1月26日(水)

週休んだのが火曜日だったので、今週は7日連続で働いたことになります。前は5日働いたら2日休みの生活で、それでも週末にはくたびれていたのに、内容的には前の倍以上働いているうえに7日連続となると体が持ちません。仕事中も眠そうにしているのがバレたのか社長に言われました。「眠いときはこっそり寝といたらええんや。5分10分寝てみいな、すっきりするでえ。」相変らずいい人です。

ちの会社は、月末に次の1ヶ月分の休みが決められるのですが、「希望日ある?」と聞かれて「べつに・・・」なんて遠慮しようものなら、次の瞬間には社長の一存で決定するシステムになっているようです。その場合、2日行ってまた休みということもあれば、10日連続出勤ということも有り得るという過激なシフトが組まれるらしく、退職される先輩から一番最初に引き継いだのは「自分を大切に」ということでした。

の先輩の退職日も1週間後にせまり、今週は何かと忙しかったので日記の更新もままならず、気が付けばこの前更新してから2週間も過ぎてしまっていました。

ちの社長の日課はヤクルトで始まります。社長は月に2回やってくるヤクルトのおばちゃんと懇意にしていて、新しい種類が出たと聞くと真剣に説明を聞いているようでした。この前も、「乳酸菌が400億個」のヤクルトと、「乳酸菌の数は減るけど、その分ビタミンや鉄分などが増えている」ヤクルトのどっちにするかでかなり迷ったあげく、「400億個」のヤクルトに決めたのでした。

して夕方には必ず冷蔵庫に冷やしておいたチョコレートを食べています。この前も、私がお昼用にと冷蔵庫に冷やしておいたヨーグルトを取ろうとしたら、「ちょっと!そこのチョコレートはわしのやからな!」とすごい勢いで近づいてきました。社長は私の手がヨーグルトに触れているのを確認すると、「ああ、それはあんたのやな。そんならええんや。」とホッとしたようでした。普通の「ABCチョコレート」だったんですけどね。

月から事務所には社長と私の2人きりになることが多くなると思いますが、仕事の合間にこんな社長の様子を観察しているだけでも息抜きになるような気がしています。

1月12日(水)


記の更新が唯一の仕事だったような失業期間が終わり、就職してから1週間が経とうとしています。ですが社員8名の小さな会社のせいか、はたまた採用前から何回かバイトでお世話になったせいか、すでに3年は働いてそうな馴染み様だと自分では思っています。ただ単にふてぶてしいだけなのでしょうか。

き出してからは人並みに忙しい毎日を送っています。朝は随分楽になって、前に乗っていた電車より2本遅くて大丈夫なのですが、帰りは前と同じか遅くなったくらいです。家に帰って来て、ゴハンを食べて、ボケッとテレビを見ているともう11時、おっと寝る時間だ!というわけで、日記を更新する時間はどんどん無くなっていくわけです。じゃあ休みの日があるじゃないかといわれるとそうでもなく、週に1度の休みの日はココロゆくまで睡眠しなくては体が納得せず、放っておくわけにもいかないので、やっぱり時間が無いわけです。

こで仕方なく、今回も「週日記」とさせていただきます。


1月6日(木)
午後出社で入社式。年末のバイトですっかり面がワレているため、一応ケジメの挨拶だけで、簡単な自己紹介をすることもなく、早速仕事の引継ぎに入りました。3時になると早速「休憩」でした。毎日お菓子が出て30分くらい休憩できるみたいです。といっても私は午後出社。「来たばかりなので休憩はいいです」と言ってみましたが、社長命令には逆らえずシュークリーム2個のノルマを果たしました。そして早速残業でした。派遣社員のときは年間で6日間以外は定時退社だったので、なんだかウキウキ。新しいことを覚えるのはタイヘンだけど楽しくもあり、やることだらけで気が付くと定時を過ぎていたというかんじです。


1月7日(金)
今日からバーゲンのお店があり、前から狙っていた服を目指して会社帰りに行ってきました。しかしその服はすでに完売でした。悔しいので違うのを1枚買ってしまいました。就職したとはいえ、まだ収入のない私を、人で混み合うワゴンの最前線に送り込んでしまうとは、バーゲンってコワイ!


