ピアノの周辺―はじめてのレッスン71-80    

ピアノの周辺

【はじめてのレッスン】
71〜80回(00/12/25-01/03/26)

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12月25日--揺籃の歌

レッスン71回目。今年最後のレッスンです。指の練習は、先々週からのつづき、両手が 10度違うスケール。繰り返し練習して、ようやく音も立ち上がり、粒もそろうようになってきた。 上がっていって降りてくる、本当に基本の練習だから、それだけ大切。手首の力は抜いて、指先の 角度に気をつけて、左右の音色をきちんと聞き取って、そして身体で、その一つ一つの音を感じ 取っていく。指先から感じていくと云った方が、いいかもしれません。基本というのは、なんでもそうですけど、 地味にコツコツするしか、ね。これはまるで、ピアノに向かって考え事をしているような、ところが ありますが、結局は、自分と向かい合わざるを得ないということですから。教室では、一応おしまい ということになりましたが、この練習は続きます。雑な性格を直していくつもりでやらないと、駄目かも。

練習曲 「ブルグミュラー18の練習曲」 の3番、“家路につく牧童”は、装飾音を柔らかく、軽やかに 弾くのが今回の課題。まだ、どうも、さぁ来たぞと、気が逸ってしまうのか、せっぱ詰まった 装飾音になっていて、ゆったり落ち着いて聞いていられません。そうなんです、録音して聞いて みているのです。この曲は楽しいので、トントン弾いてしまうのですが、客観的にみると、イヤー、 堪りません。こりゃ、酷いわ、なんて。教室でも、ここの部分を集中的に練習。次回までは、 たっぷり時間はあるので、なんとかしなくちゃ。

もう一つの練習曲、 「ピアノ スプラッシュ」 の“ダーク キャラメル(こい茶色)”、拍子は4分の4、変 ホ長調で始まり、途中、ロ長調からニ長調、そしてまた変ホ長調でおしまい。こげ茶色と勘違いして いたけど、この際、曲名はいいとして、これは全体にシックな雰囲気の曲です。大人のための子守唄と いった感じがします。こちらは、まだ暗譜もできていないし、細部の音の出し方もまだまだです。 指が遠くの音を打鍵するため、頻繁に交差したりするので、着地した時は、やれやれという感じで、 ドスンと弾いたりしてしまいます。それでは、やはり曲にはならない訳で、もう少し頭の中で 組み立てていかなくてはなりません。やることは、いっぱいです。

さて、今年も一年、何の役にも立たないことを、くだくだと書いてきました。お立ち寄りくださって 読んでいただきましたこと、また、お便りを下さった方にも、お礼を申し上げます。本当に ありがとうございました。2年前の今頃、初めてピアノに触れてから、夢のように時が流れて、 現在に至っていますが、やっと最近、音楽の世界に身を委ねることは、こんなに心を解き放すもの なのかしらと、感じています。まだ、私のピアノは、演奏しているというところまでは、 辿り着いていなくて、鍵盤をポンと叩けば音が出ることを喜んでいる段階のような気もしますが。 それでも、練習を重ねていくうちには、いつか自分なりの曲が弾けるようになるのではと、希望を 胸に、なのです。グレン・グールドが好きですから、夜中にはグールド一色でしたが、最近、他の 楽器の音色の美しさも感じるようになってきています。これは大変に嬉しいことです。次回は、 1月中旬に再開します。どうぞ、またお立ち寄りください。良いお年を!


2000
2001


1月15日--指の遊び

レッスン72回目。3週間ぶりの教室。先生に見てもらう(聴いてもらう)ことって、 こんなに緊張することだったかしら。朝からソワソワしてしまいました。

さて、いつも通り指の練習から。右手の4の指からソファミレ、左手の1で続いてドシラソ、また 右手でソファミレ(ここでソの音がダブる)こうやって4オクターブを一挙に下行します。スピードは Presto(急速に)。これは1回でOK。これには、びっくり。偶には、こんなこともあるのですね(嬉しい!)。 しかし次ぎに弾いたのが、 チャッチャッとできずに、しどろもどろで情けないことでした。和音(ラド♯ミ、両手で)を弾いて、 次ぎに1オクターブ下がったラを弾き、また和音(ラレファ♯)、そしてまた 1オクターブ下のラ。これで 1小節。拍子は4分の4、全部で8小節。このようにズンチャ、ズンチャとリズムをとり、指はオクターブ 移動するのですが、和音がいろいろ変化するにつれ、合いの手になっている下の音も移動します。 面白い練習なのですが、いざ、本番では今一つ。本人は必死なのですけどね。しかし、やっぱり教室で出来ない のは、練習不足ということですから。

