ピアノの周辺―2009      

ピアノの周辺

【その後のレッスン】
2009年

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7.10.2009...【個性の違い】

モーツァルトの曲を練習していて感じること、と言ってもソナタを2曲、ちょっと 触っているだけなので、それはそれは狭い範囲の感想かもしれませんが。しかし、 去年まで3年間練習していたベートーヴェンの曲とは、あまりに違うので、いやいや、 違っていて当然なのですが、その違いに驚いたりしています。ベートーヴェンの曲では、 時々、どうしても指がとどかなかったりすることがありましたし、無理な指の使い方も ありました。どうやって、この音を出すのだろうと考え込んでしまったこともありました。 この点、今のところでは、指使いの難しさをモーツァルトの二つのソナタからは感じません。 ベートーヴェンの曲からは、前へ前へという力を強く感じました。さあ来い、さあ来いと いうように引っ張られる感じです。また、曲がドラマチックで、すごく暗い淵を覗くような 場面もあれば、その先には柔らかい光が射し込んでいると感じるところもありました。 弾いていて、一瞬、音の連なりの向こうに「真実」という言葉を思い浮かべてしまった こともありました。モーツァルトの今練習している曲からは、人生がどうのこうのとは、 感じられません。でも楽しいだけかと言えば、それもちょっと違うみたいです。 人生は人生、ちょっと脇に置いておいて、音楽を楽しもう。でも音楽の無い人生なんて 考えられないけれどね。と言っているような。この人、クールだ、なんて思ってしまいます。 人を夢中にさせますね。いやー、本当にかっこいい!

今初めてモーツァルトの音楽を聴いたみたいに、おばさん何言ってんのと言われる かもしれませんね。でも、こういう印象は、楽器をやってみて、それでもって本当に素敵だ。と感じる ことでもありますよね。ピアノ始めて、やっぱり良かったのですよ。この先、自分にとって、 新しい作曲家の楽譜を開くたびに、ワーワー、キャーキャー、興奮するのです。でも、人数は 少なくて好いのです。ゆっくりと興奮していたいのですから。

7.3.2009...【4対3】

去年、右手と左手が3対2というリズムの練習をしていて、なんとか弾ける ようになるのに、ひと月もかかったことがあります。今練習しているツェルニーの 100番練習曲の54番には、4対3のリズムが出てきます。とても短い曲ですが、 これがやっかいでした。2週間かかって、なんとか10回に1回くらいの割合で 弾けるようになりました。これができるとショパンも弾けるようになりますよ。と 言われても、疲れ果ててしまった私は、「弾けなくてもいいのですけど…」と、 情けない返事をしています。左右両手で弾く音とメトロノームの電子音を、なる べく注意深く聴くことを繰り返していたら、なんだか目が寄ってしまいそうに なりました。やれやれ、です。音楽的に弾けたかどうかは、わかりませんが、 余程恨めしい顔をしていたのか、次に進んで好い事になりました。ちょっとだけ、バンザイ!

モーツァルトのソナタk282も、だいぶ馴染んできました。練習しているのが 面白いです。第3楽章など速く弾こうとすると、まだまだ沢山すべります。わざと 速くではなくて、自然にスムーズに、それでもってスピードがでるようになったら、ずいぶんと楽しい 曲です。時々、このk282を6人のピアニストの演奏で聴いています。ギーゼキングに バックハウス、グールド、ピリス、内田光子さんにバレンボイムです。本当に 各人各様ですね。ピリス、バレンボイム、内田光子さんは、一つ一つの音が丁寧です。 私は、どちらかというと勢いがある前3人の演奏が好きです(この曲の場合)。 グールドは、よーく歌声が聞こえてきて、ちょっと愉快になります。それにしても ピアニストの演奏ってすごいですね。

6.19.2009...【身体の重心】

ピアノの椅子に腰掛けるとき、お尻のほうにあまり重心を置くと、肩や腕が狭い 範囲でしか動かずに、その先の指などは、ちょっとしたことで引きつるようになる ものですね。レッスンが始まる前に、時には先生と雑談を交わすこともありますが、その 時には、身体の重心なんて意識しませんので、ドッコイショと座った状態です。 背中は背もたれに預けて、背筋もグニャっとなっていたかもしれません。その 姿勢のまま、3度をレガートに弾く練習(親指と中指→人差し指と薬指→中指と小指) をしていたら、指から腕がつりそうになりました。これは、歳で身体が固いからなんて 理由になりません。姿勢が悪かったのです。重心は前、足もしっかり踏ん張って、 上半身の自由な動きを確保する。そういえば、この間聴いてきた小曽根真さんは、 弾いている姿勢が惚れ惚れするように美しかったです。背中の安定感に目が吸い寄せ られました。ああ、姿勢は大事なのですね。

