2004年度日本学術振興会特別研究員(PD)申請書

この申請書で人社PDに採用されました。
僕もずいぶん他の人の申請書やコメントを参考にしましたので、感謝の気持ちを込めて、恥ずかしいのですがここにUPします。
参考になるかは分かりませんが・・・。

記入の際には、かなりお世話になったサイトがありますので紹介します。
とても役に立つので参考にして下さい。

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研究課題:

「フィリピン低地社会における実践的医療体系の構築および応用に関する文化人類学的研究」


現在までの研究とその成果(3000字):
自分の研究業績の引用は省略

申請者はこれまで、フィリピン・パナイ島カピス州における通算14ヶ月のフィールドワークにもとづき、低地キリスト教社会の(a)口頭伝承、(b)妖術信仰、(c)伝統医療という民俗知に関する文化人類学的研究を行い、その成果を学会誌への論文掲載や学会での口頭発表という形で発表してきた。

(a)口頭伝承に関する研究

修士課程では、アスワンと呼ばれる超自然的存在についての伝承を事例として調査対象地域の口頭伝承に関する研究を行った。先行研究の詳細な検討とフィールドワークにより収集した口頭伝承の言説分析を行った結果、口頭伝承は過去の伝統の表現であるという先行研究の静態的な理解(Ramos 1990)に対し、近代と伝統の葛藤の中で常に変化し続けるという口頭伝承の動態的な性質を指摘した。
博士課程1年次には、修士論文で得た口頭伝承の動態性という知見をさらに発展させ、口頭伝承が特に調査地域の医療や福祉という現代的な問題に対して大きな影響を与えているという指摘を行った。また、散在するアスワン伝承に関する資料・文献を整理し、申請者の収集した口頭伝承を加え作成したデータベースは、今後のフィリピン口頭伝承研究に貢献すると共に、国内外の共同研究を促進するという点でも価値の高いものである。

(b)妖術信仰に関する研究

博士課程1年次の後半より、口頭伝承という民俗知の言説レベルでの研究を継続する一方で、より生活に密着したレベルでの民俗知を対象化することを目的として妖術信仰に関する研究を開始した。さらなるフィールドワークの進展と調査地への没入により、一般論として語られる口頭伝承が自らの経験談として語られる場合には妖術信仰の様相を示すという状況を発見したことがその契機となっている。
妖術信仰に関する研究の成果として、調査地の一村落内で妖術師とされるある女性について、言葉による説明という言説レベルでは妖術師と他の成員との差異が見当たらないにもかかわらず、エビの捕獲や行商という生活レベルでの調査からは明らかな差異が見られたと指摘した口頭発表および論文がある。また、同じく村落内で妖術師とされるある男性について、障害者であり高齢者でもある彼を排除する人々だけでなく逆に彼を包摂する人々の存在があるという調査資料から、妖術信仰が「多元的現実」(シュッツ 1980)を生み出している状況を指摘した論文も発表している。いずれも、妖術信仰の社会秩序維持という機能を強調してきた先行研究(Marwick 1965など)に対し、妖術信仰が生み出す排除という現実や、その背後にある複雑に錯綜した人間関係を描き出したという点で理論的にも方法論的にも独創的な研究である。
さらに、妖術信仰が新聞やテレビ、映画というメディアを媒体として、閉じた社会の中のみではなく近代国家や世界システムへと拡散していく状況について報告した学会口頭発表は、妖術の近代性を主題化した最新の文化人類学による妖術研究(Comaroff & Comaroff 1993; Geschiere 1997)の成果とも関連しつつ、カルチュラル・スタディーズやメディア・スタディーズの理論も取り入れた学際的かつ先端的な妖術研究となっている。

(c)伝統医療に関する研究

博士課程2年次より開始した長期のフィールドワークの過程で、(a)口頭伝承という言説レベルの民俗知、および(b)妖術信仰という生活レベルの民俗知、に加え、(c)伝統医療という実践レベルの民俗知についての研究を対象とするに至った。伝統医療がおかれた身体や病というコンテクストでは民俗知の必要性・緊急性が他の2つのレベルより高く、民俗知が現実社会に対して与えうる影響をより対象化しやすいと考えたのがその理由である。
伝統医療の研究では、主にメディコと呼ばれる民間医療者や患者への聞き取り、および治療の現場での参与観察を中心に調査を行った。10名以上のメディコへの調査を行った後、その内1名の女性メディコの活動を教義と実践の両レベルで克明に記述し論文として発表した。また伝統医療が近年市販の薬を薬草として取り入れるようになった変化や、近代医療とのすみわけの根拠となる超自然的病因について国際会議での口頭発表を行った。それらはいずれも、先行研究(McAndrew 2001)が強調するような伝統医療におけるカトリックの神と精霊との安定した階層的構造とは異なる、神と精霊とが常に交渉しあう流動的な力関係を指摘している。また、伝統医療の中にみられる近代医療からの強い影響に、グローバルな状況におけるローカルな民俗知の適応と変容を読み取った点は、アパドゥライが指摘するグローバル状況下の脱領域化した文化(Appadurai 1996)を対象とする最先端の文化人類学的研究と呼応するものである。