練習曲の“こい茶色”、緩やかで伸びのある曲で、リズムもテンポも難しくないのに どうもおかしい。もう長いこと練習しているのに、まだ覚えられない。ブルグミュラーの方は、無理に 暗譜しなくても、練習時間をかければ自然と覚えていってしまうのに、こちらは、スルリと 逃げていってしまう。ですから、まだまだ自分の中で消化しきれていない状態です。なんとも 平板で、キメルなんてことができません。うーん困った。来週に持ち越し。

もう一つの“家路につく牧童”は、装飾音の処理が課題。手首が硬いから、指が弾まないのかしらと 思っていたけど、手首の柔らかさは、ここでは問題ではないようです。指が遊べばいいのらしいのですが、 それが、まだ身体で分かりません。上手くいく時と、これじゃ駄目だという時が半々くらい。ただ、 曲そのものは捉えやすいものですし、十分に楽しく弾けます。装飾音については、今後の課題ということになりましたが、 ここでは、前回よりマシということで、一応通過。次回は、4番の“ジプシー”。

という訳で、今年もまた、レッスンが始まりました。一つ一つの曲を弾いていくのは、嬉しいこと ですが、曲として仕上げていくのは、本当に難しいものですね。でも、こんなに楽しいことは、そうそうないですからね。 今年も、自分のペースで、のんびりと練習をしていきます。

*『音楽の基礎』 芥川也寸志著、岩波新書、1971年発行。譜例が多くて分りやすいものでした。


1月22日--こっちを向いて

レッスン73回目。私は暗譜してしまわないと曲が弾けない。と云っても、今練習している曲は、ブルグミュラー の18の練習曲にしても、見開き2ページだし、ピアノ スプラッシュにしても、多くても3ページだったり、要するに、 まだまだ短いから、暗譜するといっても、弾いているうちに覚えてしまう、と云った方が正しいのですが。しかし、 今回のスプラッシュの“ダーク キャラメル (こい茶色)”は、本当に梃子摺ってしまい、泣きたくなりました。

何十回と弾いても、どうも覚えられません。やっとこさ 覚えて(強引に、無理矢理に)、あー、見えてきたと感じても、今度は、弾いているうちに、曲の根っこが逃げていき ます。全く漠としていて、背中ばかりを見せつけられているようでした。こっちを向いてよ、と 云いたい気持ちになりましたよ。本当にね。最初に、音符から音を拾っていった時に、あっ、これは 子守唄だと感じたのですけど、すでにあの時点で催眠術にかかってしまったのかもしれません。音の中へ 分け入ろうとして、神経を集中して弾いても、焦点が合ったと感じたのは、ほんの一瞬で(でも、確かに一度はあった のですけど)、又すぐさま、行方不明の迷子状態。体勢を立て直し、今度は大丈夫、掴まえたと思ったら、またしても 影だった、そんなことの繰り返しでした。

しかし、結局、上手くは弾けなかった訳ですが、振り返れば、なんだか楽しくて、面白かったなーなんて思っています。 つれなくされたけど、恨みは無し、というところです。十分に癪ですけどね。そんなこんなで催眠術は解けないまま、今日でおしまい。 次回は“グリーンのみかん”。もう、何でも来なさいというの。

ブルグミュラーの“ジプシー”は、今日のところは、最後まで音を拾って、細かい部分を確認した段階。可愛い中にもドラマチックな雰囲気のある曲。しかし、 こちらの方は、なんて分りやすいのでしょう。


