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芸妓さんに変身! |
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◆ ◆ ◆ きっかけは一枚の古写真 ◆ ◆ ◆ 退職後のアルバイトも終わって本格的な失業生活に入った3月のこと。ネットでの職探しが日課になっていた私は、その日もパソコンの前に座っていた。 たくさんのサイトを見ているとつい本来の目的から外れていくのはよくあることで、どうやってたどり着いたのか、私は外国で留学生活を送っておられる或る女性の日記を開いていた。あまりに読ませる文章だったので、毎日更新しておられるその日記を遡ること3ヶ月、時が経つのも忘れて最初の日記から一気に読み進んだあと、ドキドキしながらその方のプロフィールを開いた。そして出てきたのがこの写真だった。 その瞬間ヤラレタと思った。その方は私と同じ年頃と思われるのだが、その文章はテンポがよく、賢くて強気で、でも弱いところもあって、それでこの写真、この艶っぽさ。そう、着物が好きだと書いておられたので、私はてっきりご本人の写真だと思い込んだのだった。 どう見ても芸妓さんの雰囲気。でも本業は学生さんだから「変身」されたに違いない。この風景からして京都かも。とまあいつもながらの激しい思い込みにより、私もやってみたい!と思うのに時間はかからなかった。
早速その日その時から「変身芸妓」させてくれるお店探しが始まった。こういうとき、ネットってほんとに便利である。たちまち何百件のサイトがヒットし、その中からご自身で何件ものお店で体験し比較していらっしゃる方のサイトを開いてみた。 今回のポイントは「写真」である。どんなに素晴らしい衣装を着せてくれようと、どんなに素敵なスタジオを提供してくれようと、ウマい写真が撮れなければ意味がない。しかも「きっかけの一枚」と同じセピアで、できるならば同じシチュエーションで撮りたかった。だってあの写真に憧れたんだから。 吟味を重ねるうちに就職活動やら弟の結婚式やらで時は5月に入っていた。その頃私は弟の結婚式のアルバム作りを口実に400万画素のデジカメと高性能パソコンを手に入れていた。芸妓に変身する準備は着々と進められていた。 帰省したとき幼なじみにこの計画を打ち明けると、意外なことに彼女も乗ってきた。彼女は昔京都で舞妓に変身した経験があるのだが、そのときの写真は散々で、思い出したくないので破って捨てたのだという。リベンジのためにもう一度やってみたいということだった。
その頃には変身させてくれる店を3つに絞っていたのだが、あと一歩、一長一短で決められずにいた。そこで私は思い切ってあのサイトの作者にメールを送った。もし「変身」されたのが京都のお店なら教えていただこうと思ったのだ。返事がこなくて当りまえ・・・。そう思っていたのにその日のうちに大変ご親切なメールを受け取った。そしてあの写真はご本人ではなく、あるサイトから借用された写真であることを知った。そしてそれは出所不明の古い絵葉書だった。 少しがっかりしたものの、これで同じ写真は有り得ないと思い切ることができた。そして幼なじみの失敗を踏まえて本格的にお化粧をしてくれて、写真も自由に撮ることができて、元は置屋さんだったというそのお店に決めた。ほかと比べて料金が高めだったけれど、一生に一度と思えば払えなくはない。 そのお店は祇園にあった。その変身舞妓を何度もされている方によると「とても祇園的なお店」とのこと。一見さんと常連さんとでは出てくる着物が違うとか。でも着物は二の次だった。だって写真はセピアだから。それよりも元置屋さんという建物に期待が高まっていた。二階の窓を開けて撮れば似てるかも。頭の中にはあの写真しかなかった。
そして幼なじみと共に出かけた土曜日、天気予報に反して空は晴れた。前職時代、休みのたびに雨に降られていた私にしては珍しい幸運だった。ゴールデンウィークが終わると秋までシーズンオフということで、その日の予約は私たちだけだった。 建物は想像通りの町家二階建て。玄関にはお茶屋さんと同じ赤い提灯が下がっていた。幼なじみと頷きあう。第一関門クリアというかんじ。入ると早速洗面所を借りて化粧を落とし、持参した足袋をはき、肌襦袢と腰巻をつけて待機。その間これまでにそのお店で舞妓や芸妓に変身された方々のアルバムを見せていただいた。中には雛形あきこ、本上まなみといった女優さんの写真もあった。皆さんとても美しく変身されていて、期待はさらに高まった。写真を見て幼なじみは舞妓さんに変更。「芸妓さんはあまり写真を残されないから」というお店の方の意味深な発言にひるんだ私は「カツラが似合わなかったら舞妓さんに」とお願いして芸妓さんに変身してみることにした。