先週、金沢に行ったとき、金沢蓄音器館というところへ行きました。蓄音器が 年代順に沢山並んでいます。レコードも、いっとう始めの蝋管のものから展示され ていて、移り変わりがよくわかります。30分くらい時間をかけて、蓄音器の 聴き比べの実演も有りました。蓄音器から流れてくる音って、すごく大きいとも 感じますが、落ち着いたなんとも言えない音色がするものですね。フランク永井さんの 低音もぐっときましたし、美空ひばりさんの歌声も良かったし、ツィゴイナーヴァイ ゼンのヴァイオリンの弦の擦れるような音も、沁み入るように感じました(演奏者の 名前を教えてもらったのに、書き留めておかなかったので忘れてしまいました)。白い 手袋をして次々とレコードを聴かせてくれた係りの若い女性も、本当に好い音色が するのですから、楽しんでいってくださいね、という雰囲気で、いつかまた行って みたい処です。

金沢蓄音器館

6.5.2009...【付点8分のあとの16分】

モーツァルトのソナタk282は、どうにか第3楽章まで音符を拾う作業が終わりました。 文字通り、音符を見て鍵盤を叩いてみただけで、これは譜読みというものでは ないようですネ。まだまだ音のつながりや、転調のことなどは理解できていませんから。 でも、一つのフレーズにとても惹かれたり、ああ、ここ、くすぐったいなーなんて 感じることは、とても面白いことです。これから、同じところを何百回と弾いて、音を 組み立てていって、一つの曲に仕上げていきます。新しい譜面を見ているときには、 他のところが疎かになりますが、レッスンでは、一応第1楽章も第2楽章も弾きます。 練習が足りていないし、まだ弾き込んでいるわけでもないし、弱ったな―なんて思って いたら、思わず、ふーとため息がでて、先生は<どうしましたか?>なんて、おっしゃい ますし、もう、えい!とばかりに弾いても、結果はしどろもどろもいいとこです 。それでも、聴いてもらうことは大切で、自分では、 気がつかないでいる欠点を指摘してもらえます。課題は、付点8分音符のあとの16分音符、 どうも切れ味が悪いのです。メリハリをつけて、正確に弾く癖をつけたいものです。

5月の下旬に、小曽根真さんのピアノを聴いてきました。今年は、ビッグバンド=No Name Horsesと 一緒の演奏で、新しくリリースされた「Jungle」というCDの全曲が演奏さ れました。ラテンのリズムが心地よく、なんだか元気がでるなーという雰囲気の演奏会でした。 音楽が気に入って、その場でCDも購入。トランペットや、サックス、ドラムにベース、 それこそ切れ味抜群の冴えた音色です。一晩中でも聴いていたい演奏でした。音楽を 通して、人を悦ばせることが一番楽しいみたいだなーと感じました。

5.22.2009...【引き締まった音】

今週は、年に一度の調律をしてもらいました。以前は調律をしてもらう前に、 <ピアノの調子、どうですか?>と聞かれても、具体的な返事ができず、 <どうなんでしょうね。さして困ったこともないのですけど。>などと答えて いたものです。それが今年は、あれ、この音割れてきたとか、響きが違って きたとか感じるようになり ました。一時間半くらいで調律が終わって、<さぁ、弾いてみてください。>と 促されて、こんなときに何か気に入っている曲をジャラーンと弾ければいいので すけど、まぁ、身の丈に合っていないことは無理なので、毎年、ポツポツと音階を 弾きます。部分的にポワーンとしていた音も、クリアな音に変わっていました。 全体に引き締まって、音が真っすぐに立ち上がる感じです。前は、調律師の方に 一休みしてもらった後に、練習中の曲を聴いてもらったりしたのですが、この ところは、さっぱり。なんだかやっぱり気恥ずかしいのです。でも来年は聴いてもらえる ようにしましょう。<次回は、ピアノ聴かせてくださいね。>と言われて、 帰って行かれましたから。

モーツァルトのソナタ、第2楽章は、メヌエット。軽くステップを踏んでいるように スタッカートの音を弾きたいのに、どうしてもドスン、ドスンと重たくなります。 それに装飾音の奏法のこと、普通の音符の前に付いている小さな装飾音のぼう=符尾に斜線が 付いているのと付いていないのとがあって、それぞれに弾き方が違うのですね。 楽譜集の後ろにある説明を読んでいると、古典派時代までの作曲家の作品は、装飾音の 奏法について、楽譜のなかで明確に示すということはなかったと書いてあります。 レッスンで注意されるまで、何もかも速く弾いていて、何か変だとはおもったのですが、 これで、少し認識を新たにしました。ホント、知らないことばっかりなのです。

