12月の日記 vol.1



12月16日(木)

日受けた会社が不採用だったので、今日はたくましくも早速ハローワークへ行ってきました。

付で番号札をもらってタッチパネル式のパソコンで求人検索をするのですが、
我ながら2回目にしては手慣れたもので、新参者とは思えない使いこなしぶりでした。
100台あるパソコンはほとんど満席で、新卒っぽい学生さんもいれば、
幼稚園くらいの兄弟を連れた若いお父さんや、高い席で威張ってそうな50代くらいのサラリーマン、
疲れたような中年のおばちゃんなど、いろんな人が集まっています。
いざとなれば帰る家がある私とは違って、小さい子どものある人や、家のローンが残っている人、
子どもが大学を受験する人なんかもいるだろうに、いったいどんな気持ちで仕事を探しているんだろうと思うと、
失業したとはいっても私は全然幸せだなと思います。

日は初めて仕事の紹介をお願いしました。
パソコンで検索をした中から条件の合うものをプリントして、二つだけ選んで紹介状をもらうことができるんです。
30分ほど順番を待って案内された所へ行くと、30代くらいの「ふとっちょさん」が応対してくれました。
こちらが選んだ会社にすぐに連絡を取ってくれるのかというとそうではなく、
求人票に書かれた条件を1つずつ一緒に吟味していってくれるんです。
アドバイスの内容も「こういう仕事でこれだけお給料を出すということは…」とか
「ここには書いてなくても暗黙の了解があって…」とか聞いといてよかったと思うことばっかりで、
よく公務員は無愛想だなんて聞くけど、
ハローワークの人といい、保険の切り替えをしてもらった区役所の人といい、
今のところいい人ばっかりに当たっています。
そんなこんなでようやく1つに絞って会社に電話をしてもらって、面接の日程を決めて、
紹介状をもらって、30分くらい「ふとっちょさん」を独占してしまいました。
ファンの方々、ごめんなさい。

接の日にちはいきなり明日に決まりました。
失業保険をもらう前に就職が決まったら「再就職手当」というのがもらえるそうです。
年内に決まると気が楽なんだけどな。


12月15日(水)

日は派遣会社に紹介してもらった会社の面接でした。
場所は大阪の「OAP(大阪アメニティパーク)」といって、OBP(大阪ビジネスパーク)の近くで、
大阪城が見えて、横には川が流れていて、春になると有名な造幣局の「桜の通り抜け」があって、
帝国ホテルが入っていて新しくてきれいな38階建てタワービルの中にある会社でした。

業してから1ヶ月半が過ぎようとしていることもあり、
来るもの拒まずの就職活動を繰り広げているため、よくよく確認もしないで面接に臨んだのですが、
よくよく考えてみると交通費が3万円/月でした。派遣なので自腹です。
しかも前より勤務時間が短いのでお給料も下がるし、前より遠いし、前より始業時間が40分も早いのでした。
そこはうまくいけば1年で契約社員に昇格ということでしたが、
私にとっては「1年も?」というのが正直なところでした。
面接の日が近づくにつれ、「断ればよかった」という気持ちが強くなっていきましたが、
同じようにその会社に派遣されている友達が「人間関係がすごくいい」と会うたびに言っていたので、
それだけが断りきれない理由でした。

て、約束の時間に合わせて家を出たつもりが、やっぱりどっかボーッとしているらしく、
着いてみると1時間も余裕がありました。これから働くかもしれない場所なので、
いろいろ探検しておこうと思って中に入ると、さすが「パーク」というだけあって、
レストラン街からブランドショップ、銀行のCDコーナー、書店、雑貨、コンビニ、歯医者、
美容院となんでも揃っていて、ビルの外は人通りがまばらなのに、
中はサラリーマンのほかに学生風の人たちやマダムなど、いろんな人がブラブラしていました。