1月8日(土)
世間さまは3連休の始まりの今日、私は今日も明日も明後日も仕事なのでした。サービス業なので仕方ありません。今日は一日中帳簿とにらめっこでした。これは経理事務の宿命でしょうね。うちの会社の経理の仕事は全て手書きなので、目も手も腰も神経もけっこうやられてしまってぐったりでした。お昼とお菓子はしっかり食べたけど。帰るとき、社長がりんごを5個持たせてくれました。傷まないうちに食べられるかな。「北海道フェア」で欲張って買った、賞味期限12日までの「マルセイのバターサンド」もまだ10個残っているのに・・・。


1月9日(日)
この会社には「ひま」という時間はないらしい。休憩時間には「いただきもののお菓子を平らげる」というノルマがあるし。でも、前の会社で暇つぶしに何度もトイレに立っていたことを思い出すと、これは夢のような境遇なのかもしれません。今日は会社帰りにバーゲンをハシゴしました。この前完売だった服がどうしてもあきらめきれなくて。でも残業したし、もう無理かなと思って会社を出ると、お誂え向きにデパート行きのバスがジャストで来てしまったので、行かざるを得ませんでした。1件目のデパートに着いたのは7時過ぎで、7時半の閉店までさまよいましたが、目当てのものはやっぱりなく、2件目のデパートは8時までだったので、やっぱり8時までさまよいましたが、結局何も買わずに帰ってきました。京都市交通局を儲けさせてしまっただけでした。


1月10日(月)
殊勝なことに出社時間の15分前に到着してしまい、まだ開いてないだろうと思って近所を探検してから会社に向かいました。ドアを開けて、何やら様子が違うなと思ったら!!がーん!今日は「月曜日=掃除の日=15分前出社」なのでした。どうやらのんきに探検なんかしてる場合ではなかったようです。世間さまが振替休日だというので、今日が「月曜日」だという感覚はまったくなく、掃除のこともあっさり忘れていました。その結果、あろうことか先輩にトイレ掃除をさせてしまったのでした。それでも「私が昨日言うの忘れてたから」とかばって下さった先輩、あなたに付いていきます。


1月11日(火)
待ちに待った休日。目が覚めると11時でした。久しぶりのぐーたら生活の始まりです。今日は職安へ行って再就職手当の申請をするという大仕事がありました。これによって2ヶ月後、私は不敵な笑みを浮かべていることでしょう。失業して、離職票を提出してから3ヶ月以内に次の正社員の仕事を見つければ、失業保険に加えてさらにこの給付を受けることができるのです。今日は雪でも降りそうな冷たい風がビュービュー吹いていて、とても屋外にいられるような状況ではありませんでした。というわけで、今夜のメニューは「鯛鍋」。今年初めておこたを出して、暖房つけて、目の前には「鍋」。さすがに暖まりました。初めての休日は、あっという間に終わってしまいました。


1月12日(水)
失業してから2ヶ月目、待ちに待った1回目の失業保険給付の日。朝一番で銀行に駆け込みました。この給付金と今月のお給料を合わせれば誰もがうらやむニンマリ状態、といきたいところでしたが、「人生プラマイ0」がモットーなので、収入はおろか貯金1円すらなかった失業生活中のツケはこれから返していかなければなりません。このお金は早、速滞納していた「国民年金」の振込と「国民健康保険」の振込と今月末に支給される定期代の立替と光熱費に当てられました。こうして失業給付による成金通帳は一瞬にして元の私の平凡な通帳にもどり、元通りの平凡な日常が約束されたのでした。ウレシイような、カナシイような。

1月5日(水)


けましておめでとうございます。今年も「歩美の日記in京都」をよろしくお願いします。

うとう2000年が始まりました。掲示板を見てもらうとわかるように、私は1999年23時59分までパソコンに向かっていました。はっと気が付いて時計を見たときにはカウントダウン10秒前でした。なんとか間に合ってよかったです。毎年カウントダウンなんかしたことないのですが、やっぱり2000年を迎えるとなると気合いが違います。外に出ると近所のお寺の除夜の鐘が響いていました。