1月29日--待ち時間

レッスン74回目。前の人のレッスンが終わるまで、大抵5分かその程度の短い時間、 私は、空いているピアノで、家で練習してきたところを、さらったりします。今更、慌てても仕方の ない時もありますが、とりあえずピアノを見ると、弾いておこう、という気持ちになります。しかし、最近、 私の次ぎに来る人を見てると、自分のやり方が、果していいのかなーと考えてしまいます。この人は、 教室の前のベンチに少し寝そべるように腰掛けて、楽譜を見ることに没頭しているようで、時には、 足をブラブラさせてリズムを取ったり、指揮でもするように、指先で小さな曲線を、描いたりしています。で、 気になるこの人、ほっぺたがプクプク、丸々していて、触れば、きっと暖かいだろうなーという、 ホッカホカの可愛い小学生(高学年)の男の子です。お母さんに無理矢理連れてこられている訳ではなく、 いつも一人で、熱心に楽譜を見ている姿に感心します。慌てず騒がず自分の時間の中に居る、といった 感じなのです。比べて私は、余裕が無いといいますか、せこせこしているようで、少しは、あの子を見習おうと 思ったのです。

さて、レッスン。指の練習は、白鍵ではじまる長音階のスケールとその終止和音の練習。ハ長調、ニ長調、、、 これは、指使いさえ慣れれば、面白い練習ですね。楽しく練習できました。「18」の練習曲の“ジプシー”は、 ありゃりゃ、先週と同じところを注意されました。低音部の音を安定させるということです。毎回云われて いるのですが、各パートをじっくり弾いてから、全体を絡ませていく。

もう一つの「スプラッシュ」の“グリーンのみかん”は、自分で練習していったのと、この曲は、 こういう曲、と先生が弾かれたのとが、あまりにも違っていて、ショックのため、軽い目眩がして、 椅子から転げ落ちるところでした。速度はプレスト、(これ、前々回の指の練習の時にもでてきました)しかし、 いきなり速く練習することもありませんし、また出来もしません。何処が変かといいますと、例えば英語の単語を 固まりで発音せずに、カタカナ英語の発音をしている状態なのです。鍵盤を順番に叩いているだけなのでした。 もちろん順番に音をだすのに、間違いはないのですが、やたらと一つ一つの音が独立しているのでした。ああ、 難しい。

月末は、バイトが集中していることもあって、心の余裕がありません。そんな生活の背景が、すぐにでてしまう 柔なところをなくすことができたらと、いつも思います。


2月5日--小さな喜び

レッスン75回目。指の練習は、スケールとスタッカートと和音。拍子は 4分の 4。 左手がドミソの和音からファラの和音(共に 2分音符)、右手は二つ高いドから16分音符で 1オクターブ下降する。そしてラ( 4分音符)のスタッカートを2回。旋律の表現方法として、この時は展開となるから、音も 伸び伸びと大きく。次ぎに左手は、ソシファの和音からドミの和音。右手はソから始まる 1オクターブの下降、 そしてドの 2分音符。この時は解決するわけだから、丁寧に弾く。私は音楽の基礎の勉強ができていないので、 本当にいろんなことが分っていないなーと思っていますが、こうやって目の前で、「和音がここで、 こうして広がって、またここでは、安定して、こう解決するでしょ、だから丁寧にやさしく弾くの 」 という説明を、ピアノの 音色を聴きながら、受けていると、心底、なるほどと理解できますし、なんだか胸の中に新鮮な空気が、さっと 吹き込んでくるようで、小さな喜びすら感じます。

さて、その指の練習に使っていたバーナムの第2巻が、今日で終了しました。99年の7月から始めて、全部で 60 の練習に、約 1年半かかったことになります。アルペジオに和音、半音階、トリル、指と手首を回す練習 とか、手を交差して弾く練習とか、3連符の練習など、いろんな指使いがありました。どれも本当に短いものなのに、 未だに指が上手く動かない のも数多くあります。しかし、この練習は、私にとっては、指の動きを通して、ピアノの音色を身体に 覚えさせていくといったもので、本当に楽しく練習しました。この練習本は第 4巻までありますが、とりあえず ここでは、一つの区切りとして、終了ということになりました。次回からは、ハノンのレッスンが始まります。

練習曲の“グリーンのみかん”は、いまだ迷走状態です。有るところでは、駆け出してみたり、有るところでは、 トボトボ歩いてみたり、そんなことをしていたら、訳が分らなくなってきました。要するにまだ音が上手く 取れないのです。しかし、今日、教室で弾いていて気がついたのですが(気付くのが遅すぎますが)、 例えば左手でミ、ソ♯、シ、右手でシ♭、レ、ファと順番に弾くところなど、左手は5,3,1の指を使うとしても、 右手は、5,3,1ではなく、1,2,4、を 使えば良かった訳で、ああ、どうしてこう臨機応変に対処できないのだろう、と思います。しかし、癖の有る 曲というのは、何故か気になりますし、可愛いものです。全体に遊んでいるようなところを感じますが、今の ところ遊ばれていますね、完全に。しかし、次回までには、そう、手玉に取って、できれば、弄びたいものです。 (そんなこと、あるわけないんですけどね。)

