1ヵ月以上更新しないのなんて当たり前かのような日記になっていますが、1月16日で開設2周年を迎えるので、その前にひとつでも多く更新しておこうと思い立ちました。
まずはお正月らしい話題をひとつ。先日遅めの初詣に八幡市にある石清水八幡宮へ行ってきました。八幡市も同じ京都で、方角でいうと京都市の南になります。八幡宮というからには(?)、源氏の守り神であり歴代将軍の崇拝も厚かったということですが、それより何より私の印象に残っているのは、中学の頃教科書に載っていた「徒然草」の「仁和寺にある法師」の段です。
京都の仁和寺のお坊さんがはるばる石清水までお参りに行くんですが、本殿の手前にある社を拝んだのにそれを本殿と思い込み、ほかの参拝者が本殿を参りに山を登っていくのを見ても「自分は目的を果たしたんだから余計なことはしないで帰ろう」と帰ってしまうという話です。兼好法師は「何事にも先達はあらまほしきことなり」と結んでいます。うーん、懐かしい話だ。
市内から京阪電車に乗って「八幡市駅」で降りるのですが、平日の昼下がり、乗客もまばらで静まり返った車内で、異彩を放つカップルが目の前におりました。彼らは3人掛けの座席に今にも重なって倒れ込みそうな勢いでひっついており、年の頃20代前半らしいスッピンの彼女の足などは、靴を履いたまま座席に投げ出されておりました。
彼らはお互いを「チヨ」「ピョン」と呼び合い、伏見稲荷へ初詣での帰りらしく、ヘビのマークが入った破魔矢をくるくる回しながら、周りを意識してかどうかこれまで行ったホテルの批評とお互いの寝姿その他について大いに盛り上がっておりました。どうやらチヨはピョンを尻に敷いているらしく、チヨが何を言ってもピョンは頷くという関係のようでした。私は視線を別方向に定めながらも耳は思いっきりダンボ状態にして二人の会話に集中していました。2人は八幡市駅よりもさらに向こうへ行くらしく、途中で降りなければならなかったのが残念なくらいでした。
さて、八幡市駅で降りると石清水八幡宮のある男山の山頂まではケーブルカーでも行けますが、若者の代表としては歩いて登ろうと心に決めていました。登山コースは2通りあって、ゆるやかな表参道コースと「いかにも山道」なコースがあるということで、迷わずゆるやかな表参道を選びました。だって女子だし。
驚いたことに、仁和寺の法師が本殿と間違えた高良神社というのは一の鳥居をくぐって5分もたたないところにありました。しかもさすがに当時とは変わっているだろうけど、「いくらなんでもこれは本殿じゃないでしょう」というくらいの質素な、これといって飾りもないお社でした。
これを本殿と間違うなんてアホじゃないかと思いながらも、昔はもっと立派だったのかもしれないとか、ひょっとしたら法師は石清水をバカにしていて、洛中で立派な神社ばかり見ているので、こんなところにそんな立派なものはないと思ったのかもしれないとか思ってあげることにしました。このアホっぷりがどうにも他人事とは思えなくて。どっちにしろ、山道を登って行く人たちが大勢いたわけだから、「どこへ行かれるんですか?」くらい聞いてみてもよかったんですよね。私だったらそれくらいはするでしょう。
そんなことを考えながら山道を登ること約20分。平日の夕方近くにもなれば、参拝客もほとんどおらず、歩いているのは多分毎日そこを散歩のコースにしているだろう地元のお年寄りが数人でした。若者の私でも息が切れるくらいの、ひたすら階段の続く登り坂を、私と変わらないスピードで1歩1歩登って行かれるのはすごいなと思いました。もし年を取った私なら、きっと高良神社までを散歩コースにすることでしょう。
本殿の階段の両脇には、屋根より高い神矢がそびえていました。本殿の隣では雅楽が演奏され、巫女さんが鈴を持って舞を舞っており、頭を下げてお祓いを受けている家族もいて、そこだけ「初詣」な雰囲気でした。気分をよくしておみくじを引いたところ、「末分」とかいう運勢で、しかも小さく「下降運」と書いてありました。私は4年ほど前に伏見稲荷で世にも珍しい「大大吉」を引いたことだけを心の支えに、その「末分」のおみくじを枝に結んできました。
学生時代からお正月の三ヶ日はいつも地元で過ごすので、8年も京都に住みながら平安神宮も八坂神社も伏見稲荷の初詣も知らないんです。ほんとは大晦日のおけら詣から徹夜で参加したいくらいなんですけど、お正月に家族が揃わないと父がスネるし、私も寂しいし。いつか京都で初詣できる日が来るとしたら、その時が本当に「京都の住人」になった日なのかもしれません。