の中で私が目をつけたのは、12階でやっていた「ショパン ポーランド・日本展」でした。
ずっとピアノを習っていてショパンの曲は好きだったし、今年は生誕100年だかなんだか忘れたけど、
たしかそういう記念の年だったので覗いてみることにしました。
中にはグランドピアノを置いた「ショパンの部屋」みたいなのがあって、
ショパンの肖像画や自筆の楽譜、手紙、デスマスクなどゆかりのものが数十点展示されていました。
それ以外には日本とポーランドの国交の歴史をパネルで紹介しながら、
向こうで所蔵されている日本の絵や陶器などが展示されていました。「ふーん」ってカンジでした。
それにしても、ポーランド人の名前って難しいんです。
選りすぐってメモしてきたのを紹介すると、「イェンジェイエヴィッチ」「シエンキェヴィッチ」とかそんなんなんです。
字を見ても、「書いてあっても読まない字」「英語とは読み方が違う字」が多いみたいで、
こんなのがなにかの速報で入ってきた日には、ニュースキャスターは冷や汗もんでしょうね。・・・私だけか?

て、面接は15分くらいでわりとあっさり終了し、今までの中ではうまくいったかんじでした。
でも帰りの電車の中でも、家に帰ってからも、考えれば考えるほど「交通費3万円」が重く重くのしかかってきて、
さんざん悩んだ挙げ句、覚悟を決めて派遣会社に先方に断ってもらうよう電話を入れる決心をしました。
心臓が飛び出しそうなほどドキドキして電話したのに、担当者は電話中でした。
程なくしてかかってきた電話で、「さあ言うぞ!」と息を吸い込んだ瞬間、向こうが先に切り出しました。
「すみません、今回は申し訳ないんですが…ということだったんですよ…。」
さも申し訳無さそうに言う担当者とは裏腹に、私は「断られた」という事実を受け止めるより先に、
プレッシャーから開放されてすっかり舞い上がっていました。
そして思わず「そーなんですか!よかったぁ!!」と叫んでしまいました。
担当者が「えっ・・・・?」と言って黙ってしまったのも無理はありません。

由を説明したところ担当者も納得してくれたらしく、
「またいいお仕事があったら連絡します」ということでウソのように丸く収まりました。
こういう場合、こっちから断るのと向こうから断られるのでは大違いです。
下手をすると、派遣会社との縁さえ切れてしまうかもしれないところでした。
嗚呼、やっぱり神サマっているのかもしれない・・・。

いうわけで、時が経てば、今日の私の大阪遠征は
「ショパン ポーランド・日本展」を見に行ったという記憶にすりかえられていることでしょう。
不採用でもめでたし、めでたし、なのでした。


12月13日(月)

いこともあり、失業してから近所にこもりがちな毎日が続いていましたが、
今日は久々にシャバに出ました。お昼からパソコン検定を受験するために大阪へ行ってきたんです。

ソコン検定はほんの数年前にできたばかりで、
私が受けた3級の場合、タイピングテスト、パソコン基礎知識、Windows95、
ワープロソフト(Wordか一太郎)、表計算ソフト(Excelかロータス)、
そしてネットワークについての問題70問を50分以内に回答するもので、
筆記試験はなくすべてパソコンを使って正しい答えをクリックしていく方式です。

ープロ検定と違って知名度も低いし、試験問題も技術者向けではなく、
一般ユーザーとして普通にパソコンが使えれば難しいものではないので、
持ってたからってどうってことない資格だと私は思うのですが、
派遣社員である以上、自分のスキルには裏付けがあった方がよく、
「パソコン使えます」の客観的証拠として受けておこうと思ったわけです。
で、合格しました。試験終了と同時に画面に結果が表示されるというお手軽さです。

り道、梅田の阪急、阪神、大丸とデパートめぐりを企んでいましたが、
久々の人込みに少々気持ち悪くなり、阪急と阪神をすこし見ただけで帰る決心をしました。
平日の昼間だというのに、デパートも駅も電車も休日と変わらないくらいの混みようでした。
っていうか、最近休日を避けて出かけることが多いので、
ひょっとしたら私の知らない休日はもっとすごい人込みなのかもしれません。
どこもかしこもクリスマス商戦だし。