“ジプシー”は、片手ずつの練習を繰り返して、なんとか、それらしくはなってきました。まだ、自分としては、 満足できるものではないのですが、盛り上げるところで、ピアノの上に置いてあった時計がひっくり返るくらい 強く大きな音を出して、それでかな、今日でおしまいです。弾いている最中に、何かパタン、ポキンという 音がしたのですが、時計があんな事になっているなんて、ちっとも気が付きませんでした。次回は、7番の“子もり歌”。


2月10日〜17日--トロント・オタワ、冬景色

カナダの冬は、やっぱり寒い。ピーンとはった空気が頬に痛い。先週、トロントとオタワを旅してきました。 トロントはグレン・グールドが生れ育ち、亡くなるまで生活していた町だから、一度機会が有れば行ってみたかった。 どんな色をしていて、どんな風が吹いて、どんな香りがする町だろう。到着は、夕方。そろそろ夜の帳が 降りる頃。街中までくると一つ一つの建物が大きい。でも道幅が広いので、威圧感や圧迫感は無い。それに 歩いている人が少ない。ビルや通りに大きな広告の看板や煩いネオンがないのは、すっきりとしている。 その代わりなのか、ビルの照明は一晩中点いている。

翌日、トロント市の西方にあるグールドが眠る墓地へ。この日はどこまでも青い空。墓地に辿り着くと、管理所は 日曜日で休み。仕方なく歩き廻ってみる。ここで動いているものと言えば、 沢山のリスのみ。時々ジョギングする人とすれ違ったけど、全くの静寂につつまれている。あまりにも広すぎて 探せない。また出直すことにする。次は町に戻って、CBC(カナダ国営放送)のグールド・スタジオの前に ある“ベンチに座るグールド像”を見に行く。グールドは身長が178cmだったそうだけど、この像はスリムで そんなに大きな人という感じがしない。隣りに腰掛けてみる。恥ずかしいけど嬉しい。(全くいいオバサンがなんでしょ、ネ) しかし、ここもスタジオは休み。あとはコンサートのチケットを買って、この日はおしまい。

月曜日は列車でオタワへ。トロントから 4 時間半。町並みが続くのかと思っていたら、何もない。荒涼とした 風景がつづくだけ。オタワに午後に着いて、国立図書館に行ってみたけど、時差ボケで頭痛がしてきて、 切り上げてホテルへ。この日は−12℃。翌日もう一度図書館へ。昨日は無かったグールドのピアノが、 この日はあった。昨日は多分演奏会で使われていたのだ(一夜漬けの英語で、会話が成り立つ訳がない)。 でも、このピアノ、ずいぶんとボロボロに見えるなー。オタワは政治の中心で官公庁のビルが多く、ちょっと よそよそしい。しかし、町の規模は小ぢんまりしていて、ポツポツ歩いていても、すぐに目的地に行けるので 全く苦にならない。

翌日(水曜日)は、朝から雪。雪が降っている方が寒くない。それに町が一段と綺麗に見える。午後、また 列車でトロントへ戻る。窓の外は一面の雪景色。遠くの木々が灰色に霞んでいる。車中で、一枚だけ持っていった ゴールドベルグを3回も聴いてしまった。夜は、ロイ・トムソン・ホールにトロント交響楽団のコンサートを 聴きにいく。演奏曲は、ラフマニノフのパガニーニの主題による変奏曲、ピアニストはジョン・キムラ・パーカー という人。非常にエネルギッシュな演奏で、ピアノって格闘技みたいだなと思う。もう一つは、プロコフィエフの ロミオとジュリエット。心地よい音楽だったけど、最後の方は、眠くて眠くて、もう少しで舟を漕ぐところ。

