| 源光庵(げんこうあん) |
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| 悟りの窓 |
千本通りを北上して、バス一台通るのがやっとのような坂道を登り切ると、
その昔、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が芸術村を開いたという 「鷹ガ峰(たかがみね)」と呼ばれる一帯にたどり着きます。
この辺りの史跡には、光悦の「光悦寺(こうえつじ)」、 吉野太夫と紅葉で有名な「常照寺(じょうしょうじ)」、
そして「源光庵」という小さな禅寺があります。
私が初めてここを訪ねたのは5年前でした。
小さなお寺なので団体客のコースには入っていないらしく、
当時よりガイドブックなどで紹介されることが多くなった今でも、
2人、3人のグループや私のように1人で訪れる人が多いようです。
源光庵へはお天気のいい日を選んで行って、縁側に座って本を読んだり、
庭を眺めてボーっとして過ごすのが好きです。
◆ ◆ ◆ ◆
去年の夏の話です。
夏らしくよく晴れた、蒸し暑い日曜日でした。
門をくぐり、前庭を通って受付へ行くと珍しく先客がいました。
中へ入る前に人と会うことは、これまでなかったのです。
その人はデイパックを背負った学生さんらしい男性で、
奥に向かって何度も「すみませーん」と声を掛けていました。
ちょうど係の人が奥へ引っ込んでいたらしいのですが、
彼は目の前の「呼鈴を鳴らして下さい」の張り紙に気付いていない様子でした。
私は普段、向こうから何か尋ねられない限りは自分から声をかけないのですが、
中へ入りたいのは同じなので、お節介かなとは思いながらも
「鳴らしてみましょうか」と彼に声を掛けて鈴を鳴らしました。
彼は突然話しかけられて驚いた様子で、何も応えませんでした。
すると間もなく奥から係の人が出てきました。
「拝観お願いします。」
私が言って、拝観料の300円を払おうとすると、 彼は私を遮るように5千円札を出しました。
一瞬、私の頭の中に都合のよい想像が広がりました。
「ひょっとして一緒に払ってくれるのかな?!そんな、鈴を鳴らしたくらいで悪いな・・・。」
でも次の瞬間耳に入ったのは、「あの、別々でお願いしますっ!」という彼の声。
私は自分の勝手な解釈とそれを見透かしたような彼の言葉がおかしくて、
しばらく笑いが止まりませんでした。
◆ ◆ ◆ ◆
源光庵といえば、ガイドブックの見出しになるのは桃山時代の血天井。
そして何年か前、「そうだ、京都行こう」のキャンペーンで
ポスターにもなった「迷いの窓」と「悟りの窓」。
でも、入って真っ先に見るのは多分、
秋篠宮が礼宮だった頃にここを訪問されたときの写真ではないでしょうか。
そんな大きな写真ではありませんが、
やっぱりお若い頃からアヤシゲな、いえ魅惑的な眼差しの殿下に
思わず足を止めてしまうのは私だけではないはずです。
その部屋から奥へ入ると、血天井があります。
くっきりとした足跡、手形、おびただしい流血の痕。
初めて来たときは、上を向きすぎて首が痛くなるまで
あっちからこっちからじっくり見ていたその血天井も、
何回目かになると、ただそこにあることを確認するような感じで見上げるだけです。
もともと床だったものを天井に上げるというのは、やはり死者の鎮魂の意味があるのでしょうか。
◆ ◆ ◆ ◆
そして、窓の前です。
右手の部屋に四角い「迷いの窓」、左手の部屋に丸い「悟りの窓」が並んでいます。
二つの部屋には襖があるのですが、普段は襖を外しているようです。
それぞれの窓枠を額縁にするように、
そこから二つの微妙にちがった庭の景色が伺えます。
秋には紅葉が美しいこの庭も、その夏の日は青々として、
その中で白いジンチョウゲが際だっていました。
初めて来たとき、その窓の名前につよく惹かれました。
「迷い」と「悟り」なんて言葉、
口にしただけでも何かを会得したような気分になって。
そして形。「迷い」は四角く、「悟り」は丸い。
簡単なような、奥が深いような、やっぱり簡単なような・・・。
そうやってまず、ガイドブックやパンフレットに載っている「形」から
このお寺に入っていった気がします。そしてそれを何度か繰り返してきました。
◆ ◆ ◆ ◆
この日は「悟りの窓」にもたれて外の庭を見ました。
なんとなく、いつもと違うことをしてみたかったのです。
「額縁」のない庭の風景は、離れたところから見る庭とはやっぱりどこか感じが違っています。
いつの間にか一人きりの客になっていたので、畳に足を投げ出して、目を瞑ってみました。
シンとしていて、嗅覚がだんだん敏感になっていきます。
さっきは色だけが際立っていたジンチョウゲが、きついくらいに香ってきます。
時々雲間から光が射しているようで、全体が明るくなるのを瞼で感じて
ほんのわずかに風が頬に触れるのが気持ちよくて、
そのまましばらくウトウトしてしまいました。
そして「迷いの窓」。
「迷いの窓」の下には木の台のようなものがついていて、
私はたまにそこで手紙を書いたり本を読んだりしています。
そんなことしていいのかどうか知りませんが、誰もいないので気も咎めませんでした。
もしこれが、重要文化財にでも指定されたら触るどころか近づくこともできなくなるかもしれません。
程なくタクシーの運転手と一組の夫婦がやってきて
運転手さんが寺の歴史や窓について説明していました。
この頃の京都のタクシーの運ちゃんは、観光ガイドを兼ねている人が多いようです。
なにを言っているのか聞いていると、
「迷いとはとか、悟りとはとか考えずに、自由な気持ちで見るのがいいと思います。」とのこと。
ふんふん、なかなかおっしゃいますな・・・と思って聞いていると、今度は私の方を見ながら
「あそこに座っておられる方のように、思うままにされればいいんじゃないでしょうか」と言われてしまいました。
やっぱりこんなことしてるのって、私くらいなのかもしれません。
◆ ◆ ◆ ◆
このお寺には、御本尊や窓のある棟の両側にも棟があり、
そこはお寺というよりは田舎の平屋のひと部屋のようなのんびりした雰囲気を出しています。
日曜日には参禅会が開かれているということだし、
お盆に行った時は、お墓参りに来られる檀家さんも多かったので
多分そういう方たちの休憩場所になるのでしょう。
その時一緒に行った人は、畳の上に大の字になって
「こんなとこに住みたいなあ。」と言いました。
お寺に住むって考えたことなかったけど、
よく作家の人やなんかは、お寺の部屋を間借りして執筆に専念しているとか聞きます。
私がここに来ると居心地がいいのも、観光地になりきっている大きなお寺とは違った、
我が家のように迎えてくれる暖かい雰囲気があるからかもしれません。
もし京都のお寺巡りに飽きたら、ぜひここへ足を伸ばしてみてください。