レッスン51回目。先週は左手の伴奏の部分の音が小さすぎると注意されたので
、音を確認するような気持ちで練習してみた。そしたら、メロディーの方もきちんと聞えてくる
ようになった。へー、そうなんだと、今更ながらだけど驚いている。心の中では、
そうだよね。ピアノって両手で弾くんだものね、それぞれが、ちゃんと弾かれて初めて曲として
成り立っているのだし、音の厚みも広がりもでてこないよね、イヤー、面白いね、なんて思ってしまった。
あまりに、この感覚が新鮮すぎて、今までの練習は何だったんだろう、なんてちょっと考えてしまうけど。
右手と左手が会話しているような曲もあるけど、伴奏に徹しているタイプの曲もあるし、色々あって弾いていくのが
楽しみだ。
次ぎに注意したところは、ペダル。やっぱりペダルは、まだ難しい。でも、弾いていく
うちに、一つだけ分かった。盛り上げる個所で、いくら頑張ってペダルを踏んでも、音は大きく
盛り上がってくれないということ。やっぱり、それは指の仕事で、指の方できちんと弾けていないと
、弾けていないことを、拡声器を使って宣伝しているみたいなのだ。で、その肝心の指の動き。オクターブで
上行していくところ、練習では、超スローで、繰り返しやっているのだけど、まだ、通して弾くと
、うまくいったり、いかなかったり。どうしたらいいでしょう?なんて、先生に泣き付いてみたけど、
「身体で覚えるまで、練習することです。」 とのことだった。当然ですね。でも、まだ時間はあるから、
ここは、丁寧に自分のものにできるまで、やってみるしかない。けれども、何回練習 したから、
大丈夫ってことでもないのは、もう経験済み。痛い目にもあっているし、頭をクリアにして、身体が
元気な時に、頭の中に音をイメージして、全力で練習する。と、ここまでは練習方法を考えている
のだけど、ついつい、ダラダラと、ああ、もう出来ないな、なんて鍵盤を叩くことに夢中になって
しまうのだ。これは、全く悪い癖だ。
今日もまず、通して聞いてもらってから、部分部分の注意を
受ける。和音で付点の付いたリズムのところ、スコーンと弾けないのは、手首と指が、ガチガチに
なっているからで、手首は柔らかく、指先だけ硬くして、鍵盤にぶつけるのだそうだ。そこの
部分だけ取り上げて打鍵すれば、狙っているような音に近いものがでるのだけど、曲の流れの中では、
相変わらずドドーンに、なってしまう。うーん、やるだけやってみて、今後の課題ということに
なっても、仕方ないかもしれない。全体では、あまり くどくならずに、あっさりと行きましょう
とのことだけど、粘っこく弾いているつもりは無いのだけど、トロトロした指の動きを待って
いたりするせいで、そんなふうに聞えてしまうみたいだ。この曲は、軽くてあっさりしている
のが身上だから、さらっと弾けると本当にいいな。
7月24日--最後まで止まらないこと
レッスン52回目。とうとう発表会まで、あと一週間になった。ようやく、この曲、サティの
”ジュ・トゥ・ヴー”を、楽 しめるようになってはきたけど、かと言って満足できるものにはなっていない。
弾けば弾くほど、難 しいものだなぁ と感 じている。もっと時間は欲しいけど、たぶんきりがないだろう。
約 3ヶ月、ああでもない、こうでもないと練習をしてきたけど、いよいよ最後だ。もし、教室に通っていな
かったら、とっくの昔に練習を投げ出していたと思う。
今日はその練習のまとめ、仕上げのつもりで弾いてみた。それなのに、いつも
より目に見えて出来が悪い。音を外さないようになんて思っていると、しっかり音を外すし、ここでは
止まっちゃいけないと考えていると、そこにきてハタと止まったりする。気持ちが構えてしまっている。
のんびりした雰囲気をだそうとか、さらっと弾いてみようとか、気持ちを込めてなんて、そんな次元から、
さらりと落ちて、とにかく無難に、間違いなく弾ければ良いなんて。
これでは音楽じゃないよね、と思いつつも、とちるのが怖いのだ。なんでこうなのだろう。音を一つ、