しかし、この日は、記念すべきバレンタインデーとなった。ホールに着いて、入り口のところで案内の人に グランド・ピアノが置いてある脇の階段を上って席に着いてください、と言われて、何気なくそのピアノに 近づいていったら、驚いてしまった。それは、ヤマハのCFUで、グールドが最後に使っていたピアノだったから。 ピアノの横には、グールドが使用していたピアノだと説明書きがしてある小さなプレートが置いてある。 蓋が閉まっていたけど、そっと開けて、ソソラソラシと 小さく小さく弾いてみた。自分だけに聞えるくらいに小さく。しかし音が自分の正面からやってくるような、 なんともいえない音色がした。震えるような気持ちになってしまった。鍵盤はよく使い込まれた色をしている。 ピアノに触っていても、何とも言われないので、結局ホールを後にするまで、3回も触りに行ってしまった。 あまりの嬉しさにホテルに帰ってビールで乾杯。

翌日(木曜日)もう一度、墓地へ行ってみる。管理所も開いていて、場所を教えてもらう。ゾーンbヘ38. 今度はすぐに見付かる。お母さん(フローレンスさん)の名前の下にグールドの名前も刻まれていた。 ピアノのプレートが見たくて、少し雪を掘ってみたけど、これは雪解けを待たないと無理。 花と水を供えて、「また、来ます」なんて心の中で思って帰ってきた。墓地から市の中心に向かって、 ほんの少し行ったところが、生前グールドが住んでいたところだ。静かな佇まいのするところ。

地下鉄に乗って、次は気になっているグールド・スタジオへ。あのグールド像があるところ。 このスタジオは、ロビーにつづいて小さなコンサートホールがある。そのロビーに入って驚いた。ホールの 入り口には、グールドのお気に入りだったチッカリングがあったのだから。オフ・ザ・レコードの 中でシムコー湖畔の別荘で若いグールドがパルティータの第 2 番を練習しているところがあるけれど、あの ピアノ。このピアノは全体にどっしりとしていて、白鍵が少し幅広く見える。その表面はツルツルして いないで、材質がむき出しになっているような、触ってみると非常に冷たい感触がする。材質は象牙なのだと 思うけど、その紋様がはっきりと見える。ヤマハと同じタッチでは、すぐには音がでない。響いて くるといった感じではなく、コツンとしたような音がでる。このロビーの壁面の一つには、グールドの 写真が子供の頃から数十枚、貼られていて、もう一個所の壁面には、レコードジャケットが整然と 並べられて飾ってある。

こんなふうに、町を歩いて、トロントの空気を胸一杯吸ってきました。トロントは都会なのに、どこか のんびりしていて、大らかな感じがしました。道行く人々も実にさまざまです。町も人も、派手ではなく 落ち着いた雰囲気がします。人々は愛想が好いわけではないけれど、不親切でもありません。私はトロントの 町が好きになりました。


2月19日--音を身体で弾く

レッスン76回目。指の練習は、今回からハノン。いままで、自宅で自分なりにしていた ハノンの練習は、極端に言えば、音をかすっていただけのことで、練習のうちに入らなかったことを身を持って、 今日、体験してしまいました。アア、オソロシイ!!

まず、ピアノに座る姿勢から。お尻を少しでっちり気味にして、両足を適当に開いて、重心を前にかけるようにする。 弾く時には、一本一本の指先に全体重をかける。こうすると、とても大きな、幅のある太い音がでる(確かに)。 ハノンの1番を丁寧にゆっくり弾いていく。次回は同じ1番をスタッカートで弾く。その次はリズムを変えて みるらしい。さぁ、これから、きっちりと指の訓練の始まりです。


2月26日--さぁ、漕ぎ出そう

レッスン77回目。指の練習は、ハノンの1番をスタッカートで。前回、一つ一つの音を 弾くとき、それこそ一本一本の指に全体重をかけるつもりで、弾く練習をしたので、同じ調子で、 スタッカートも練習したら、とってもくたびれてしまった。確かに、音は煩く感じる程、大きくは なったけど、ちょっと音楽的な音色とは程遠い。ピアノが、ただの指強化道具となってしまったのだ。 この、兼ね合い、難しいな。やっぱり綺麗な音色あってのピアノだし。まずは余分な力は抜く。手首から 先だけで弾むように。力を抜けば、二の腕の筋肉がぷるぷるするらしいけど、なかなか、すぐにはできない。 徐々に、徐々にだ。次回はリズムをつける。