12月30日(木)
夕方、新幹線で京都を発ちました。博多方面は「帰省ラッシュ」の言葉通り満席のようでしたが、東京方面は自由席でも座れたくらい空いていました。名古屋駅に着くとすっかり様子が変わっていました。名古屋初登場の高島屋のOPENは3月中旬ということでしたが、完成したセントラルタワーズとかいうツインビルは地上51階かなんからしく、まさしくそびえたっていました。

12月31日(金)
朝から母と一緒に台所に立ち、おせち料理を手伝いました。午後から幼稚園からの友達とdenny'sで会い、3時間近く近況報告や思い出話に花を咲かせました。帰るときになってお財布を忘れてきたことが判明し、おごってもらってしまいました。・・・わざとじゃないよ。夜は隣の親せきの家に一族が集い、一緒に年越しをしました。ここで3つ年下の従姉妹が結婚宣言。ショックを受けていると52歳で独身の叔父が「大丈夫だ、オレがいる!」とフォローしてくれました。安心していいのでしょうか。2000年を迎えて初詣に近所の神社へ出かけることになり、すでにベロンベロンに酔っ払っている父親に声をかけると、返事は「おとうさんは2000年問題で故障中〜」でした。かなりゴキゲンだったようです。

1月1日(土)
昨夜酔いつぶれていた父がすっかり元気を取り戻し、8時頃から「腹減ったー!」と言って家族を起こしにかかりました。家族は3時過ぎに寝たので睡眠不足でしたが、家長にはさからえず、寝ぼけマナコでお屠蘇とお雑煮をいただきました。楽しみにしていた年賀状、結婚式や子どもの写真付きを何枚かもらってしまいました。そういうお年頃らしい。夕方からイチローの新居経由で名古屋の親せきの家に行くと、そこでも同い年の従兄弟が妊娠5ヶ月の奥さんを紹介してくれました。おいおい。

1月2日(日)
母と近所のショッピングセンターへ出かけました。福袋は買わなかったものの、ジャケットやセーターなど久しぶりに衣料品を購入し大満足でした。家に帰ってお昼ゴハンを食べながらテレビでラグビー観戦。テレビをつけたときは前半終了10分前でリードしていたのに、つけてからは相手に点を取られ、逆転され、追加点を入れられ、負けてしまいました。久々の4強で緊張していたのか、ミスが多かったような気がします。残念。夕飯は祖父母と独身の叔父を招いて、父が会社の人にいただいた松阪牛でスキヤキでした。ウマすぎました。

1月3日(月)
今日は母が40年ぶりの同窓会で朝から留守でした。私は父がゴルフの練習に行っている間にヨロヨロと起き出し、12時前に弟を起こし、父が帰ってきてからお寿司を食べに出かけました。これまでは私が「一人暮らし」というだけで、実家に帰ったときにはたっぷり栄養補給させてもらっていましたが、今回はそれに加えて「失業中」ということで、顔を見ては「顔色が悪い」、髪を見ては「ツヤがない」と健康状態を気にかけてくれていたようで、私が無邪気に「お寿司が食べたい」と言ってみたところあっさり実現したのでした。言ってみるもんです。向かったお店は市場の中にある「廻店寿司」でした。といってあなどってはいけません。市場の中だけにネタは新鮮で大きく、そのおいしいことといったら食べた瞬間顔の筋肉が一斉に緩むほどでした。そして人生で初めて「大トロ」「中トロ」をいただきました。お父さん、ごちそうさま。

泊5日の実家暮らし、久々にピアノが弾けて、おいしいものをいただいて、親せきの元気な顔も見れて、とっても楽しかったです。実家で過ごした年末年始。5日も滞在するのは1年に1回だけなので、京都に戻るときはさすがにちょっと寂しくなってしまいました。「家族」ってやっぱりいいもんです。