8月28日(月)


族旅行のレポートの続きはまた今度にするとして、年末以来半年ぶりの当HPオフ会の模様を先にお知らせしようと思います。後回しにした時点であのレポートは前半で終わり、ということになるかもしれません。私だけに・・・。

て、28日。掲示板の常連さんで関東に住むなぎちゃんが、用事で広島→大阪へやってくるという情報が入ったのはいつだったか。都合のよいことに次の日が休みだった私は、滅多にないチャンスだし、せっかく大阪まで来るのならぜひ京都へも!!と緊急オフを呼びかけたところ、思いっきり週明けの月曜日にも関らず、かんのさん、davisさん、ヨウコウさん、ホエ☆さんが集まってくれました。

ち合わせ場所は四条の「南座」前。平日のせいか、待合せのメッカにしては人もまばらでした。なぎちゃんとは初対面でしたが、大きな荷物を持っているに違いない!と目星をつけて向かったところ、案の定足元に大きな荷物を置いた女の子を発見。なぎちゃんでした。それから10分ほどしてメンバーは1人また1人と集結し、仕事で遅くなると言っていたdavisさんを除く5人で、予約をしておいた「ぎをんまんざら」へと向かいました。

のお店は、つい最近までお茶屋さんだった建物を、居酒屋グループの「まんざら亭」がほとんど手を加えずに使っているとのことで、場所も花街・祇園宮川町のド真ん中にありました。一力亭のある花見小路を曲がると四条通の喧騒がウソのように静かで、軒先の提灯がほのかに明るいほかは街灯やネオンはほとんどありません。集団でわらわらと歩いているのも私たちくらいでした。

れでも私が京都に来たばかりの頃、ミーハー気分で舞妓さんを探して徘徊していた頃に比べると、お茶屋さんを改造してカジュアルな雰囲気にしたお店は確実に増えていました。

て花見小路を進むにつれ、ひとつの事実に直面しました。実はお店の正確な場所を知っている者は誰もいなかったのです。私は自分が人並み外れた方向感覚の持ち主であることをいまだに理解できていないらしく、簡単ながらも雑誌に載っていた地図を“持っている”というだけでもうわかったつもりになっていました。果たして一向は道に迷いました。

「まんざら、まんざら・・・」と唱えながら目印だという提灯を探していたところ、前を歩いていた40代くらいの男性がふと立ち止まって振り向き、「君ら、『まんざら亭』を探してんのか?それやったらここをどんつきまで行って左へ曲がったとこやで」と教えてくれました。道を教えてくれたことに感謝しながらも、「なんでそこを探してるってわかったんですか?」と聞くと、「さっきから『まんざら、まんざら』言うてんのが聞こえるから」とのこと。静かな路地でいつまでもブツブツ言って迷っているでシビレを切らしたのかもしれません。親切な方でした。

かし、いくら祇園が狭い街とはいえ、路地が多くて行き止まりも多いのに、新しくできたお店がどの道を曲がったところにあるかまで知っているなんて、きっとあの人は毎日このへんで遊んでいるに違いない、どっかの社長か2代目のアホボンか、どっちでもいいからパパになってほしい、などと失礼なことを言いながら教えられた道を進んでいくと、あっさり違うお店の前に出ました。たしかにそのお店も、「お茶屋さんを改造した居酒屋特集」に載ってたお店だったけど。

間もどんどん過ぎていくので、あきらめてお店に電話をしたところ、道を1本間違えて曲がっていたようでした。やっとたどり着いたお店は、そんな至近距離で教えてもらっても通り過ごしてしまいそうなほどわかりにくく、足元に小さな字で「まんざら」と書かれた提灯が置いてあるのみでした。お向かいや隣は現役のお茶屋さんで、雑誌で値段を見たのでなければ間違っても入る勇気なんてない雰囲気でした。

話をした後だったので、手動の戸を開けると店員さんがすぐに出てきて応対してくれました。こんなお店で着物を着た人が出てきたりして、いかにもなかしこまった接客をされたらドキドキしてしまうところでしたが、店員さんたちは同年代っぽい女性が多く、気さくな雰囲気ではあるけれども、礼儀はわきまえていて、とても好感が持てました。