練習曲、“グリーンのみかん”は、拍子は 8 分の6。8分音符の音を右手で3つ、左手で3つと弾いていくの だけど、スピードを上げると(指定ではプレスト)、それぞれの音が独立しないで、最後の2つなど、指が すべって、ぐちゃっと同時に弾いたりしてしまう。結局、今もって弾けない。この段階では、これ以上続けても 進展は見られないということで、一応おしまい。というか、切り上げることになった。それにしても、 自分の思うように出来なかったことが、悔しいという気持ちも起こらない程、私には、なんとも不可思議な 掴み所のない曲だった。なんだか音が遊んでいるようで、うっすら面白そうかなーとは、感じたのだけど。 でも、まぁ、こんなこともある。もう少し時間を置いて、また何時か弾いてみよう。

「18」の方は、7番の“子もり歌”。先週、ほんのちょっとだけ、みてもらったけど、練習不足で形にも ならなかった。しかし、この曲は弾きはじめていくと、気持ちがすーっと入っていって、とても弾きやすい 曲だった。メロディも綺麗で、素直に心をあずけることができる。ただ、装飾音の処理が、どうしても ぎこちない。もう少し練習して思うような音が出せるようになりたい。しかし、今日でおしまい。長く 弾いていたい曲は、すぐに終わってしまう。次回は、14番の“ゴンドラの船頭歌”。先生が弾いてくれるのを 聴いていたら、うっとりとしてしまった。全体にゆらゆらしていて、甘い香りがするような曲。春に相応しいロマンチックな 曲。弾けるようになったら、誰かに聴いてもらいたい、そんなような曲。こういうのを練習できるようになったんだ。 でも、難しそうだな。 しかし、私の舟を漕ぎ出さなくちゃ。


3月5日--集中力がない時は

レッスン78回目。毎日、気持ちも平穏で、気力も充実して、決まった時間、ピアノの 練習ができれば、こんなにいいことはない。けれど、生きている以上、予想もつかない明日が 今日になることも、偶にはある。で、あれこれと解決のつかないことを、ぼんやり考える ことになる。そうなると、泥濘に足を取られたようで、にっちもさっちも前に進めなくなる。 ピアノの前に座ってみたものの、頭が働かないから、指も動かない。レッスンに通うように なって最大のピンチ。100回が無事に終わってくれれば、いいけどなんて思っていたけど、 人生が思うようにいかないのと同じ(かなり、大げさですね)、まぁ、ここでは、100回だけど、 レッスンはその後も続くわけだし。この先、いろんなことが有る筈。

そんな時、指の練習は味気ないからと、いきなり曲の練習に入ると、見事に落ち込む。何しろ 集中力がないのだから。頭から指令が来ない以上、指が動くわけがない。こんな時は、ハノンが いい。指は鍵盤を叩いているけど、頭は少し休みの状態。それで、暫く弾いていればいい。1番を 練習するにしても、22もの変奏の例が載っているし、ゆっくりゆっくり、これを一つ目から、 片付けていけば、次第に雑念は消えていく。これ、効果あり。

練習曲の二曲は、どちらも今日が初回。スプラッシュの“あの時の思い出”は、初見でも 弾ける内容なのに、教室ではガタガタ。甘くみたのがいけなかった。何しろ、「18」の “ゴンドラの船頭歌”にハマってしまって、こればかり練習していたから。でも、習いに行っているのだから、 ちゃんとしなくちゃね。次回は仕上げとなるように気合を入れようかな。 自分の力で、どうにもならないことは、考えない。これが一番。


3月12日--回転する小指

レッスン79回目。指の練習は、ハノンの2番。一つ一つの音を強く正しく美しく、弾く練習。 家で練習している時は、飽きてしまうから、この間から22のリズムで練習している。最後の 22番はスキップしているみたいで楽しい。ところで、ハノンを練習していて気が付いた。 まだまだ、5本の指が、それぞれに独立していないから、ある指の動きにつられて、隣りの 指なども大きく動くけど、ふと見ると我が小指は、残りの4本の指の舵を取るかのように、忙しく文字どおり 回転している。ヘリコプターの羽根のようだなーなんて、思わず目が止まってしまった。

さて、練習曲。スプラッシュの“あの時の思い出”は、今日でおしまい。しかし、興味が湧かない曲は、 本当に練習をしない。こんなことは、滅多にないけど。いろいろな曲に出会うのは、楽しいことだけど、 好き嫌いは、これはもう仕方のないこと。次回は、“ちょっとした冗談”、これは聴いてみると、 とても面白い曲。こういうのは、黙っていたって練習するのですけどね。