5.8.2009...【ピアノの練習がしたいのなら】

若い時にはよく聴いていました。ちょっと高い独特の声が印象的です。 その名前にも最初はびっくりしたものですが、美術の先生を題材にした歌や、 「雨上がりの夜空に」などは、大好きでよく歌ったりしたものです。 忌野清志郎さんが、この5月に亡くなられましたね。寂しい気持ちになります。

さて、連休明けのレッスンでは、k282の第2楽章に入りました。<まるで初見で 弾いているようね>などと、先生を呆れさせてしまいました。今日は、ツェルニー の練習曲もボロボロで、――やっぱり、練習が足りないからマズイぞ――と、落ち着いて 弾けばいいのだと思っても、こんなときって、指のほうは、そらみたことかと、 まったく関係ない鍵盤を叩いたりするのですね。――それは、ないでしょう――と、 頭のほうでは思ったりするのですが、てんでばらばらの状態で、深く反省しながら 帰宅したのでした。

前回にちらっと書きましたが、真夜中に手芸で遊ぶのも禁止。若くないので、翌日に堪えます。 身体の調子を少しおかしくして、これも反省材料でした。やっぱり、元気でピアノを 練習したいですから。ピアノの練習がしたいのなら、私の場合、早寝早起きがいいみたいです。

4.24.2009...【音をつなぐ】

新しく練習が始まったモーツァルトのピアノ・ソナタk282の第1楽章は、 アダージョでずいぶんとゆっくりとした雰囲気です。他のピアノ・ソナタの 第1楽章は、k331がアンダンテになっているくらいで、他は、みな アレグロの指示があります。アダージョは、アンダンテとラルゴのあいだ の速度とありますから、かなりのんびりしているので、これはきっと弾きや すいだろうと喜んでいたのですが、実際は違いますね。音符は読めて、指使い も難しいわけではないのに、弾いてみると次の音につながらないといいますか、 滑らかに流れるようには、なかなか弾けません。 ひとつひとつの音がちゃんと表情を持たないと、なんだか曲として成り立た ないという感じがします。速い曲は、それなりに難しいですし、結局何を 弾いても、うーんと唸ってしまいます。

このあいだ、ネックレスを作ろうと、テグスにビーズや石を通していた時のこと、 だいだいこの種の遊びは、真夜中にやります。あっという間に時間は過ぎ去っていくのですが、 頭の中が空っぽになって、リラックスできます。ふと思ったのは、ビーズや 石が音符なら、テグスは拍子かもしれないなーなんてことです。4分の4拍子とか、 4分の3拍子とか4分の2拍子とか、この順番は、k282の第1楽章、第2楽章、 第3楽章の順番でもあるのですが。テグスは、ただのひもですけれど、拍子も 曲を下支えしているひとつの線で、ちゃんと拍子が取れていないで、途中が たるんだりしたら変ですものね、などと眠くなってきて頭もガンガンしてきて いるのに、取り留めのないことを想いながら、k282の第1楽章に因んだネックレスを 作ってみたいなと思ってしまいました。

4.10.2009...【音楽的に弾く】

季節の歩みがどうもぎくしゃくとしています。桜の花がまだ終わっていないうちに、 まるで初夏のような陽気です。4月は風が光り、5月は風が香ると言うのだよ。と 誰かが言っていましたけれど・・・。そよ風を頬に感じて、のんびり散歩でもして いるように家に辿り着きたいのに、あんまり暑いので、日陰を選んで汗をぬぐいな がら足早の帰宅です。

レッスンでは、去年の秋の発表会が終わってから、指の練習用にツェルニーの 100番練習曲を、毎週1つか2つ見てもらっています。手を変え品を変え、短い曲に さまざまな指の練習が詰まっています。一つ一つの曲の雰囲気も、面白いもの、 面白くないもの、なんとも感じないものと色々あります。漫然と弾いていると、 いつまでたっても、「まぁ、いいでしょう。次に進みましょうか。」という言葉を 頂けません。この頃、やっと音楽として感じないとダメなんだと分かってきました。 この際、好みの問題は後回しにして、曲としてちゃんと練習しなければという気持ちに なってきました。そうしてみると楽しい曲もいっぱいあります。難しいことには、変わり がありませんけれど。モーツァルトの曲は、k282のソナタの練習が始まりました。