階はカウンター席とテーブル席が2つ見え、奥にも席がありそうな雰囲気でしたが、そんなに広くはなく、こじんまりとしていました。私たちは6人で予約していたので2階のお座敷へ通されました。お座敷は階段を上がってすぐの板の間を挟んで2間あり、1部屋は私たちがまるまる使って、向こう側の1部屋は間仕切りが置かれて、4人ずつの2グループが使っているようでした。

屋には額縁がひとつ飾られているほかに飾りもなく、障子がはめ込まれたガラス戸の向こうは縁側になっていて、窓にはすだれがかかっていました。お茶屋さんだった頃には、酔ったお客さんが窓の縁にもたれ掛かって風に当たったりしたのかななんて思いながら、部屋のあちこちを見回していました。

み物を迷っているうちにdavisさんから連絡が入り、全員揃って乾杯ができました。飲み物はビール、ワイン、ウイスキー、焼酎、カクテル、日本酒と揃っていましたが、一同揃って興味をひかれたのは日本酒リストの一番上にあった、その名も祇園にふさわしく「秘めごと」一合1000円也。チャレンジャーはいませんでした。

ニューはその日のおすすめが30種類ほど書かれているほかに、素材別に5・6種類ずつあって、どれもおいしそうなものばかり。雑誌に載っていた「1品500円〜」はウソではなく、ほとんどのものが1品1000円以下でした。そういうものしか目に映らなかったのかもしれませんが・・・。

ーダーしたのはウニの乗った「組み上げ湯葉」、ナマのささみを使った「ささみのおろしポン酢和え」、揚げたてホクホクの「ポテトコロッケ」、とろけそうな「シマアジのお造り」、「砂ずり」「もずく」を2つずつくらいといったところで、チェーン店らしくどこにでもあるようなメニューなのですが、場所のせいか、メンバーのせいか、本当においしいのか、とにかくどれもほんとにおいしかったです。今思い出すとそれほど食べていないのですが、予算「1人4000円程度」でいけるかどうか、幹事としては不安なところで、不思議とビール1杯でおなかいっぱい、胸いっぱいなのでした。

料理をいただきながら、話題は本日の主賓であるなぎちゃんを中心に盛り上がっていきました。なぎちゃんは掲示板では天然ぶりがアピールされていますが、私と違ってボーッとしているわけではなく、サバサバして快活な女の子だなと思いました。なんであんな天然な書込みをするのか意外なくらいでした。ホエ☆さんは未来のマンガ家さんに書いてもらおうと色紙を持参していました。あとは音楽の話、釣りの話、プロレスの話などなど、みなさんの多彩な話題が一番のごちそうでした。

んな幹事思いのみなさんのおかげで、会費は予算を下回る1人3000円で済みました。でもおなかが満足しているのは幹事だけだったようで、お店の前で店員さんに記念撮影をしてもらってから、木屋町のラーメン屋「大豊」へ向かいました。チャーシューとスープのウマさ、それと麺のからみ具合や硬さが相変らず絶妙で(って私は何者?)、「もう何も入らない」といっていた私のおなかも、あっさりミニラーメンを平らげたほどでした。

の後勢いでカラオケへなだれ込み、サザンの「ホテル・パシフィック」やブームの「島唄」でdavisさんの美声にひとしきりシビれたあと1時間でお開きとなり、ヨウコウさん、davisさんとはそこでお別れしました。davisさんにはぜひなにかのオーディションに出られることをオススメします。

の晩、なぎちゃんがうちに泊まることになっていたので、カラオケのあと、時間に余裕のあるかんのさんとホエ☆さんを招いてうちでトランプを始めました。暗黙の了解のうちにゲームは何十回も繰り返され、一睡もしないうちに始発のバスで帰るかんのさんをお見送りする時間になりました。勝者は初心者のなぎちゃんでした。

徹夜で5時間もトランプするなんて初めての経験でした。だいたい、普段から夜型に馴染んでいる3人とは違い、遅くても12時には寝ている私が徹夜すること自体学生時代以来のことかもしれなくて、途中で何度も寝そうになり、しまいにはなぎちゃんにも「眠そう」と心配される始末。お見苦しいところをお見せしました。