二つ外したって、気にせずに知らん顔 して弾いていればいいと言われているのに。そして自分でも分かっ
ているつもりだ。練習している時は、こんなことは全く平気で、流れを
つかんでいるはずなのに。やっぱり、自信がないから、変に萎縮するのかもしれない。気の弱いことだ。
大きな会場で演奏するのは、快感だ、くらい思えるようになればいいのだろうけど。
今日もグランドピアノで
練習する。それにしても、本当に音色が違う。好きなだけ弾いてもかまわないと言われたので、
レッスンを終えてから、40分ほど練習した。用事が無ければ、もっと弾いていたかった。
グランドピアノに触る機会は日頃はないし、それに本当に音が広がって奇麗だ。その音色の美しさに
浸ってしまった。気持ち好い。そうそう、こうやって、自分の弾く音をよーく聞きながら、
ゆっくりと気負わずに弾けば、それでいいのかもしれない。
7月31日--くすぐったいピアノ
終わった、終わった。あっけなく 終わりました。昨日は、ピアノを習うようになって2回目の
発表会。フタを開けてみると、今年は大人が、なんと私一人。もうそれだけで、プレッシャーでした。
図体だけはデカ くて、そんな我が身を縮めたくなりました。まぁそれでも、子供たちに混ぜてもらって、一緒に
弾いてきました。しかし、子供たちは上手いものですね。屈託がないというのか、ピアノの音が
大きくて、良い音がでていました。私の弾く音は、まだまだ小さくて、それにしっかりミスもして、途中、少しだけ
素っ飛ばして、でもまぁ、去年に比べれば、いくらかはマシだったとは思いますけど。
子供たちは、どんな曲を弾いているかというと、最後の3人(たぶん中学上級か高校生)だけ書いてみます。
(全体では28人) 前の2人は男子、シューベルトの
即興曲Op90−2、ショパンの幻想即興曲、最後は女の子で、ブラームスのラプソディ第2番。すごいなーと思います。
小さなミスはありましたけど、それでもなかなか上手に弾いていました。こういうのを弾ける日が、
果してくるものかどうか。しかし、予備練習をさせてもらえないのは、つらいところです。いきなり、ステージの
ピアノを弾くのは、やっぱり抵抗があります。でも、もう終わりました。今は張り詰めていたものが、
プツンと切れた状態です。
さて、話しは変わりますが、ベートーヴェンにバガテル作品というのがありますね。例によってグレン・グールドの
ピアノで聴いていますが、その作品33、7曲からなっています。その第1曲変ホ長調、なんだか悪戯っぽく
弾いていて(如何様にも弾けるんですね、なんて感心しますが)、聴いていると身体が反応してしまいます。
くすぐったくて堪らなくなります。キャッキャッと笑ってしまいそうな。夜中に寝床で笑ったりすれば、家の者は
落語でも聞いていると思っているのかもしれません。
8月7日--夜空の星
レッスン53回目。今日から、また通常のレッスン再開。まずは指の練習。右手と
左手と交互に旋律を歌わせる練習。伴奏は和音のみ。計ってみたら、全体で20秒、5秒ずつの間隔で
会話をする形。とても簡単なのに、やっぱり指に覚えさせていかないと、スンナリと滑らかにはできない。
しかし、この覚えさせていくという作業、ただ単に指を動かすということでもないですね。最近の
練習から、ようやく気付き始めています。楽譜を頭の中に焼き付けるようにして、楽譜の隅々まで把握して
、そして指先に指令をだして、音をコントロールしていく。こんなに短いものですから、楽譜を
把握していくという、この練習には打ってつけのような気がします。今までも、楽譜を見て打鍵の練習を
していたに違いないのですが、おかしなものです。しかし、こうやって、
本当に一歩一歩、楽譜や音符に馴染んでいくのかもしれません。
練習曲は、ブルグミュラーの25の練習曲の17番、“おしゃべりさん”8分の3拍子、まだリズムが上手く
取れません。慌てずに弾けばいいのに、16分音符を見ると、どうも気持ちが逸ってしまいます。