「18」の♪ゴンドラの船頭歌、最後の方のトリルが、まだ できない。しばらくは超スローで練習。できるようになりたいな。

*ただ今、練習中ですが、アップしました。大変お粗末ですが、よろしければ、お聞きになってください。 毎回、ああでもない、こうでもないと、レッスンのことを、ここに書いていますが、今の段階での 私のピアノは、これくらいです。思うようには、なかなか弾けないものですね。


3月19日--リラックス

今日は春休み?で、教室はお休み。何であれ、休みは大好き。一週間に一辺のレッスン、 それもたったの30分。そのレッスンのために、一週間の時間配分を決めて、準備していく だけで、毎日の時間が、さっと過ぎていく。それはそれで楽しいけど、時々、へとへとだーなんて 感じることもある。だから、こうやって時間のゆとりができると本当に嬉しい。

で、ちょうど好い具合に、図書館にリクエストしておいた本が届いた。1985年出版の 『 ピアニストは語る 』 音楽之友社。エリス・マック著、井口百合香訳。これは、13人のピアニストが、インタビューに 答える形で、音楽について、人生について語っているもの。まぁ、グレン・グールドが登場 しているから、読んでみたかったのだけど、他の人の話しも、素直に胸の内が語られている ものが多く感じられて、面白いし、なかなか中味の濃いものだった。

グールドに関して言えば(意外にも、グールドの頁数が断トツ)、このインタビューの答えは作為的ではなく、 台本無し、だったのではないかなーと感じる。残念ながら、インタビューが何時行われたのかは、明記されていないけど、文章から推測して、78年あるいは 79年あたりのことではないかと思う。音楽以外にも、来世についてどう思うか。などという 質問にも、いかにもグールドらしい答え方をしていて、面白い。


3月26日--まずは、深呼吸

レッスン80回目。指の練習は、ハノンの 2 番をスタッカートで、軽くポンポンポンと。 「 だいぶ、指の形が良くなってきました 。」 いくつになっても、どんなことであれ、誉めてもらうのは、 気持ち好いし、やっぱり嬉しいことだ。しかし、それもほんの一瞬のことだった。「 ちょっと左手が重い、 押さえつけているみたい、自然に、 もう少し軽く 」、(はい、了解。)意識してしまうから、自然という訳にはいかないけど、弾ませてみる。 家では、この指の練習だって、耳を澄ませて音色を確認しているのだけど、教室では、聞いちゃいません。 ついつい形ばかりが気になる。いいのかなぁ、きっといけないね。

練習曲は、スプラッシュの“ちょっとした冗談”、拍子は4分の4.左手と右手で交互に4分音符を弾いていく から、簡単そうなのだけど、速度の指定は、またもプレストだし、音が結構飛んでいるし、自分では、 かなり練習したつもり。とりあえず、終わりまで弾いてみる。楽譜の指定通りの指使いでは、 速度が間に合わないから、指を変えましょう、 ということになったけど、言われて直ぐにできるものでもなく、キャーキャー云いながら弾いているうちに、 完全に空中分解。けれど、この曲は、スピード感が有って始めて、ニッと笑える曲だから、ここは、 練習するしかないけど、なんでこう、プレストが 多いのだろう。

もう一つの“ゴンドラの船頭歌”、厚かましくもこの間、ここにアップしたもの。トリルは大分ましに なった、あわせて終わりのほうで、ミラドラドと上がってくる部分の入り方も分ってきた。 あのアップでは、しっかりと間違って入って弾いていた。今日は、かなり細かい部分を幾つか注意される。 左手の伴奏の4分音符は、しっかり音を伸ばす。そのミラドラドなど、コーダの部分の装飾音の あとの音は、限りなく優しく、最後の和音は、指を平らにして、音がぶれないように弾く。 こうやって幾つか指摘された後は、いきなり弾いてはいけない。まずは、深呼吸して、ちょっと 気持ちを整理して、それから、ゆっくり確かめながら弾いていく。やっぱり、レッスンが一回抜けると、どうも 我流で弾いてしまうみたい。次回は、この曲の前の13番 “大雷雨” とセットにして弾く。 こちらの曲は、なんてたって低音の魅力。ピアノの低い音って、なかなか素敵。