なお、上記の3点の民俗知に関する研究に加え、国内外の環境保全や農村開発といった開発調査にも参加し(タイ・ランパーン州及び三重県熊野市)、その成果は評価報告書として論文の形で発表している。 

博士課程3年次の現在は、上記の3点の民俗知に関する研究に基づき、フィリピン低地キリスト教社会の民俗知の動態に関する博士論文を執筆中である。さらなる学会での口頭発表、学会誌への投稿を行った後、これまでの研究業績をまとめ展開させた博士論文を今年度末に提出する予定である。

引用文献

Appadurai, A.(1996)Modernity at Large: Cultural Dimensions of Globalization, University of Minnesota Press.
Comaroff J. & Comaroff J.(1993)Modernity and Its Malcontents: Ritual and Power in Postcolonial Africa, The University of Chicago Press.
Geschiere, P. (1997)The Modernity of Witchcraft: Politics and the Occult in Postcolonial Africa , University Press of Virginia.
McAndrew, J. P.(2001)People of Power: A Philippine Worldview of Spirit Encounters, Ateneo de Manila University Press.
Marwick M.(1965)Sorcery in Its Social Setting, Manchester University Press.
Ramos, M. D.(1990)The Aswang Complex in the Philippine Folklore, Phoenix Publishing House.シュッツ,A.(1980)『現象学的社会学』紀伊国屋書店


これからの研究計画

(1)研究目的(600字):

民間医療者によって行われる伝統医療は、文化人類学では古くから扱われてきたテーマである。しかしながら、伝統医療の研究においてはその医療的な側面よりも、宗教や儀礼的な側面が焦点化される傾向にあった。一方、公衆衛生の普及を目標にかかげていた開発学的諸学問およびその実践では、伝統医療は障害として扱われている。伝統医療の利用に関して議論がなされることもあるが、その場合も「正しい」医療知識の普及による伝統医療の近代化に着眼点が置かれていることが多い。
近年の医療人類学的研究からは、近代医療と伝統医療という2つの医療体系の共存状況が多くの地域で見られるものであり、一方が他方を否定する二項対立の図式を乗り越えた視点を提供する必要があること、また双方の関係性を視座に調査研究を行うことによる、二項対立を回避した形での実践的な医療体系構築の可能性が示唆されている。
しかしながら、伝統医療と近代医療双方が時に対立し時に協調しながら交渉を繰り返す共存の様相を扱った研究の蓄積は乏しく、とくに本研究の調査地フィリピン低地社会では皆無である。
以上の背景をもとに、本研究は、(1)フィリピン低地社会において実践される伝統医療と近代医療の現地調査を通して、伝統と近代双方の医療体系が対立と協調という交渉を続けながら共存している状況を克明に記述し、(2)この民族誌的記述をもとに、近代医療対伝統医療という二項対立を回避した形での実践的医療体系構築に関する明確な提言を行うことを目的とする。

(2)研究内容(1000字):

本研究では、フィリピン低地社会の近代医療と伝統医療の共存関係を克明に記述することにより、現実の医療問題に対応しうる実践的医療体系のモデルを提示する。

第1に、近代医療側の調査研究から伝統医療との関係を記述する。特に、これまでの正しい医療知識の教育という立場から、近年盛んになってきた伝統医療の見直しという立場への変化に着目する。その際に、(1)民間医療者の存在を把握しそれらを組織化することによる地域医療の充実化プロジェクト、(2)各自治体において民間医療者がリーダーとしての働きを果たしている薬草栽培プロジェクト、(3)個々の医師たちがインフォーマルに形成する民間医療者との関係、の3点に重心を置いて研究を行う。