全体に分かっていない証拠です。先週は、気が抜けて随分と遊んでしまいました。金曜日には、ピアノの
調律をしてもらい、促されるままに、発表会で弾いた曲を、その方の前で弾いて、聴いてもらいました。
随分、私もずうずうしくなったものです。初対面の人の前で弾くなんて、以前は考えられないことです。
調律前の音の狂いなどは、まだ分かりませんが、調律後は、ピアノの音が締まるといった感じがして気持ちの
いいものです。
土曜日の晩は、銚子の犬吠埼で、星を見ていました。あの辺りは、まだまだ数え切れないほどの
星を見ることができます。うっすらと天の川も見えました。銚子から犬吠埼までは、一両編成?の
銚子電鉄で15分ほど。トコトコとのんびりした電車です。夜空を見上げながら、星座の名前を思い出
したりするのは、ロマンチックで楽しいことですね。静かに静かに、星は瞬いていますけど、そのチラ
チラした光を見ていると、色んな音が聞えてくるようです。日常生活では、こんなに星を見ることも
ありませんが、せめて、この星空の下で、ピアノを練習しているのだと思っていたいものです。
8月12日--ラジオ体操の伴奏曲
夏休み恒例の朝のラジオ体操が、もうすぐ始まります。参加するわけでは、ありませんが、
家の前が小学校のグラウンドで、夏休みの10日間だけ、けっこう大きなボリュームで、♪新しい朝が来た〜
と、始まる歌が流れ、続いて体操の伴奏が聞えてきます。このラジオ体操、もちろん夏休みに限ることなく
毎日放送されていますし、一日に何回も放送されているようですね。ピアノでの伴奏、このスタイルで
子供の頃、何回体操をしたことでしょうか。
関係資料を読んでみますと、最初のレコード発売が、1928年といいますから、長い歴史を
持っていますね。伴奏曲も現在のは、3代目ということで、作曲者は、第一が服部正さん、第二が團伊玖磨さん、
戦前の初代の作曲者の中には、堀内敬三さんの名前も見えます。現在、ピアノの伴奏は3人の方が、交替で
されているようです。今は多様な音楽がありますし、何もピアノ伴奏だけでなくてもと思いますが、
慣れ親しんできたということもあるのでしょうけど、どこかピアノの音色だけというのも、身体に気持ち好い
ところがあるのかもしれません。それに、実際上手くできていますよね。身体を大きく回すところでは、
グルングルン回るようなメロディですし、両足を揃えて飛ぶところは、軽やかですし、実際の体操を経験
していることですから、リズムや強弱、また雰囲気を出す練習には、面白いかもしれません。楽譜は市販も
されているみたいですが、NHK事業部では、郵送もしてくれるようです(要送料)。
世の中には、楽譜を
見なくても、聞いてすぐに音を取れる人も沢山いるようですが、そういう才能があれば、どんなに
いいでしょうか。まぁ、無い物ねだりは止めにして、身近なこの曲の楽譜を見てみるつもりです。そういえば、
こんな歌もありましたね。体操とは関係ありませんが、♪地球の上に朝が来る〜、その裏側は、、、。
さて、来週のレッスンは、夏休みで
お休みです。
8月21日--イントロ
レッスン54回目。指の練習は、和音の4つの音を2拍ずつ弾く練習。左手、右手、一緒に
和音を弾いて、3オクターブ上行していく。最初は、レファ♯ラド。次ぎに、ソシレファ。最後は、ドミソシ♭。
今まで3つの音を弾く練習は、何回もしたけど4つの音は初めて。まぁ、3本の指でも、4本の指でも、
この際、何本使おうが、問題は脱力。打鍵したら、力を抜いて指をそのまま上の方にあげる。手を移動させる
時も、そのままで、軽く軽くふんわりと移動させる。決して肩に力を入れて気張ってはいけない。次ぎはどこに
着地したらいいのか、指先は上下左右に振れながら、捜し求めているのだけど、ここは、もう演技だ。へっちゃらよ
っていうつもりで、もう無理して力を抜いてやってみる。ああ、くたびれた。まぁ、追い追い身体で
分かっていけばいいことなのです。
