはっきりとした人間像に変わったような気がしています。

 第一章、バッハとともに過ごした四半世紀
 第二章、ここまでわかったバッハの素顔
 第三章、バッハが書いた楽譜の秘密
 第四章、バッハの作品を解剖する
 第五章、バッハの六つの挿話
 第六章、いつも新しいバッハ

第二章では、バッハと絵画について、興味深い記述があります。第四章の中のクラヴィア作品の エディションと演奏習慣についても、バッハの音楽を理解していくのに大切なことだと感じました。 しかし、なんといっても圧巻は第三章の楽譜についての論文です。とにかく面白い! 数多く掲載されているバッハの楽譜を眺めていると、伸び伸びしていて、瑞々しくて、 ペンのタッチが実に活き活きとしています。なんとなくバッハの人柄を垣間見るようです。 バッハって、こういう楽譜を書く人だったのですね。

『バッハとの対話』小林義武著、小学館、2002年6月発行。

10.21.2002...

日中激しく降り続いた雨も、家に帰る頃にはすっかり上がって、空を見上げると真ん丸の月が 蒼く光っていました。ああ、きれい!思わず、ワォーンと吠えてしまいました(もちろん、心の中で)。

今日は、6番の仕上げ。左手のトリルは、どうしても力んでしまって、音がでなかったり、あるいは とんでもない音がでます。手首の柔らかさ、指先のしなやかさが不可欠と実感します。教室では、 できるだけ丁寧に弾きました。弾いている最中には、自分でも驚くほど汗が額から滴り落ちてきて、 鍵盤をぬらすほど、ちょっと恥ずかしい気持ちでした。

とりあえず、これで一年間習ってきたバッハのピアノ小品集の教本もおしまいです。難しいものだなーと 思います。でも、胸の中は、ほんわかと充たされました。上手に弾けるようになりたいと願いますけど、 向き不向きもあるのでしょう。高望みはやめて、次の「インヴェンション」も、自分なりに、楽しんで 練習できたらと考えています。それにしても、なんでしょ。1番のハ長調の面白さ。私には、かなり刺激 的です。

23.六つの小さなプレリュード6、ホ短調 作曲=バッハ (バッハ ピアノ小品集)<2分43秒>(L142-144)

10.28.2002...

さわやかな秋晴れです。窓から見える外の景色をぼんやり眺めていたら、シャボン玉がふわふわと 浮いているのに気付きました。すぐ上の階の子供が吹いているようです。大きなのや小さいの、 まとまって浮いていたのが、風に流されて次第に散り散りになっていきます。シャボン玉のひとつ ひとつに真っ青な秋の空が丸く映っています。空の中に小さな空が、ふわりふわりと散らばっていく のを見ていると、なにか口ずさみたくなりました。

インヴェンションの1番は、弾けば弾くほど面白く感じます。小さなモチーフが、いろいろに展開 していって、すっかり引き込まれてしまいます。今日は、また転調についての説明をしていただき ました。だんだんと解ってきました。不思議で面白いものですね。この1番を弾いていると、ピアノって 両手で弾くから、だから楽しいなと改めて感じます。次は、8番を練習することになりました。来週は、 祭日でお休みです。ここもお休みいたします。

24.インヴェンション1番ハ長調 作曲=バッハ<1分36秒>(L144-145)

11.11.2002...