ぎちゃんはそれから約5時間の睡眠のあと、ホエ☆さんと京都駅を観光され、新幹線で帰って行かれたとのことです。

いうわけで、回を追うごとにダイナミックになっていく気がする当HPのオフ会。次は参加者全員が拙宅で徹夜トランプと相成るのでしょうか?!次回はよりたくさんの方の参加をお待ちしています。参加者のみなさん、どうもありがとうございました。

8月20日(日)


10日ぶりの更新です。ああ、一体どこが「週に何回か更新してい」るんだろう。日記コーナーのindex書きなおさなくちゃ。

て、6連休という比較的長い夏休みをいただいて、そのわりには3泊4日で実家に帰ってきました。この10日間のことをちょっとまとめておこうと思います。

8月12日(土)
鈍行で帰ろうか、新幹線で帰ろうか迷いましたが、結局新幹線で帰ることにしました。しかし帰省ラッシュのピークだけあって、やっと見つけた席は喫煙席。ドアが開いた途端に煙のニオイが・・・。でも座席には替えられず、空いていたその窓側の席に座りました。隣に座ったお兄さんは机の上にフィリップ・モリスのタバコとライターを用意していたものの、しばらくの間本を読んでいたので、「気を遣ってくれてるのかな・・・」とかなり好感を持ち、思わず話し掛けそうになりましたが、米原を過ぎたあたりであっさりタバコに火を点けて吸い始めました。名古屋駅に着くまで私もおこぼれの煙を吸うことになりました。「喫煙席」だから仕方ないけど。

最寄り駅に着くと、弟と東京から来てくれたいとこが車で迎えに来てくれました。いとこたちは、11日の夜に東京を出発して12日の朝にうちに着き、お昼過ぎには滋賀へ向かって発つというハードスケジュールでした。私が帰るのを待ってくれていて、家に着くや否やみんなでお昼ゴハンを食べ、1時間いるかいないかで旅立っていきました。おつかれさまでした。

さて、もうすぐうちに来て11年になろうかという愛犬ハチは、今回も私のことを覚えているようで、気まぐれに「ハチ!」と呼びかけると、だるそうにこっちを向いてしっぽを振るのでした。うーん、老けたとはいえカワイイ。しかし、元々イヌがコワイ私はそんなふうに愛敬をふりまかれてもハチに触れることができませんでした。呼ばれたハチもうんざりしていることでしょう。もうかれこれ8年近く触ってません。いつ何時ヤツの気が変わって噛まれるかもしれないと思うと・・・。こういうときライオンに指をちぎられても撮影を続けられるムツゴロウさんってすごいなと思います。

この日はすぐに隣に住む祖父母の家に行って、仏壇にお参りして夕飯まで長話をしました。おみやげに持って帰った「鶴屋吉信」の冷やしていただくお菓子が大好評で、私も一緒にいただきました。うちの父が和菓子屋さんに勤めているため、実家でよそのお菓子を食べるのはとても勇気がいることでした。でもそのお菓子はあまりにおいしそうで自分が食べてみたくて、でもさすがに実家には持って帰れなくて、祖父母を巻き込むことにしたのです。お父さんゴメン、おいしかった。

そのあと家でご飯を食べて、寝るまで母の話の聞き役でした。母はごく身近な人の非常識ぶりに普段から相当腹が立っているらしく、父に話すだけでは物足りないのか、家中の窓全開なのに夜遅くなっても話が尽きることはありませんでした。これは私が帰省した時の恒例行事になっているようです。

8月13日(日)

朝起きると家族は誰もいませんでした。父親は仕事、弟もバイト、母はエアロビクスに行ったようでした。私はのそのそと起き出して用意してくれていた朝ゴハンを食べ、突然誰かが来ても困らない程度に身繕いをし、お昼過ぎまでピアノに耽りました。帰省するたびに新しい曲に手を出しては最初のとこしか弾けないうちに京都に戻ってくるので、8年経っても最初のとこしか弾けません。