練習曲は、前回のつづき、“おしゃべりさん”。久しぶりにCDから、テープに録音して、スピードを
遅くして聴いてみた。何しろ、そのまま聴いていると、速すぎて、「分かりました、分かりました。あなたは、
エライ!!」 とでも言いたくなりますからね。しかし、今回ばかりは減速しても、効果はありませんでした。
何を聴いていたのやら。この曲は全体で、34小節という短い曲です。形式としては、イントロがあって、
A-B-A'、そしてコーダです。その1〜6小節のイントロ部分が、私にとっては難しいところでした。
拍子は8分の3、イントロ部分は8分音符で、それ以降は、左手は8分音符でリズムを取り、右手は
1拍ずれて16分音符の指換え同音連打と続いていくのですが、イントロとそうでない部分がまるで
テンポが違っていて、全く別の曲になっていたのです。これで、違和感を持たずに練習していたのですから、
イヤになります。拍を数えることが、できていないのでした。それでも、今日のところは、これでおしまい。
次回は12番の“別れ”に入ります。
きれいな曲で練習していくのが楽しみですが、題名がちょっと。
前回書きましたラジオ体操の楽譜は、面白く感じています。予想通り、付点のリズムが多いです。
毎日、ちょっとずつ練習すれば、弾けるようになるかも、なんて思っています。
8月28日--段階的進歩、してるかな?
レッスン55回目。指の練習は、前回の和音をアルペジオで弾く練習。左右の手が、
鍵盤の上で交差しながら、下から順番に音を拾って上行していく。すばやく手と指を移動させ
次に弾く音の準備をする。始めは、ポツンポツンという感じでしか音は拾えないし、少し
スピードを上げると、違うキーを押してしまうけど、慣れてくれば、きれいに音が繋がってくる。
背筋をクッと伸ばして、肩と腕を楽にして、ペダルも入れて弾いてみる。注意するところは、一組の
和音が終わって、また下から次の和音を始める時、フッと息を抜いてしまわないように、ちゃんと
拍を数えて進めていくところ。この練習は、音がきれいに感じられて、私はとても好きです。
練習曲の“別れ”は、3連符ばかりですが、分かり易い曲というか、全体としては、練習のし易い
曲です。しかし、私には右手と左手の音のバランスが課題です。曲の中ほどで、右手は四分音符で
旋律を、左手は、ドミソ、ドミソ、ドファラ、ドファラというように、3連符で伴奏をしていくところ
がありますが、その部分の旋律と伴奏の微妙なニュアンスがまだ上手く弾けません。ここにくると、
それまでの雰囲気とは打って変わって、伸びやかなメロディになるので、
ついつい左手の方も元気に弾いてしまうのです。打鍵する前に、指を鍵盤から高く上げているからでした。
弾いていない指と鍵盤の距離は、即かず離れず、高いところから振り下ろすのではなく、あくまでも丁寧に優しく。
私の場合、あまりにも大きな音をだしていて、雑な自分を見たようで、ちょっと恥ずかしいくらいでした。
中6日の練習期間は、あっという間です。新しい曲の練習を始める時、もちろん曲によっても違いますが、今練習している
ブルグミュラーの練習曲ですと、2,3日は音符を拾っていくことで精一杯、やっと5日目くらいに
何となく曲らしくなってくるのです。それでも、限られた時間の中で、出来る限りの練習をしていけば、しっくりしない部分も
ちゃんと分かってきて、いろいろ、指摘を受けても、そうそう、そこがまだできていないと、自分でも気持ち良く納得できます。
一週間の単位で見ていけば、さしたる進歩もありませんが、同じような注意を受けていても、ああ、そうなんだと
理解の仕方が僅かずつですが、深まっていく気がしています。時計と睨めっこをしているような日々ですが、
その時その時を、きちんと練習するしかないなーなんて感じています。時間がないのは、分かっていたことなのですから。
来週は、“別れ”の仕上げと、14番の“シュタイヤー舞曲”です。
9月4日--雨のち晴れ
レッスン56回目。指の練習は平行6度。左右とも1の指でミ、5の指でド。その6度の間隔を