都駅まで帰り着き、先週掲示板で話題になっていた「雪苺娘(ゆきいちご)」を発見しました。期間限定商品ということで、
普段は殺風景な幅1mくらいの店頭にピンク色のノボリを3本立てる気合いの入れようで、
売り文句にはなぜか「京風洋菓子」と書いてありました。
博多や東京でも見たというウワサを聞いたのですが…。
こういう商品にはリスクがつきもの、まずはひとつだけ買って食べてみましたが、
まさに「雪見大福」の「アイスじゃないバージョン」でした。
せめて外側を包んでいるお餅が普通のお饅頭に使われるているお餅だったら、
もうちょっとイケてたかもしれません。というわけで、私はもう気が済みました。

日は仏滅なのに駅の宝くじ売り場は「年末ジャンボ」を狙って長蛇の列でした。
明日は大安。私が歯医者へ行く日です。


12月9日(木)

日初めて「ハローワーク」というところへ行ってきました。

日、派遣会社からやっと「離職票」が届いたので、
それを持って失業手当をもらう手続きに行ったのです。
実質的に「離職」してからもう1ヶ月以上たってるんだけど、いろいろ決まりがあるらしく、
給付されるのは離職票を職安に提出した日から1週間後ということでした。
正社員で働いてたんだったら、退職する日に離職票がもらえるんだろうけど、そのへん派遣は違うみたいです。
ちなみに自分の都合で仕事を辞めた場合、給付されるのは3ヶ月後からだそうです。ご参考まで。

都駅の近くにあるハローワークは、最近移転してきたのかビルが新築されたのかしらないけど、
外観も内装もとってもきれいでした。「職安」と聞いて想像していた暗そうな雰囲気はまったくなく、
1階には50台くらいの端末が置いてあって、誰でも自由に求人検索ができるようになっていました。
時節柄か、学生さんが多かったです。

続き自体はごく簡単ですが、失業手当をもらうには「就職する意志がある」ことが前提なので、
それを証明するために「求職票」に記入して提出するようになっていました。
だからといって、職安が勝手に仕事を見つけて連絡をくれるわけではなく、
あくまで自分で職安へ行って仕事を紹介してもらうというシステムなので、
実際は結婚とかでしばらく働く気がないにしても、求職票さえ出しておけば手当てがもらえるので、
これを利用している人は多いみたいです。

もちょっと問題発生。昨日派遣会社が仕事を紹介してくれて、
それがうまくいけば今月の20日スタートだというのです。
せっかく16日から失業手当がもらえることになったのに、
それでは16・17日の2日分しかもらえないことになるんです。
働けばお給料がもらえるんだから、別にいいといえばいいんだけど、
これから3ヶ月は働かなくても今までのお給料の6割が給付されることを考えると、
なんだかちょっと損した気分になりました。

れに、ついこの前健康保険国民年金の手続きを済ませたばかりなのに、
もし仕事が決まったら1ヶ月もたたないうちにまた切り替えなければならないなんて、
なんて不便なんでしょうね。でも、今回こうして一人暮らしの身ながら失業したことで、
自分でいろいろとお役所を廻ってオモシロイ体験ができてよかったなと思うこともあります。
ってもう新しい仕事が決まったつもりでいるんですけど、どうなることやら…。先はまだ見えていません。


12月07日(火)

夜の天気予報では今日は雨だと言っていたような気がしたのに、
朝起きるととってもいいお天気でした。
これはどこかへ出かけなければ!と「勉強」を口実に北山の資料館へ行ってきました。

レビで見る京都府の天気予報は北部と南部に分かれていて、
京都市があるのは南部の方ですが、南部をさらに南北に分けてほしいと思うのは私だけでしょうか。
だって、同じ市内なのに雪が降っているところと降っていないところがあって、
それは大げさに言えば東西に伸びる道一本を境に変わるのです。
その通りの名は今出川通り(いまでがわ)といって御所の北側の通りです。
京都は何気に南北に坂の続く街だということをご存知だったでしょうか。
京都駅付近とこの今出川通りより北の地域では東寺の五重塔分くらいの高低差があると聞いて納得しましたが、
同じ市内でそれほど気温が違えば天気も変わるわけなのです。