このところの乾燥している空気のせいか、ピアノの音がちょっと違って聞こえます。澄んだ響きで、 とても心地の良い音色です。日本は湿気の多い地域ですけれど、広い地球上では、それぞれに、その 土地の天候の影響を受けて、微妙に楽器の音色も違うのかもしれませんね。

インヴェンションの楽譜は、全音楽譜出版社のベーレンライター原典版というのを使っています。 今まで練習していた小品集の楽譜と違うところは、レガートやスタッカート、また強弱記号や速度の 指示が記されていないところです。それに決定的に違うのは、ヒントになる指の番号が全くついていません。 どうやって弾けば、一番効率が好いか。今練習している8番は、音符に番号をつけていくことから 始めています。結局八割方番号を振って、ちょっと時間がかかりすぎ、なんて気もしますが、これは 慣れの問題と考えることにしました。

@ファラファドファAファーミレドレドシラシラソ、8番の始めの部分です。高音部がAのファまで 弾いたら、すぐ低音部が一オクターブ低く同じ音を追いかけていきます。@の部分は、スタッカートで弾く のだそうです。本当に短い曲ですけれど、躍動感にあふれています。その溌剌とした雰囲気をだせると いいのですけれど。はてさて。

11.18.2002...

夜の10時頃、バイトからの帰り道、駅のコンコースを歩いていたら、珍しくヴァイオリンの 音が聞こえてきました。若い西洋人の男性が、まるで自分の世界に浸っているように ヴァイオリンを弾いていました。懐かしい気持ちになるような、心に触れ合ってくるような優しい音色でした。 足早に帰宅を急ぐおじさんもおばさんも(私もそのうちの一人、なぜか中年が多かったですけど)、 少し足を止めて耳を傾けています。流れていた曲は、ショパンの夜想曲第2番。家についてから、すぐに この曲をCDで聴きました。ショパンを聴くのは、久しぶり。きれいですね、この曲。

インヴェンションの8番は、今日で一応おしまいです。スローテンポから抜け出すことはできません でしたが、まぁ、素人のやっていること、のんびりと急いだ!のがあっても いいでしょう。なんて思って います。 高音部と低音部が、交互にその先へ、その先へとつながっていくので、練習しているのが、とても楽しい曲 でした。次は、13番を練習します。

25.インヴェンション8番ヘ長調 作曲=バッハ<1分19秒>(L146-147)

11.25.2002...

今日は一日雨模様、厚い雲が街を覆っています。雲の上の紺碧の青空を拝めない日は、それこそ雲の上の 人たちのことを。ま、こじつけです。インヴェンションを練習していくのに、いろんな人のCDを聞いてみたい と思っています。今のところ4人。グレン・グールド、ピーター・ゼルキン、アンドラーシュ・シフ、 ジャック・ルーシェ。それぞれに個性が、輝いていて素敵です。いま練習している13番も、この4人の演奏 を聴き比べてみると、 まぁ、本当に違っていて驚きます。

この間読んだ本では、バッハの生きていた時代、演奏は一般的にかなり速かったそうですが、 グールド(45秒、レコーディング時の年齢は31歳)は、なんでそんなにと思うほど、この曲を速く演奏し ています。 その為か、ポピュラーなこの曲が難解な曲に聞こえます。ゼルキン(1分33秒、48歳)は、 繊細で柔らかくて、優しい感じです。シフ(1分18秒、30歳)の演奏を聴いていたらテンポ・ルバートと いう言葉を思い出しました。後半の盛り上がりがはっきりしていると 感じます。ルーシェ(3分31秒、27歳)は、ジャズにアレンジしてありますが、 曲の真ん中あたり、アレンジしていない原曲のところは、とても素直な感じに聞こえます。

それぞれ素晴らしい「インヴェンション」ですけれど、曲によって、この人のが一番、次はこの人と好き 勝手にランクをつけて 聴いています。
さて、下界では、いや巷かな、横丁かも。それもネコの、ということにしておきましょう。 今日もささやかなレッスンをしました。込み入ってくると、安易に1,2,3の指で全部をカバーしようと するところを先生に直してもらいました。こんな状態ですからね。あーあ、先は長いぞ。

12.2.2002...