午後からは祖父母の家へ行って、高校野球を見たり、古い写真を見せてもらったりしました。そのまま晩まで居座り、その日はうちの家族も一緒に祖父母の家でウナギとサンマの炭火焼を頂きました。その間、私は右腕だけでも13ヶ所蚊に刺されましたが、被害に遭ったのは私だけのようでした。母に訴えると「新しい血が来たから珍しいんだわ」と軽くあしらわれました。そんなもんかい。

8月14日(月)

昨夜の炭火焼のときに、お酒が入った父と父の弟の叔父たちが勝手に決めたらしく、朝起きると祖父母とうちの家族4人と叔父2人で飛騨古川へ行くことになっていました。出発予定は8時でしたが、なにせ朝が早い祖父は7時半頃から「行くぞ!」と言ってインターホンを鳴らしました。30分前は常識のようです。

新しくできたという東海・北陸道を通って桜で有名な「荘川」という所で降り、そこから飛騨高山を通り過ぎて延々と下道を行ったところに古川がありました。家から4時間かかっていました。途中軽い渋滞があったとはいえ、「2時間半もあれば行ける」という父の計画はかなり楽観的だったようです。

私たちはともかく、祖父母はずっと座りっぱなしでさぞ機嫌が悪いだろうと思いきや、途中で寄った「道の駅」に野菜の直売所があり、ご当地の名物野菜がいろいろ入って1袋100円というのがあって、農業の祖父は思いっきり興味を示して3袋も買い込んでゴキゲンでした。うちの母や叔父達も買ったので、直売所のおばちゃんは気をよくしたらしく、お店の前で水に浸してあったトマトをいくらでも食べていっていいことになりました。私たちは遠慮も無く1人ひとつは食べた上に、母はおみやげと称していくつか袋に詰め込んでいました。その間私と弟は、高山地方の名物「さるぼぼ」に変装した飛騨限定バージョンのキティちゃんを見つけ、おみやげを買い求めていました。

古川は高山の小型版、または「高山みたいになりたい街」というようなかんじがしました。どちらにしてもまだ街作りの途中のようでした。とにもかくにもお昼を過ぎていたので早速食事することになったのですが、初めての街でガイドブックも無いのでなにもわからず、祖母の足が悪いこともあって一番近くにあったお店に入ることにしました。

そのお店は叔父が見つけて最初に入ったのですが、後から入ってきた弟は「あの人、タバコ吸いながら料理してるよ。魚も通路に置きっぱなしだし」と不安げに言っていました。通された席は8人が横並びのカウンター席でした。無言で食べるしかありませんでした。飛騨牛焼き肉朴葉(ほうば)みそしか無いようなメニューの味の方は、いくら観光地とはいえ法外な値段を払った上、その日の旅が終わるまで一同をして「この先どこで食事しても『あそこよりはマシだったね』って言えるね」と言わしめるほどのものでした。

しかも手伝いに出てきたその家の息子は、飛騨牛がそのまま直立歩行しているかのような肉付きのよさで、食器を洗いながら泡だらけの手でお茶を汲んでくれるような人でした。「俳優の中尾彬さんが来たことあるんですよ〜」と得意げに話してくれましたが、さしもの中尾彬もビックリしたことでしょう。それでも古川の街自体は、白壁の土蔵とすぐ横を流れる鯉が泳ぐ川が美しく、城下町の萩・津和野を思い出させたりもしました。

こまで書いてきましたが、ああ長い。長すぎる。最初は1日2・3行で終わるくらいの日記にしようと思っていたのに、書き出したらどんどんいろんなこと思い出して・・・。夜10時半に書き出して11時にはアップするつもりがもう12時です。というわけで、14日のことはもっと書きたいし、京都に帰ってきてからのことも書きたいので、続きはまた今度書くことにします。

8月10日(木)


日の夜、仕事帰りに新選組で有名な壬生寺(みぶでら)の「六斎念仏」というのを見に行ってきました。会社でラジオを聞いていたら、これが行われるのは迎え火の昨日と送り火の16日だけだというので、急に見てみたくなったんです。

ってみると境内には舞台が特設されていて、町内会の子供からお年寄りまで男の人が揃いの浴衣姿で舞台に上がって、太鼓や鐘や笛を鳴らしながら踊っていました。いくつかあった出し物の中で、舞台に上がっている男の人たちが、笛と鐘の音に合わせて入れ代わり立ち代り、途切れることなく太鼓を打つ「四太鼓」というのがあったのですが、小学生の男の子や、茶髪で長髪のお兄ちゃんが実はすごい上手だったりして、これが一番迫力があってよかったです。境内にはビデオやカメラを手にした人たちが舞台の周りに集まっていました。