第2に、伝統医療側の調査研究から近代医療との関係を記述する。近年、民間医療者側でも近代医療の知識を自分達の治療の中に積極的に取り入れようとする動きが見られる。(1)民間医療者による近代医療との共存可能な理論の構築、(2)治療効果をあげるための薬草と市販の薬の併用、(3)近代的な治療法を取り入れるための医師との接触、の3点に着目して研究を進める。

第3に、近代医療と伝統医療を併用する患者についての記述を行う。医療行為の受益者である患者にとっての、近代医療と伝統医療双方への関係性や重要性を考察する。

以上の研究に基づき、近代医療と伝統医療の共存関係に主眼を置いた民族誌的著作を刊行する。また研究成果の社会的還元として、現実の医療問題に対応しうる実践的医療体系についての明確な提言を行う。

なお本研究の性格上、フィリピンにて通算1年程度の海外フィールドワークを行う必要がある。その際には、アテネオ・デ・マニラ大学フィリピン文化研究所に客員研究員として在籍する。
また申請者は、現在の研究機関である名古屋大学文学研究科では文化人類学を専攻しているが、近代医療について、また開発プロジェクトについて扱う本研究の性格上、文化人類学の知識だけではなく医療や開発についての学際的な知識を必要とする。そこで、櫻井龍彦教授が在籍する名古屋大学国際開発研究科に研究機関を変更することを希望している。申請者の修士課程時の指導教官でもある櫻井教授は、文化人類学・民俗学の知識を国際開発学に援用し、実際的な研究成果をあげている。また国際開発研究科には医療や開発の実践経験者が教員・院生共に多数在籍しており、申請者が今後在籍する研究機関として最も適当と考える。

(3)年次計画(800字):

(1年目)
まず国内外の医療人類学、開発学に関する文献を検討し、文化人類学とあわせ本研究の学際的な視座を構築する。またすでに博士論文執筆のためのフィールドワークで得た本研究に関する資料を整理・分析し、新たに得た学際的観点からの考察を行う。その成果を日本の学会と国際学会で発表し、学会誌に論文を投稿する。

(2年目)
フィリピン・パナイ島にて、半年から1年程度のフィールドワークを行う。一次資料を入手しながら、マニラのアテネオ大学で当地の研究者や外国人客員研究員と意見を交換し研究を進める。この研究の成果は、日本やフィリピンの学会で発表し、学会誌に論文を投稿する。またアテネオ大学や調査地の村落集会を通じて実践医療体系についてのシンポジウムを開催し、意見交換を行いながら、研究成果の社会化に努める。

(3年目)(DC2は記入しないこと)
以上の調査研究をもとに、フィリピン地方都市の近代医療と伝統医療の共存状況を描く民族誌を作成し刊行する。なおこの著作は調査地への研究成果還元のため英語に翻訳しフィリピンでも刊行する。さらに、政府機関への働きかけやNGO活動への参加を通して、国家レベルから村落レベルまで幅広く実践的医療体系に関する政策提言を行う。

(4)研究の特色・独創的な点(800字):

本研究は、近代医療と伝統医療が交渉しながら共存していく関係性に着目することにより、これまで伝統医療の宗教・儀礼的側面のみ注視してきた文化人類学的研究と、近代医療の普及という側面ばかりを強調してきた開発学的諸学問の双方の欠落を補完し、さらに近代医療と伝統医療という二項対立の図式を乗り越えるという独創的な研究である。

また、近代と伝統の対立は、医療にかかわらず現代社会の多くの局面で主題化される問題系であり、その二項対立の乗り越えは、現代社会の諸問題に直面している社会科学諸学問全般に対して貢献をなすという大きな特色を持つ。

さらに、本研究は学問的な価値を持つだけでなく、現代社会において非常に重要かつ緊急性を有する医療問題に対して、実践医療体系という1つの新たな可能性を示すという点で実践的な独創性をも併せ持っている。研究成果を政府機関やNGO、また村落共同体との共同作業により政策提言という形で還元していく

本研究は、文化人類学者の調査地への関わり方に対して疑問を投げかけるいわゆるポスト・コロニアル批判を乗り越える新しい実践例ともなる。本研究は狭い意味での文化人類学の領域を超え、医療人類学や開発学の領域も横断する学際的な研究である。他分野の研究者と意見を交わし知見を深めることにより、専門分野にとらわれない総合的かつ実践的な議論が可能になる。また調査地フィリピンを中心に、国外の研究者と議論を行い、国際学会などで発表することにより、日本から海外に向けて研究発信を行うという点でも貢献をなすことが可能である。


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