料館のある北山は「北山」というだけに今出川通りをずうっと北上した山の麓で、
今日は山頂に薄っすらと雪が積もっていました。地下鉄を降りて地上に上がると、
錦に色付いた山々に三方を囲まれ思わず見とれてしまいますが、それも束の間。
痛いくらいに顔を撫でていく寒風によって間もなく現実に引き戻されます。
駅から歩いて1分とかからない資料館の入り口が、やけに遠く感じられるほどの寒さでした。

しぶりに行ったのでしばらくウロウロして書架を眺めていると、
京都府の資料館だけに京都関係の資料がとても充実していて、「京都魔界マップ」だの「京の昔話」だの、
今ハマりつつあるミステリースポット(略してMS)の手がかりになるような資料も目移りするほどありました。
ここの資料は残念なことに全て館外持ち出し禁止なので、簿記の勉強をしにきたにも関わらず、
閉館まで本を読むのに必死になってしまいました。
館内は静寂で、受験勉強をしているらしい高校生や、
資料を山と積み上げてレポート用紙にペンを走らせている学生風の人、
それに意外だったのは仕事なのか趣味なのか、5〜60代の男の人が資料を探している姿も多く目に付きました。

料館を出ると、なにやら雨のようなものが降ってきました。
傘も持っていないのに、今頃天気予報が当たるなんてツいてません。
しかも雪にでも変わりそうな寒さです。帰りはバスで帰ることにして、
少し離れたバス停まで走る間にけっこう濡れてしまいました。
寒くてつま先が痺れるくらいバスを待って、やっとの思いで乗り込むと、
そのバスは学校帰りの女子高生にジャックされていました。

アが閉まった瞬間からどこかで嗅いだことのある匂いがします。
ふと視線を落とすと、シルバーシートに座っている女子高生の膝には
すっぱムーチョ」と「ぼんち揚げ」の袋が乗っていました。
そして周りに立っている女子高生も手に手にぼんち揚げを持って食べていました。
雨の中、お年寄りが乗ってこようと、赤ちゃんを抱いたお母さんが乗ってこようと、
彼女たちはおしゃべりとお菓子に夢中です。
身を乗り出して前後の友達の話に大笑いすることはあっても、周りを気遣う様子はありません。
それでも、私を含め周りに立っている大人の誰も、顔をしかめるばかりで注意しようという人はいませんでした。

都では街中でもガングロの女子高生というのは滅多に見かけませんが、
彼女たちもごく普通の格好をした高校生でした。
私はバスで通学したことは一度も無かったし、この時間にバスに乗ることもまず無かったので、
こんな風景に出くわしたのは初めてでしたが、おそらく彼女たちにとってはこれが日常なのでしょう。
彼女たちが一斉に四条で降りたあと、座っていた座席には「ぼんち揚げ」のカスが残っていました。
四条に差しかかった頃には雨はすっかり止んでいましたが、
それどころかこの辺では道路が濡れた形跡さえありませんでした。
きっと降っていたのは「あのへん」だけだったのでしょう。

に帰ってから、今度こそ簿記の勉強をしようと思ったのに、
「ちょっとだけ」のつもりでここんとこ夢中になっているマインスイーパーをやりだしたら止まりませんでした。
マウスを動かす右手が凍って、クリックする指の感覚がおかしくなるほど熱中すること数十分。
ついに、ついにやりました!苦節1年余、生まれて初めての上級クリア
タイムは254秒でした。あまりの嬉しさに誰もいない部屋の中でひとり奇声を上げ拍手する私。アブナイかも。
そのうち会社の面接に行ったとき「仕事が無いあいだ何をしていましたか?」と聞かれて
「マインスイーパーの上級をクリアできるようになりました!」と自信たっぷりに答えていそうな自分がコワイ。
それにしてもマインスイーパーに負けてしまう私の簿記の勉強っていったい…。