4.3.2009...【融通が利かない】

――そろそろ発表会の曲を始めなくてはね。――もうそんな時期になりました。例年 4月頃から半年間かけての練習が始まります。長い時間をかけて、ゆっくりと 練習していくのは、途中、山あり谷ありであっても面白いものですし、身体の 中まで音楽が入ってくるような気持ちになって嬉しいものです。

今年の初めから練習していた k545は3月の半ばで、一応の終わりとなりました。できれば、ずーっと 納得がいくまで練習していたいなーと思ったりもしました。一通り弾いてみたものの、 形に成らないうちに次に進むのには、少し抵抗感もあります。融通が利かないと 自分でも感じますが、気持ちの上で、ストレスになってもいけませんから、 レッスンで教わったことを自分なりにまとめてみました。 私にとっては、どれもとっても難しい曲でしたが、 夢中になりました。結局、まともには弾けなかったのですけれど 楽しい時間を持てたと感じています。

75.モーツァルト、ピアノ・ソナタ15番第1楽章。k545 <3分>
76.モーツァルト、ピアノ・ソナタ15番第2楽章。k545 <3分48秒>
77.モーツァルト、ピアノ・ソナタ15番第3楽章。k545 <2分14秒>

3.13.2009...【繰り返し符号】

モーツァルトのピアノ・ソナタの楽譜を見ていると、繰り返しが多いですね。 CDを聴いていると、始めのほうは、符号通りに繰り返しをして、 後半は繰り返しを省略するという形が一般的のようです。それにしても、 なんでこんなに繰り返しが多いのだろうと思います。オペラの 「ドン・ジョバンニ」を観ていても、聴いていてもと言うべきなのか もしれませんが、何回も何回も同じ言葉が繰り返されます。それが、場面として 切羽詰まった状況のときにも、延々と繰り返して歌っていますから、 ああ、じれったいなと感じたりもします。けれども、朗々とした歌を聴くのが 楽しみの一つなのですから、先を急ぐ聴き方は、本来のものではないのでしょう。 でも、悠長だなとやっぱり感じてしまいますが。

それで、今練習しているk545のソナタ、もちろん繰り返し符号が付いていますが、 仕上げのときにも、繰り返しはなし、まぁ、実際問題として繰り返して弾く力量が ないということなのですが。だけど、どうなんでしょうか。音楽としては。 作曲家は、繰り返すことで何を伝えたいのかとも考えてしまいます。整理の つかないモヤモヤした気持ちを抱えながら、一方では、思うようには弾けない 現実と向き合っての練習です。私の場合は、音楽として弾くなんて無理かも しれませんし、ちょっとだけ、曲の雰囲気を味わっているというところでしょうか。

2.27.2009...【雪の降る朝】

みぞれ交じりの雨が雪に変わる頃、楽譜をリュックに詰めて出かけました。 外は、かなり冷え込んでいて、駅までのほんの10分程の間に、差している傘の淵には、 水滴となって落ちるはずの滴がゆるく凍り、小さなつらら状態になりました。駅の ホームでは、落ちてくる雪を飽かずに眺めている人たちも多かったです。 この辺りでは、雪が降るのは、やはり珍しいことですから。

さて、レッスンです。k545、第3楽章までの譜読みをやっと終えたところです。 この第3楽章、始まりは8分音符で、右手がミとソの3度重音のスタッカートで、 上の音だけ拾うとソ・ソ・ミときて、そのミのところで左手がラとドの重音で、 ド・ド・ラと入ります。ここからの9小節は、計3回曲の中に登場しますが、 ここの部分、弾いていると私には、小鳥が何羽かさえずりあっている ように感じます。屈託のない明るい調子の曲ですが、これが曲者(練習していると そんな気になります。)で、なかなか思うように弾けません。でも、これで第3楽章まで きましたので、あとはまた第1から落ち着いて練習できます。3月は、ずっとこの 545を練習する予定、今のところ。

1月から始まったモーツァルトのピアノ・ソナタ全曲演奏会(全4回)を聴いています。 ピアニストは菊池洋子さんという方。2回目は、先週の土曜日にありました。その時に k545も演奏されました。この演奏者は、すっかり音と遊んでいる、そんなふうに 感じました。演奏会では、プログラムの前半の曲には、68鍵のフォルテピアノが使用 されて、後半の曲はスタンウェイ・ピアノが使われています。それぞれの音色の違いも楽しめます。 それにしても、全曲演奏ってすごいことですね。この方の演奏、とても人間味があるような 感じで温かく、次回も楽しみです。