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◆ ◆ ◆ ◆ まず植物性の鬢付け油で髪の毛をまとめ、顔、首、肩、背中と塗ってお化粧開始。初めに水溶きの白粉を塗っていく。後で本物の芸妓さんに遭遇したら首に二本線は引いていなかったのだけど、私がややこしいお願いをしたせいか、首にはしっかり舞妓さんの二本線が引かれていた。それにしてもこの二本線、型紙も使わないのに上手に描かれるのには驚いた。その上からさらに白粉をはたいて、いよいよ顔を描いてもらう。 お化粧をしてくれたのはこのお店のオーナーのお嬢さん。お嬢さんといっても私と同じか少し上くらいの方だと思う。このお店は四代続けて舞妓さんをされていたのだけど、このお嬢さんが背が高くて舞妓さんになれなかったので、たくさんある着物の有効利用ということで変身舞妓のお店を始められたそうだ。それが15年前。今ではたくさんある変身舞妓のお店も、このお店が最初だったそうだ。 背が高いってどれくらいかというと、169cmの私とそう変わらない。でも舞妓さんはみんな150cmくらいで、最近では160cmある舞妓さんもいるそうだが、それでもかなり大きいということだった。お客さんも小さくてかわいらしい舞妓さんがお好みらしい。逆に芸妓さんは背が高いほうがいいので、背の高い舞妓さんは早めに芸妓さんになるのだというお話もうかがった。
さすが祇園のお嬢さんだけあって、これから人に化粧を施してあれだけの着物と帯を着せようというのに、素敵なスリップドレスをお召しだった。私はあまり詳しくないのだけれど、幼なじみが言うには身につけておられたアクセサリーも時計も一流品とのことだった。そしていい匂いがした。だけど私たちの変身の前後にも兼業しているお店のお仕事があるとかで、そのための身だしなみだったのだろうと思う。 お化粧は一人ずつ、時計は見ていなかったけど20〜30分くらいの感覚。眉にも唇にも京紅を差して、マスカラはけっこうたっぷりめだった。舞妓さんたちのお化粧にも流行があるらしく、こちらのお店は毎日本物の舞妓さんたちに接しておられるので直接お化粧の仕方を教えてもらっているそう。この頃の舞妓さんたちは口をおちょぼ口でなく、割と自分の形のまま描くということだったが、私はわりとおちょぼに描かれた気がする。まあ似合えばなんでもいいのだ。化粧品はどれも本物の舞妓さんたちが使っているものだという。パフやブラシ類はほとんど「よーじや」だった。 化粧が完成するといよいよカツラ。なにより不安だったのがこれだ。「一番小さいサイズにしますから大丈夫ですよ」と言われたが、舞妓さんは半カツラといって、地毛を足して結うこともできるのだけど、芸妓さんは全カツラなので何といっても重かった。首に力を入れていないと後ろへのけ反ってしまいそうだった。
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◆ ◆ ◆ ◆ それまでお嬢さんと向き合って目を閉じたままだったのだけど、隣で見ていた幼なじみが「すごい変身してるよ」と言った。お嬢さんも「いいオメメやわ」なんて言ってくれるものだからその気になって鏡を見た。しかし見た瞬間の感想は「ガーン」だった。 「あの写真の顔と違う!」 別人なのだから違って当然なのだが、あまりにもあの写真が頭に残りすぎて基準がおかしくなっていたらしい。気を取り直して笑ってみると紅がこれ以上はないほど歯にべったりついていてこれまた恐怖だった。そしてやっぱりカツラ。これを似合っているというのだろうか。しかしいつの間にか「似合わなかったら舞妓に」という希望はどこかへやられてしまったようだった。お店の人だけならまだしも、幼なじみが「芸妓にしてよかったね」なんて言うものだから、私は彼女のその言葉にすがってこの姿を受け入れることにした。
お化粧が済むと次は着付け。「どれにしますか?」と聞かれ「一見さん」着物の中からどれを選ぼうかと目を遣ったと同時に「黒がええわ」とお嬢さんが言った。芸妓さんのイメージは黒だったので異論はなかった。それに写真はセピアだから。 舞妓さんの着付けは男衆さんがすると聞いていたけど、芸妓さんはどうなのだろう。舞妓さんと違って帯はお太鼓だし、自分で着られるのかもしれない。こちらでは女性が二人で着せ付けてくれた。自分が着付けを習っていたときを思い出したのだけど、自分より大柄な人に着せ付けるのって大変なのだ。衣装を着ていく私よりも、着せてくださるお二人の方が汗だく。 二人の着付けが終わっていよいよ写真撮影開始。初めにサービスで1枚ずつインスタントカメラで写真を撮ってもらった。お嬢さん「浮世絵みたい・・・」果たしてその意味は?それから持参したカメラで、扇子を持った2ショットや髪飾りをなおす仕草を撮ってもらった。そしていよいよ外出。舞妓さんも芸妓さんも長いこと歩くときは着物の裾を紐でくくっているとのことで同じようにしてもらう。 まずはいかにもお茶屋さんな玄関で撮影。