維持したまま 1オクターブ分上行していく。なーに、これ?簡単じゃない、と思ったけど、弾いてみたら意外や意外
(でもないか)、手首の力が抜けていないことが、すぐに分かってしまうというもの。右手はまだ何とか、さまになるのだけど、
左手は、踏ん張った横飛び状態 ( ドからレというように隣りの音に移動していくだけなのですけどね )。
やはり、一回打鍵したらすぐさま脱力して、また打鍵していく。先生のお手本を注意していると、
指の動きは自然だし、音の響きが断然きれいだ。力が抜けていないと、冴えた音はでませんね。
しかし、いろんな練習方法があるものです。
練習曲の“別れ”は、先週よりは3連符も少しは滑らかに弾けるようになった。けれどこれは右手の話しで
左手になると、なかなかスムーズにいかない。指が固まってしまう感じで、音がガタガタしている。始めのうち、
やさしそうに思える曲は、弾いていくと段々と難しくなってくる。気持ちは、曲に入っているのだけど、指が
追いついてくれないからだ。その部分を今後の課題として、今日で一応おしまい。しかし、この“別れ”、
練習 していても、悲しくなってきて困ってしまった。きれいな曲なのに、やっぱり苦手です。今のところは。
でも、もう一つの練習曲のお陰で、今泣いたカラスがもう笑う、という状態に突入です。結構、忙しいのです。
そのシュタイヤー舞曲(アルプス地方の踊り)は、雪の残るアルプスの山々を背に、晴れ渡った
草原で、色彩あふれる民族衣装を着た少年少女が( おじいさんやおばさんもいるでしょう、たぶん )、手をつなぎ、
足でリズムを取って、頬を染めながら、楽しそうに踊っているような曲です。陽気で暢気で、練習 していても、
嬉しくなってきます。一週間目というのは、弾くことに夢中になっているので、往々にして、アクセントを
付けずに弾いてしまいます。盛り上がるところでの間の取り方、ためて弾いてみたりして、全体に聴き映えがする
ように。あと、装飾音をきれいにだすこと。そうは言っても、難しいですね。次回は“舞曲”の仕上げと
23番の“再会”。これで当分、雨はなし。
9月11日--ティラ、ティラ、ティラ、ティータッタ
レッスン57回目。練習曲のシュタイヤー舞曲、先週は、あまりにも子供っぽく弾いたようなので
(要するに、あちこち元気一杯で弾いていたのですが)、それで、今週は少し上品にいこう、なんてそれなりに
努力してみましたが、土台これは無理でした。なんだかこの曲、大変に気に入ってしまって、弾き始めると、
嬉しさが込み上げる、という状態になってしまうのです ( ピアノを始めて良かった、なんて )。
人様の目はお構いなしに、ノリノリで踊りまくっている
人って時々いますよね。たぶん、あんな感じ。
先生から、ここはこう、そこは、そうではなくて、、、
というふうに注意を受けても、「ハイ、分かりました。」 なんて調子のいい返事をした先から、
いざ弾き始めると、何も変化なく、それまでと同じように
自分の好きなように弾いてしまって ( 直ぐに修正ができないだけなのですけどね )、
それでやっぱり愉快になってきて、首を振ったり、足でリズムを取ったりして、至極
満足して弾き終えるのです。まぁ、いろいろと課題はありましたが、あとは自分で練習しておくようにとのことで、
今日でおしまい。来週も再来週もずっと弾いても良かったんだけどな。
もう一つは、“再会”。こちらはやっと暗譜が終わったところ。なんだろうね、この曲は、と弾き始めは、
曲見知り?してしまいましたけど、こちらも、なんだか面白そうな曲です。楽譜だけ見ていると、算盤の玉が並んでいる
ような感じで、美しくないなーなんて思うのですが、弾いてみると意外とドラマチックな曲。やっぱり
ちょっと嬉しさを感じさせる曲。この曲の課題は、スタッカートの粒を揃えること。いろんな音の出し方で、
様々なことを表現できて、本当に面白いものですね。次回は“再会”の仕上げと24番の“つばめ”。