2.13.2009...【休みは1分間】

どんどん譜読みは進んでください。第2楽章の譜読みは終わり、来週には第3楽章に 進みます。と言っても第1楽章が弾けて上がりになったわけではありません。ひたすら 弾きこまなくては、先生の前で必ずとちります。少々のミスタッチなら、何の問題もない のですが、ありゃりゃ・・・、ハレホロヒレハレとなると、当然ながら見過ごされることも なく、「ハイ、もう一度復習」 ということになります。今週も、あと一歩というところで、 「もう一度」 の声がかかる結果になりました。練習が足りないのです。でも気がつけば、 いつのまにかトリルは打率が上がってきました。この第1楽章、繰り返しなしで弾くと、 私の場合、約3分間かかります。何回か通して練習するときには、1ラウンド3分として、 強制的に1分の休みをとります。(このやり方は、今読んでいるボクシングを題材にした 小説がヒントになりました。) 1分間何もしないのは、実際には長く感じますが、身体も回復しますし、頭の方もリフレッシュします。 休みを取らずに、だらだらと弾いていると、あまり効果も無く、疲れるばかりです。 どうしても、ギブアップしたくないので、後は、スタミナ勝負でしょうか。もうほとんど根性物語に なっています。けれども、ずっと昔から一度は弾いてみたい曲でしたし、それに弾いていて 嬉しくて楽しいのです。だから疲れることさえ除けば練習は、ちっとも苦ではありません。 第2楽章も、なんてきれいな音楽でしょうか。素敵です。

このところ聴いていたのは、セレナード第13番、ト長調k525「アイネ・クライネ・ ナハトムジーク」や、音楽の冗談、ヘ長調k522、それにディヴェルティメント ニ長調k136です。 このディヴェルティメント ニ長調はすごく気に入りました。清々しい気持ちになりますね。

1.30.2009...【目標、楽しいトリル】

ただいま、やさしいピアノ・ソナタ第15番を奮闘中。私にとっては、ちっとも易しく なんかありません。弾けば弾くほど、自分の欠点ばかりが耳につきます。一番の問題は、トリルです。 ちょうど、ツェルニーでもトリルを練習しているところです。このツェルニー、前は30番を練習 していたのに、付いていけずランクを落として100番を順番に見てもらっています。で、トリル、 きちっと左手で弾く音を聴いて、それに右手でトリルをかぶせていけばいいのに、かぶせる トリルの速度が変わると、字余り、或いは字足らずというように情けない結果になっています。 ソナタの15番の場合は、なるべくトリルを沢山入れてとおもっていると、今度は左手が、早々に仕事を 切り上げたりして、あれっ、まだ終わっちゃいけないのだけど、どうする? と、これまた気ばかり 焦って、結果を出せずという状態です。そんなわけでこのところ、タカタカタカ、トリルばかり。

でも、モーツァルトを弾くのに、トリルができないと、この先何も弾けなくなりますから、気を ながーくして、練習します。この曲、中学生でも結構苦労しているのよ。なんて聞くと、へー、そうなんだと 嬉しくなったりします(嬉しくなるこの気持ち、なんなのでしょう) 。なんだか中学生くらいだと、こういう曲はシャカシャカ、あっという間に 弾けたりするのではという先入観がありましたけど、そうでもないのですね。いつの日か、トリルが楽しいと 感じられるようになれたらいいのですけど。しかしこの第1楽章、弾いていると 言葉を掛け合っているようで、本当に楽しい曲です。 トリルが弾けて、すっきりとした気持ちになりたいものです。

1.16.2009...【ピアノ協奏曲第24番】

年が明けて、聴いていたのはモーツァルトのピアノ協奏曲第24番、ハ短調K.491です。 たまたまこの曲は、CDが何枚か集まってきて、聴き比べをして楽しんでいます。 各楽章の曲の終わりの前のカデンツァ、オーケストラなしのソロ演奏が当然のことながら、 各ピアニストによって違っていて、それがまた聴いていると一層楽しく感じます。 聴いてみたのは、内田光子、クララ・ハスキル、グレン・グールド(1958年のストックホルム での演奏と1961年のトロントでの演奏。私は、前者のほうが好きです)、それにエドウィン・ フィッシャー。どの人もきれいだな〜なんて聴いていましたけれど、中でもエドウィン・フィッシャーの 演奏には魅了されます。第2楽章は、泣きたくなってしまいました。

さて、今年初めてのレッスン。ピアノ・ソナタ第15番、ハ長調K.545の練習に取り掛かって います。音階を上がったり、下りたりするところ、よーく耳で聴いて弾くように注意を 受けました。沢山練習して、鍵盤を叩くのが精一杯の状態から抜け出したいものです。 ソナタの練習が始まって、嬉しさのあまり、ソナタ集の楽譜を買いました。


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