デジカメで撮った写真をすぐさまチェック。わりといい感じで撮れているものもあって満足。要はカメラ写りだから、実物はマズくても構わない。納得の写真さえ撮れていれば。私は前に変身サイトで見かけた「玄関を出る」ショットを撮ってもらったのだけど、普段の自分よりカツラ分の身長がアップしていることを忘れて鴨居に激突。さっそくズレる。自分でなおすこともできずお嬢さんになおしてもらった。「芸妓さんたちもよくかぶりなおしたはります」とにこやかにお嬢さんは言う。 そうして幼なじみと写真を撮りあっているうちにとうとう通行人登場。見た瞬間の「わあっ」という顔がすぐ治まるのがわかった。玄関のすぐ側に「変身処」って書いてあるしね。人に見られるのはやっぱり緊張する。「玄関だけでいいよ・・・」幼なじみも言った。するとお嬢さんがよく舞妓さんが持っているカゴを持って出てきて「行きましょか」。 行き先は近くの安井金比羅宮。縁切りで有名なお宮さんで行ったことがなかった。思ったより人もいない。やった!いっぱい写真撮ろう!お嬢さんは最初に2ショットを何枚か撮ってくれたあと「ごゆっくり」と言って先に帰っていかれた。え、自分たちだけで帰るの??境内へ進んでいくと人影がちらほら。向こうも気づいてヒソヒソ。バレてるよ、そうだよ変身だよ。 人がいなくなるまで待っていようと立ち止まっていると、後ろから大学生のサークルらしい一団がやってきた。幼なじみが早足で歩き出す。ほんとは本殿やおみくじのへんでゆっくり撮りたいんだけど、そういうとこってみんな来るんだよね。仕方なく本殿横に供えられた酒樽の前でウロウロ。その怪しい行動からどうみたって本物じゃないってわかるのだろう。学生たち、なんていうか、無視。 すると今度は不意におばちゃん3人組が現れ、離れたところで「ややや、舞妓さんや。キレイな〜。」と言っているのが聞こえてきた。そしてこっちへ歩いてくるんだけど、近づくにつれて「キレイな〜」のニュアンスが変わってきたのがわかる。気づいたっぽい。そしてカメラを持ちながらも通り過ぎていった。いえね、無視でも素通りでもいいんだけど、その前の反応が普通じゃないから気になるのよね。 その後社務所も閉まり、日も暮れかけてきたのに学生たちは帰らない。ずっと撮影スポットでしゃべっている。押し入る勇気もなく、お店に戻って屋内で撮ろうということにした。戻ると玄関に靴がたくさん並んでいる。変身の人がほかにもいたんだろうかと思っていると、おばちゃんが2人顔を出した。「わぁ、おかえりなさい!」「きれいやわぁ!」今までになかった歓迎ムードにちょっと戸惑う。すると後ろから続々とおばちゃんたちが現れた。このペンションの泊まり客らしかった。お店の人が「よかったら一緒に写真でも」と声をかけたけど、撮ろうという人は、いなかった。 写真を撮ろうと辺りを見回すと、1階にはもう布団が敷かれていた。2階にも布団が敷かれていた。午後5時前である。「普段はペンションの方に泊まってもらってるんやけど、今日のお客さんたちベッドはいやって言わはるから、ごめんね」って。仕方なく廊下や階段や縁側で写真を撮って、しぶしぶ「脱ぎ」にかかった。 カツラを取ると頭が取れたかと思うほど軽く感じた。自分の頭がコレだけでよかったと思った。着物を脱ぐと汗びっしょりだった。サウナスーツみたいで痩せたかもと思った。その後ベビーオイルを両手につけて、友達と背中の白粉を落としあった。髪も洗いたいくらいだったけどシャワーは借りられないので洗面所で化粧を洗い流す。自分の服に着替えて精算。全部で4時間くらいかかった。けっこうゆっくりさせてもらえたと思う。 家に帰って早速デジカメで撮った写真をプリント。もちろんセピアで。多少手を加えるとそれなりに人に見せられる写真もできた。人目が気になったり、思った場所で写真が撮れなかったりしたけど、そんな写真ができたことで全てはいい思い出になった。自分の写真と本物の芸妓さんの写真を見比べてみると、やっぱりカツラが違う。本物の芸妓さんは前はもっと眉に近いところまでかぶっていて、後ろはもっと襟に近いところまである。私は一番小さいカツラをかぶらせてもらったけど、もしかしたら小さすぎたのかもしれない。表情も、あの写真を意識しすぎて、あと歯に紅がべったり付いていたのが気になって、口を閉じた写真ばっかりになってしまったけど、もっと普通に笑ったりしてもよかったなと思った。首を傾げたりするには、首の筋トレが必要かもしれないけど。 こんな反省をしてみたりするのは、実はまたやろうと思っているからだったりする。幼なじみも意見は同じで、今回のお店は前とは比べものにならないほど本格的だったらしいけど、今度は別のお店でもやってみたい。でも肝心なのはやっぱり写真。"奇跡の一枚"を手にするまで研究は続くのである。 |
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