して今日は六道珍皇寺で行われている「六道まいり」へ行ってきました。去年の冬に小野篁(たかむら)が冥界へ通っていたという井戸を見に行った時は、ほんとに穴場というかんじで静かなものでしたが、今日はお寺へ続く坂道の両側にたくさん露店が出ていて、この暑いのに家族連れやお年寄りで賑わっていました。

寺の境内でもお盆用のお花や薪が売られていて、突き当たりの本堂ではお坊さんがずらりと並んで座って塔婆書きをしていました。一名300円でした。ご先祖様をお迎えする鐘のところには行列ができていて、ひっきりなしにごぉーん、ごぉーんと響いていました。私も並んで鐘を撞こうかと思いましたが、ご先祖様を呼び出してみたところで何の準備もしていなくて怒られそうなので止めておきました。

の前行った時にはお堂の扉が閉められていて、隙間からしか覗けなかったえん魔様と小野篁の像も、今日は扉がすっかり取り払われて思いきり日の目を見ていました。暗いところで見るとえん魔様のギョロっとした目が怖かったけど、明るいところで見た今日はそれほどでもありませんでした。最近後ろめたいことがないせいかもしれません。それに普段は見学するのに予約が要るらしい「極楽地獄絵図」も今日は出血大サービスで見られ放題になっていました。お盆の間、朝6時から夜11時まで営業するらしいので、えん魔様も地獄絵の中で釜茹でにされたり針山に落とされたりしている人たちも大変だなと思いました。

まけに近くの五条坂では毎年恒例の「陶器まつり」が行われていて、ちょっと通っただけですがこちらもすごい人でした。「陶器まつり」というからにはもちろんお茶碗やお皿や花瓶なども売られていましたが、露店の定番「りんご飴」「広島焼き」「ロンドン焼き」「かき氷」なんかもたくさん出ていて、思っていた以上に楽しそうでした。

明後日から、私は6日間のお盆休み。久しぶりで実家へ帰ってきます。みなさんもよい夏休みを。

8月7日(月)


れ馳せながら、今日初めて新500円硬貨を見ました。巷で「浮き出る」と言われていた意味がやっとわかりました。硬貨に刻まれている「500」という文字の両方の「0」の中に小さく縦書きで「500」という文字が刻まれていて、硬貨を傾けるとその文字が浮き出てくるということだったんですね。また手の込んだことを・・・。ちなみにまだ2000円札は見たことありません。どんなんなんだろう。

れと、今日生まれて初めて100万円の札束に「帯」がかかったやつを持ちました。ああ、どこかにあんなのを胸ポケットからスッと出して置いていってくれるパパはいないものかしら・・・。

、その札束を入金するという大役を仰せつかった私は、勇み足で近くのATMへ行ったわけですが、そこには1匹の大きながいて、5分と経たないうちに首と腕と足を刺すという、人様を人様とも思わないような大胆な刺しっぷりだったので腹が立って、隣に人がいなくなるや一撃でやっつけてやりました。普段はトロいと言われる私も、こういう時は驚くほど素早く行動することができるようです。きっと防犯ビデオにはその勇姿がしっかりと映っていて、銀行の人も「あっぱれ!」と思っているに違いありません。

んなわけで蚊をやっつけて自信満々で会社へ帰った私は、向かいに座っていた後輩に早速その一部始終を報告したのですが、帰って来たのは「へえー」の一言でした。まだまだ教育が足りないようです。

方、帰ろうとするとすごい勢いで雨が降り出し、雷もゴロゴロドドンとどっかに落ちていたので、傘もないし止むのを待っている間に8時になってしまいました。ちゃんと仕事してたんだけど、社長ってば残業手当つけてくれるかな。いっつも気分次第だからな。

なみに、そのどっかに落ちたらしい雷は京都御所の松の木に落ちていて、20歳のカップルがケガをしたらしいです。くわばらくわばら。