かたつむり4号



大学3年生の時、生まれて初めて「献血」しました。

それは大学の構内に“献血カー”がやってきたときでしたが、

私の友達はそこで献血しようとして検査を受けては「血が薄い」と言って断られるそうで、

献血カーが来るたびに「私は献血できないの・・・」と物憂げにつぶやく彼女を、

私は常日頃から少しうらやましく思っていました。

私も立ちくらみと目眩の多さには自信があり、「貧血」を自負していました。

この際ここでちゃんと検査を受けて、公的に貧血を認めてもらう必要があると思い、

講義をパスしてさっそうと受付に乗り込みました。これも世のため人のため、そして私のためです。



◆  ◆  ◆  ◆



渡された問診票には当日や日頃の健康状態を書くところがあり、

なるべく貧血をアピールするようにした結果、満足のいく問診票が出来上がりました。

次はいよいよ血圧測定&血液検査。

ここで私の“血質”が明らかになり、献血の可否が言い渡されます。

部屋に入ると看護婦さんがいて、問診票に従っていくつか質問をされました。



看護婦さん:「目眩や立ちくらみが多いんですか?」

     私:「はい、よくあります。」

看護婦さん:「今朝薬を服用したんですね?どんな薬ですか?」

     私:「正露丸です」

看護婦さん:「ああ、胃腸薬ですか」



正露丸じゃいけなかったんでしょうか。なんだか期待していた反応と違います。

今ひとつ手応えを得られないまま、「じゃあ採血しますね」といって注射器で血を吸い上げられました。

入学した時の血液検査以来の注射針の感触。

注射はあんまり好きじゃないけど、血のためならガマンできました。

待つこと数分、運命の時がやってきました。

これで私も物憂げにつぶやく権利を得られると思うとウキウキします。

「はい、結構ですよ。矢印に従って進んで下さい。」

はいはい、矢印ですねっ!と壁に貼られた矢印マークに従って歩いていくと、

たどりついた先は献血カー「かたつむり4号」でした。



◆  ◆  ◆  ◆



その信じ難い事実に意識もうろうとしながら「かたつむり」に乗り込むと、

中には5台くらいのベッドがあって献血中の学生たちが横たわっていました。

さすがにこの時点でもう気がついていました。私の血はイケていたのだということに。

はっきりいって受付で問診票を書いて血液検査をしてもらったのは貧血の証明をもらうためであり、

献血するためではありませんでした。でもここまで来たら逃げられません。

覚悟を決めてベッドに上がると、私の体と問診票を見た看護婦さんが言いました。

「これなら400でもいけるわねえ?」

「よっ、よんひゃくですかっ??」思わず声が裏返りました。

400っていったら牛乳びん2本分、いくら献血する気もなくやってきた不届き者とはいえ

それはあまりにむごい仕打ちです。

「あのっ、初めてなので200にしてくださいっ!」思うより先に言葉が出ていました。

採血した方と逆の腕を出しながら、どんどん不安が広がっていきました。

痛いかなあ、怖いなあ。

注射の時に考えることは子供の頃の予防接種の時と変わらないようです。

目をつぶって腕に力を入れていると、看護婦さんがそれを察したかのように、

「大丈夫よー、怖くないから力抜いてねー」ああ、まるで子供扱いです。



◆  ◆  ◆  ◆



針が入ってから数分後、がんばって力を抜いていると突然眩しい光が車内を照らしました。

なんだっ?!光の方向を見ると、そこにはテレビカメラとマイクを持ったお姉さん。光のもとは照明でした。

それは地元のテレビ局で、お姉さんは車に乗り込む前から忙しくしゃべっています。

話を聞いていると、どうやらその日は「かたつむり4号」初出動の日だったらしいのです。

続いてお姉さんの明るい声が響きました。

「それでは中にいる学生さんにインタビューしてみましょう」

なんですってえええ!!!こんな姿でインタビューなどに答えては将来お嫁にいけなくなる確率大でした。

私は断固拒否の姿勢を示すべく、光に背を向けて目をつぶって逆を向いていました。

それが功を奏したのか初めから対象外だったのかわかりませんが、

インタビューされたのは奥の方に寝ていた別の学生でした。

私はついに最後まで吸い取られていく自分の血を見ず仕舞でした。



◆  ◆  ◆  ◆



しばらくしてやっと腕から針が外され数分間ベッドで休んだあと、

パン1個とパック牛乳を1つもらって「かたつむり」を降りました。

いろんな意味で自分で自分を慰めてあげたい気分でした。

ああ、そしてこのパンと牛乳のために献血をする学生もいると聞いて同情したこともありましたが、

もらった瞬間何もかも忘れて「やった、これで1食分浮いた!」と思った私も

同じ学生なんだということに気がつきました。

数日後かの友達に会って献血をした話をすると、

彼女は「この前もだめだったの。また血が薄いって言われて・・・」とつぶやきました。

こうなったらもう開き直るしかありません。

「そうなのー?私なんかけっこういい血だったみたいで400とか勧められちゃったよー」

と自慢してみました。言いたかったのはこんな言葉じゃなかったのに。



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