12月05日(日)

日は待ちに待ったラジャマサラの日!
毎月通販で届けられるこの「本格派インドカリー手作りセット」をどれほど心待ちにしていたことでしょう。
このセットは知る人ぞ知る(わたしは知らない)新宿中村屋の総料理長監修で、
数種類のスパイスと手間暇かかるオニオンソテーのレトルトパック、ありがたいレシピが入って送られてきます。
今回のカリーは「カニカリー」でした。

さい頃からエビ・カニ・ウニ・イクラには興味を示さないよう両親にしつけられたらしく、
私はこの4つがあんまり好きではありません。
なのでよく「カニカニツアー」とか「ウニ・イクラ食べ放題!」とかいうパンフレットを見ても、
また人の自慢話を聞いても、ちっとも羨ましくないのは経済的です。しかし今回のお題は「カニ」。
しかも「ワタリガニ」と明記されていました。
一人暮らしを始めて7年、「カニ缶」すら買ったことのない私はカニの相場も分からないまま、
「とりあえず錦へ行けばあるだろう」と錦市場(にしきいちば)へ向かいました。

といえば一般人から高級料亭まで御用達の京の台所。
京料理に使われる生麩や湯葉を始め、魚類、肉類、乾物、生花となんでも揃うアーケード街は、
年末になるとおせち料理の材料を買い出しに来る人々でごった返し、その様子はよくテレビでも放映されます。
しかし何軒かの魚屋さんを覗いても、カニといえば「ズワイガニ」「松葉ガニ」「タラバガニ」ばかりが並び、
探し求める「ワタリガニ」は一向に見つかりません。
「今は旬じゃないんだろうか…」半ばあきらめながら歩いていると、
一軒の店先に「ワタリガニ」がいるではありませんか!

「あった!」というわたしの声に気づいたお店のおっちゃんが「はい、なんにしましょ?」と声を掛けてきました。
「これ…」といいかけた言葉を飲み込んだ私を褒めてあげなくてはなりません。
よく見ると、そのカニたちには「100g600円」の値札が付いていたのです。
レシピには「ワタリガニ500g」とありました。天皇陛下でもお迎えしての晩餐会なら別として、
失業中の私の食費の約1週間分をこのカニたちだけに捧げるわけにはいきません。おっちゃんには笑顔でごまかし、
やっぱりカニカリーは「祝・就職」の折にでもいただくことにしようとお店を後にしました。

日はカニカリーのつもりで家には何も用意していなかったので、
帰り道にいつものスーパーに寄りました。カニのことが頭を離れないままうろついていると、
鍋コーナーにパック詰めされて並んでいるのはワタリガニではありませんかっ!
恐る恐る近づいて値札を確認すると、「3匹1000円」。
嗚呼、神様は私を見捨ててはいなかった!!
錦市場の新鮮な国産生ワタリガニに比べれば、輸入冷凍組の彼らは劣等生かもしれませんが、
庶民には庶民の味があるのです。カニを手に入れるとバッグに忍ばせておいたレシピを取り出し、
順に材料を揃えていったのでした。スーパー万歳!

に帰って常連のホエ☆さんと奮闘すること1時間半、
狭い部屋にニンニク、しょうが、ガラムマサラなどのスパイスの香りが充満する中、
カニカリーはできあがりました。その辛さたるや、
インドでカリーを食べたホエ☆さんをして「本場の味やね」と唸らせるほどでした。
私はあまりのおいしさと辛さに、お水代わりのビール片手にひたすら無言で食べ続けました。
「おかわり」は1回しかしていません。30分後、3合炊いたご飯が全滅していました。私じゃありません。

のうえ食後に桃缶とヨーグルトを平らげ、今日のディナーは終了しました。
カリーのあとの「さっぱり甘いもん」は最高の組み合わせでしたが、さすがにしばらく動けませんでした。
こんなことを毎月繰り返しているわけですが、次回はなにカリーが届くのか今から楽しみです。



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