5月20日(日)

久しぶりの更新で長くなりました。


日は五月晴れの一日でした。なんといっても最高気温32℃。これって夏以外のなにものでもありません。なんだかまるで春は無かったみたい、冬の次は夏になってしまったような気候です。これで突然大雨が降ったり止んだりしだしたら、まさしくスコール。日本はどんどん東南アジア化していく模様です。

の前の休みの日に、日帰りで父と母が京都にやってきました。母は2週間ほど前に来たばかりでしたが、父とはお正月以来。名目は毛布やらセーターやらの冬物を引き取りに来てくれるということだったのですが、3人とも数日前から観光気分満々でした。久しぶりにガイドブックを広げて、お店やらお寺やらを吟味してみたものの、やっぱりたどり着いたのは馴染のあるお店にお寺でした。

時に家を出たという両親と、お昼を当てにして朝食を抜いた私は空腹という点で即一致団結し、京都タワー前で待ち合わせして、一路「がんこ二条苑」へと向かいました。

日に予約を入れようとしたところ、大文字の見えるお茶室はもう予約でいっぱいとのこと。しかも予約の場合は\2,800〜の特別懐石以上を注文しておかないといけないというので、定食なら\2,000以下からあるし、しっかりごちそうになるつもりの娘は、親を案じて予約はしないでおきました。平日のせいもあってか、行ってみると予約客ばかりで待っている人はいませんでした。

内係は着物姿のお姉さんでした。彼女はまず父に向かって「5月から川床のお席も設けておりますが、どうなさいますか?」と訊ねました。すると、床なんて一生縁がないと思っていた父が嬉々として「じゃあ川床にするか?」と言い、母も「せっかくだしねえ」と乗り気です。二人して私の顔を見るので、一瞬「ここは私持ちなのか?!」とドキドキしましたが、母がまた「たまにはいいよね、お父さん」と父に確認したので一安心。

「じゃあ床で」と私が言うと、お姉さんは私が主導権を握っていると思ったらしく、今度は私に向かって「床の場合はお料理を決めさせていただいております」といってメニューを開きました。そこに写真付きで登場したのは、なんとお昼から\3,800という庶民の敵、「せせらぎ」という名の抹茶・お菓子付きのミニ懐石でした。先に床を選ばせておいてそう来るか!とがんこの仕打ちに青ざめながらも父を見ると、父は瞬きもせず私を見ていました。3人で顔を見合わせること数秒後、父がまだ瞬きもできないまま、「それでけっこうです」と言いました。

姉さんが去ってから父が、「泊まったと思えば安いもんだ」とポツリ。私はいろんな意味で涙が出そうでした。とはいえ、悲劇を一瞬にして乗り越えた似た者親子は、次の瞬間には憧れの「床でごはん」に浮き足立っていました。その日も外は暑くて、いくら床といえど暑いのは覚悟しようと思っていたのに、案内された席は別世界のように風通しがよくて涼しいのでした。

は「この床は先斗町の方に出ている床と同じなんだよな?」と言葉を噛み締めるようにして言いました。向こうは席料を取るところからして違うけど、まあ同じ鴨川の支流(?)に張り出しているという点では確かに同じなので「そうだよ」と答えておきました。父は端まで歩いて行って戻ってきたり、下を歩いているギャルに微笑みかけたりと、かなりはしゃいでいました。

料理はおぼろ豆腐に始まって、湯葉やら生麩やら、京都を意識した内容でした。値段の割にどれもおいしくて、おなかもいっぱい。最後に出てきたお菓子がどら焼だったというのは、どら焼屋(?)に勤める父としてはどうだったのかわかりませんが、ともかく親子は大満足でした。父は記念に写真を撮ろうと言い出し、どうせだったら暗くなるまで待って、夜に床で食事をしたことにしようかなんて悪どいことを言い出す始末でした。

記のつもりが長くなってしまったので、珍道中の続きはいずれ別コーナーにアップしようと思います。がんこを出てからは、一度行ってみたかった鷹峰の光悦寺へ向かいました。光悦寺へ行ったなら、向かいにある源光庵を素通りできるはずもありません。母は前にどこかで「悟りの窓」の写真を見たことがあってずっと気になっていたらしく、思いのほか喜んでくれました。私も久しぶりに帰ってきたような気分でした。欲をいえば常照寺も見たかったのですが、時間の都合で次回のお楽しみになりました。

局、今回のメインであったはずの冬物引き取りは最後に回され、しかもうちの近所に駐車場が無いことから、少し離れた路上に停めて、1人ずつ見張りで残りながら荷物を運ぶことになり、父が1年ぶりに娘の部屋を訪ねたというのに滞在時間は1・2分でした。この日は新人研修で湘南へ行っていた弟が帰って来る日だったので、二人とも渋滞を気にして早目に帰っていきました。

んだかこう慌ただしく別れると却ってしみじみする間もなく、後に残ったのは「床でごはん食べた」というシアワセな記憶だけでした。そして次は真夏の貴船へ誘ってみようかと、新たなる「床」計画に燃える娘は「また来てね」と両親に電話し、一歩を踏み出したのでした。