今日の指の練習は、2と4の指で(左右共)レとファを音なしで押さえて、残りの1、3、5でドミドミ、ソミソミと
弾くもの。これは、楽勝でした。
9月18日--スラー
レッスン58回目。先週は浮かれていたけど、今週はきつかった。練習の成果もパッとしないし。
指の練習は、3度。右手、5と3の指で、ソとミ、4と2でファとレ、3と1で、ミとド。前の二つが8分音符で、
最後が4分音符、そしてスラーがかかっている。ソラシドレミファと上がっていって、ミレドシラソファと
下がってくる。左手は1と3の指で始まるけど、やることは同じで、左右同時に動かしていく。これは、手首を
少しローリングさせながら、腕も使って弾いていく。音をつなげることばかりに気を取られて、スラーの最後を、
柔らかな音色でしめることを全く意識せず、その4分音符の方が重くなってしまっていた。柔らかく弾くと、とても
きれいになるのに。この辺りが、根っからのセンスがないといった所なのかもしれない。悔しいですね。これからは、
十分に注意しないと。もう一つの
練習は付点音符のリズム。リズムは取れるけど、指が思うように動かない。左手の中指、薬指は本当に独立して
くれない。仕方ないとは思っても、プラプラしてる。うーん、まぁ練習あるのみ、かな。
練習曲の“再会”は、仕上げまでいかずに来週に持ち越し。次ぎの“つばめ”の練習に思いの他、時間を使って
しまったので、あまり、練習ができなかったこともあるけど、全体に捉え切れていなかったのだ。再会する喜びに
逸る気持ちなど、感じることはできるのだけど、弾いて表現していくことは、本当に難しい。 f と p と sf と pp を、
きちんと弾かなくては、ドラマチックにはなってくれない。もっともっと自分のピアノを注意深く聞かないと駄目だ。
“つばめ”は、16分音符が速く弾けないし、静かに弾くことも、まだできない。それに、左手がその右手の
上をひらひらと越えていくのが、これまたやっかい。やっとの思いで、暗譜だけはした。でも、もう息切れ
してしまった。次の一週間でどこまで弾けるようになっているだろうか。
9月25日--押してダメなら、弾いてみよう。
レッスン59回目。23番の“再会”は、練習をしていくうちに、どんどん面白くなってきた。始めから
終わりまで、どちらかの手が必ずスタッカートで弾くので、最初のころは、本当に疲れた。この頃は、やっと
疲れなくなってきたけど、これは、力が抜けてきたからではなく、それだけの運動に慣れた結果のことみたい、
さもなければ、もっと力が付いちゃっただけのことかもしれない。安定した音を出すためには、腕の筋肉が
プルプルするくらい力が抜けているといいらしいけど、まぁ、当分は無理でしょう。しかし、ストレートな気持ちの
動きを追ったような旋律で、これは楽しかった。多くの課題は、まだまだ消化しきれていないけど、一応今日で
おしまい。
24番の“つばめ”。この曲は、左手が低音部と高音部のメロディを受け持つ。その音の響きの違いを際立たせること。
両方共スタッカート
といっても、低音部は8分音符だし、高音部は16分音符だから、分かりやすい。手の交差も慣れてしまえば、
楽しいくらいだ。問題は、右手の分散和音。鍵盤から指が離れてしまうと、音が切れて滑らかにいかないし、
スピードも遅くなる。一定の速さで、よどみなく、滑らかに弾くのは大変だ。鍵盤から返ってくる圧力を
指先に感じるようになってくると、いくらかスムーズにいく気がする。うまく表現できないけど、弾くって
いうことは、一方的に押すのではないのだと感じた。しかし、まだスピードはのんびりしているし、所々、
もたつくので、次回に持ち越し。そして次回は、25番の“乗馬”の練習に入る。最後の曲だ。この練習曲集を
最初に見た時の、あの嬉しかった気持ちを思い出して、丁寧に丁寧に練習していくつもり。
教室からの帰り道、思うように満足に弾けないような時でも、なんだか心が満たされているような気持ちになることが