ぎりぎりまで練習していて、教室へはダッシュ!でも途中、銀杏の落ち葉がきれいで見とれてしまいました。 自然の色彩って、本当にきれい。町の広告塔やビルの看板の人工的な色は、鋭角的に目に飛び込んできます けれど、自然の色は、丸くて穏やかですね。

今週の指の練習は、ハノンの13番を手首のスタッカートで。スタッカートは、全く苦手です。でも、 今週は成果あり。普段ならスタッカートの練習が始まると、駄目!駄目!駄目!で、一月くらい続くの ですが、バンザーイ!今回は1回でOKがでました。毎日、手首の力を抜いて、手首から先をぶらんぶらん させて打鍵の練習を欠かさずしましたから。ということは、今まで同じようにやっていたつもりの練習方法が 間違っていた訳です。それは、ひたすら力を抜くフリをしていたのです(それも力一杯)。

インヴェンションの13番は、ダイナミクスについてレッスンを受けました。音はやっと拾えるように なりましたが、まだまだ無表情です。音の強弱によって表情をつけていくには、やはり音符の並びを よく見ることなのですね。寝る前に楽譜を見ることを習慣にしようかな。来週は、4番の練習も始まります。 最後に、今まで練習した1番も8番も、いつでも弾けるようにね、なんて云われて、ちょっと気が遠くなり ました。

12.9.2002...

12月にしては珍しく雪が降って少し積もりました。長靴を持っていないので登山靴を履いて、ザックザックと 歩いて行きました。頬にあたる冷たい風もこんな日は、気持ちがいいくらいです。夕方暗くなり始めた頃、 すぐ近くの小学校の校庭には、 もう誰もいませんでしたが、所狭しと小さな足跡が残っていて、大小の雪の塊りがあちこちに散らばっていま した。 昼間、盛んに雪と戯れる子供たちの喚声が聞こえていましたから。雪遊びの名残り、きれいとは言えません が、微笑ましい景色です。

今日のレッスンは、4番のトリルの部分を重点的に。曲の中で2箇所、始めのは3小節、次のは5小節に わたってトリルが続きます。速く弾く必要はないのですけど、大きな音になりすぎないように注意しなければ なりません。黙々とそっと働くのです。ムズカシイナ。

13番は、ダイナミクスについて考えるということでした。練習はとても楽しかったのです。 でも、なかなか思うようにはいきません。

26.インヴェンション13番イ短調<1分43秒>(L148-150)

12.16.2002...

年最後のレッスン。4番を来年に持ち越したくないなと思っ ていましたが、雑な練習のため、やり直しということになりました。でも、これでよかったのです。今週は、 いろいろの用事があって、気持ちが急いていましたから、練習も回数でカバーしようなんて、間違った方向へ いってしまい、ただただ機械 的に鍵盤を叩くだけで、少しも考えながら練習することをしなかったのですから。同じ時間を使うなら、 回数よりも1回でも2回でも、気持ちを入れて練習するべきなのでした。

まだ無理かなと思っていたインヴェンションの練習は、始めてよかったと思っています。そのどれもが本当 に短い曲ですけど、 コンパクトにまとまっていて、密度の濃さは、尽きない魅力を感じさせてくれます。 一曲、一曲がまるで小さな宝石のようです。今、練習している4番は、パステルカラーのように 淡い色の輝きを放っているような感じがします。この休みの間には、2番の練習も始めます。これは、しみじみとしていて 好きな曲です。どのような輝きに感じるのか、今からとても楽しみです。

*「時間の子供である私たち人間」これは、最近読んだ本の中で心に残った言葉です。 引き戻すこともできない、先送りすることもできない時間の中にいて、その中の僅かな時間を生きる 小さな存在の私たちですが、その存在そのものの根源について、一言で表してしまった。そんな気がしました。 時間についていえば、音楽もまた、時間を創っていく芸術のように感じます。時間も不思議ですけど、 音楽も不思議。考えれば考えるほど不思議。切りがないので、今年はこの辺りにします。
お立ち寄り下さいまして、ありがとうございました。=良いお年を!=

*トーマス・マン『ワイマルのロッテ』より