12月の日記 vol.2



12月30日(木)

のホームページを始めたのが去年の1月のことでした。
ご存知のとおり更新はマメじゃないし、リンク集も作ってないし、
始めた頃は1年もたたないうちに1万人アクセスを越えることになるとは想像もしていませんでした。

の1年の間に、掲示板を通してたくさんの方といろんなお話ができたことをほんとに嬉しく思っています。
皆さんがいらっしゃらなかったら張り合いもなく、
この飽きっぽい私がここまで続けることはできなかったと思います。ほんとにありがとうございました。

999年の「歩美の日記in京都」はこれで終わりですが、2000年もよろしくお願いしますね。
これまで書き込みはされなかった方も、どんな一言でもいいので、
来年はぜひ掲示板でお話させてください。楽しみにしています。
皆さん、よいお年をお迎えください。


12月29日(水)

週間ほど更新をサボっている間にいろんなことがありました。
新年を迎えるにあたって、やっぱり今年中に記録しておくべきだろうと心を入れ替え、
ここ数日間の出来事をまとめてみることにしました。

12月21日(火)
17日に面接を受けた会社は京都の楽器屋さんで、
19日にはそこが主催するクリスマスコンサートの受付の手伝いをしましたが、
その会場で「もう一度面接したい」と言われました。この日も前と同じで社長と1対1の面接でした。
今度は総勢8名のアットホームな会社のため、
前に大きな会社で働いていたことと見かけが「お嬢さん」に見えることがひっかかっていたそうです。
いやだわ…。そして、これまで20人近く面接してきて、
私ともう1人の人に絞りたいと思っているという「ぶっちゃけた話」をされました。

12月22日(水)
後6時30分、運命の電話がなりました。
昨日の面接で「今日みんなで話し合ってもし決定だったら、明日連絡します」と言われていたので、
てっきり午前中にかかってくると思っていました。
待てど暮らせどかかってこないので、あきらめる心の準備に取り掛かっていたところベルが・・・。
友達からだと思って気の抜けた声で「もしもーし」と出たら社長でした。
将来を暗示しているようでもありました。

12月23日(木)
日中、友人知人に電話をしたり手紙を書いたり、
大学を卒業して以来初めての「内定」の喜びに浸っていました。

12月24日(金)
ねてからの予定通り職安へ行ってきました。
失業保険をもらうための説明会です。
説明会は1時間半ほどかかり、説明のビデオにはなぜか杉田かおるが出演していました。
彼女は胸の開いたピンクのスーツを着ていました。
隣に座っていたおじさんは食い入るようにビデオを見つめていました。なんて熱心な・・・。

12月25日(土)
イト第1日目。10時に出社して5時まで年賀状の宛名書きをしました。
お客さんや取引業者に混じって社長の親せきの名前が・・・。まいっか、アットホームな会社だし。

12月26日(日)
イト2日目。1人お休みだったので、事務所に社長と2人きり。
この日は電話応対を教えてもらうことになっていたのですが、教えてもらう前に電話が鳴って、
保留にして取り次いだところ、あとで社長に褒められました。
「そうかぁ、ちゃんと保留ボタンを押したのかぁ。そうかそうか・・・。」けっこういい人みたいです。
年賀状も320枚の宛名書きを終えました。自分の年賀状1枚も書いてないのに。

12月27日(月)
イト3日目。言われたとおり3時に出勤したら、3時から30分は休憩時間でした。
「来たばっかりなのでいいです」と言うと、「いいからいいから付き合って」と言われました。
やっぱりいい人みたいです。この日は忘年会でしたが、
社長のポリシーにより「打ち上げ」と言わなければなりませんでした。

社長行き付けの木屋町のスナックへ連行されました。
キラキラ輝くシャンデリアとふかふかの絨毯&ソファ、そしてスーツを着たおネエさまたち。
片隅にはステージとピアノとカラオケセット。生まれて初めて足を踏み入れた世界でした。
社長曰く「クサイ」匂いのするおしぼり(レモンの匂いらしい)が事あるごとに手渡され、
しかもそれは場合によって温かかったり冷たかったりするのでした。
私はビールでしたが、水割りを頼んだ人たちは「おかわり」を言わないのに、
次から次へと「おかわり」されていきました。何から何までなんてオートマチック。

帰りはぎりぎり終電に間に合う時間でしたが、タクシー代をもらってタクシーで帰らせてもらえました。
やっぱりかなりいい人みたいです。いつか社会勉強のために祇園にも連れていってもらえるそうです。
社長と祇園へ・・・、京都のOLはやっぱこれでしょう。

12月28日(火)
気が非常に乾燥しているらしく、笑ったら唇が切れました。


12月19日(日) NO.1

日は夕方から「歩美の日記」の忘年会オフでした。
第1回のお花見、第2回のBBQ、第3回の夜の鞍馬ツアーに続く第4回目のオフ会です。
本当は3時半に集合して、HPで紹介した大倉記念館を見学してから、
その近くの地鶏料理の「鳥せい」へ行くつもりでしたが、急に私の就職活動が入ってしまい、
5時半に集合、大倉記念館へは行けなくなってしまいました。

職活動というのはコンサート会場の受付です。
実は、金曜日に面接に行った会社が楽器屋さんで、面接のあとで「日曜日にコンサートをやるんだけど、
人手が足りないくらい忙しいし、手伝いに来てみないか」と言われました。
「来なかったから採用しないというわけじゃないけどね」とは言うものの、行った方がいいに決まっています。
そこでほかでもないオフ会を犠牲にしてしまったというわけです。

ンサートにはプロの管楽器演奏家たちと、
いろんな中学校の吹奏楽部の子たちが集まりましたが、会場は立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。
私も中・高時代は吹奏楽部だったので、とても懐かしく嬉しい体験でした。
私の仕事は受付での出演者のCD販売でした。こう見えても学生時代には駅でお寿司を売っていた私です。
台の上に積まれたCDを見ると、忘れかけていた売り子の血が騒ぎ出すのでした。
とはいっても相手は中学生、仕事帰りのサラリーマンにお寿司を売りつけるのとは勝手が違います。
しかもこっちは採用がかかっているし、ヘタなことはできません。
おとなしくお客さんを待っていたところ、売れたのは半分くらいでした。

して最後に精算をするときになって、心臓が止まりそうな事件が起こりました。
500円足りないのです!!でも今日は慎重に慎重を重ねてお金の管理をしていたつもりです。
間違えた記憶はまったく無いのに、何度数え直してもやっぱり足りません。
こんな時にそんなミスが発覚したらもうオシマイです。しかも今度の仕事は経理だというのに。
これはもう、誰にも分からないようにこっそり自分のお財布から500円出すしかないのか?
社長に「どうだった?」と声をかけられる前になんとかしなくては!とチャンスをうかがいつつも、
お金を数え直していました。すると!!お札の間からチャリーン♪500円玉が出てきたのです!!
よかったぁぁぁ・・・。泣き出したいほど嬉しかったです。

て、最後に待っていたのはやっぱりバイト料。
でも私は今、失業保険給付待ちの身です。就職先が決まる前にアルバイトをすると失業保険はもらえません。
社長に理由を話してお断りすると、「そんなカタイこと言わんと。じゃあこれはバイト料じゃなくてお礼だから。」
といって茶封筒を下さいました。そんなことをされるとますますこの会社で働きたいという気持ちが強くなるいっぽう、
またダメだったらという気持ちも強くなり、結局いつもと同様、期待はしないことにするのでした。
今日は就職活動の一環ではなく、ただコンサートを聞きにきたことにしよう。
得意の記憶すり替え術はなかなか使えます。


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