ある。レッスンが終わった解放感かもしれないけれど、新鮮な空気を胸一杯吸った後のように、細胞が
蘇る気がする。
10月2日--もつれる指
レッスン60回目。指の練習は、5,4,3の指で3連符の練習。親指で低いド、小指で高いド
というように、1 オクターブ分、指をひらいた上での練習。拍子は4分の4.右手は、まず1の指でドを全音符で
弾き、2拍目から、5,4,3 の指で、ドシラの3連符を3回繰り返す。左手は逆になるので、3連符は
ドレミ、ドレミ、、、、となる。片手ずつ練習する。始めの内はぎこちないけど、繰り返し練習すれば、
そのうち指も柔らかくなるのでしょう、きっと。今は、まだまだ見事に筋張っています。
練習曲の“つばめ”は、今日も仕上げまでいかず、暫くは着地できそうにもない。いやいや、もしかしたら、まだ
飛び立ってもいなかったのかもしれないな。先週の課題だった分散和音が、どうも滑らかにいかない。同じ
所で同じように失速して、リズムが狂ってしまう。もう一度超スローからやり直してみようかな。とにかく、
なんとか納得できるところまでもっていかなくては。
“乗馬”は、今までの練習の総まとめ。楽譜を見ていると面白い。この部分は、あの曲で練習 したし、
これは苦手で、練習に時間がかかったところとか、いろいろ思い出す。この曲が弾けるようになったら、
ピアノ練習のオープニングとして弾く、というのも悪くないなと思うほど、中味の詰まった曲ですね。それに、
軽やかで、楽しい曲ですし。今日のところは、やっと楽譜を追ってきた段階で、まだ形にもなっていない。
来週は祭日でお休みだから、次回までは時間がある。ちょっと、ゆっくり練習してみよう。
10月10日--それは100円ショップから始まった。
健康グッズに、足の指を広げるちょっと変わった形をしたスポンジがありますね。これが、意外にも
ピアノの練習に、ある効果を及ぼすことを発見。この年(40代も半ば)になって、ピアノを始めると
身体がピアノを弾くことに慣れていないので、やたらと余計なところに力が入って困ります。脱力、脱力と言われても、手首や
肩の力は、どうやって力を抜いたらいいのか、その実、本当に分かりません。相当に力が入っていることは確かです。
気が付くと、足の指も踏ん張っていて、絨毯に指型までついてしまうほどです。
近所に100円ショップの大型店が開店したので、どんなものが有るのか覗きに行ってみたら、大抵のものは揃って
いるので驚きました。で、試しに、この足の指を広げるスポンジを買ってみたのです。100円なら駄目元ですし。
ピアノを弾いている時なら邪魔にはならないし、さしたる効果など有る筈もないと思いつつ、
このスポンジを足の指に挟んで、いつも通り練習を始めました。この格好、人には見せられたもので
はありませんが。しかし、思いもかけない効果がありました。足の指は無理矢理に広げられているので、
力を入れたくても入らないのです。そうすると、自然と身体もリラックスした状態になっていて、力が抜けています。
その状態で弾いていると、不思議な程、肩から腕、それに指先が滑らかに動きます。あっ、これだ。身体の力を抜くって、
こういうことを言うのだなと実感してしまいました。他所では、まさかこのスポンジをつけて弾くわけには
いきませんが、この感覚を身体に覚えさせることは、できそうです。そんな訳で
、ひょんなことから思わぬ経験をしているところです。
さて、楽しいCDを見つけました。「The Best of JAZZ/BACH」 2 枚組みで、1 枚目にはバッハの曲をジャズで
演奏したもの。ジョン・ルイス、スイングル・シンガーズ、ロン・カーターなど。2 枚目は、同じ曲の
クラシック演奏。カール・リヒター、トレヴァー・ピノックなど。ピノックのチェンバロによるイタリア
協奏曲はいいですね。ジャズの方では、ジャック・ルーシェのトッカータとフーガなどが、本当にきれいです。
全部で13曲。その2倍だから26曲。これは、楽しめます。今年 7 月、ビクターより発売。