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人物を評するのによく「誰々さんは器が大きい」とか「あの人は器量が大きい」と言う。反対に、「器が小さい」という言い方をしたりする。そして、この極めて単純な会話だけで、殆ど会ったこともないような人を理解したような気持ちになる。「皆がそう言うから、そうなのだろう」と単純に信じてしまうのである。
しかし、冷静に考えれば喋った人の「器」の大きさと聴いた人の「器」の大きさがそもそも違うのだから、「何」をもって「器が大きい」と判断しているのか、実に危うい話である。まして、その人が太鼓腹のでっぷりとした体型であれば、その外見から尚更、器が大きいと思い込んでしまうし、痩せてひょろひょろした体型であれば神経質な器の小さい人と思い込んでしまう。
人は概して第一印象やファーストサジェッションによって脳裏に勝手な偶像を描き築き上げていく。そして、何かの事件が起こったときに、「まさか!あの人が!」と裏切られた怒りの気持ちを抱く。このようなことはよくあることだが、「器が大きい」と勝手に思い込んだ人の過ちであって、そのことをもって相手を責めることは出来ない。
「器が大きい人」を器量人と言う。歴史上、最も代表的な人物は「敬天愛人」を銘とした西郷隆盛だろうと思うが、世間には、「器が大きい」ように振舞う人や、それらしく「ぶって」いる人など「器を大きく見せよう」としている人が大勢いる。騙されないようにしなければならない。では、本当の器量人とはどのような人を言うのだろうか?
「器」という字は、人物の大きさや才能を表わす言葉として使われ、才能があるために却ってそれが仇となって失敗することを「器量負け」と言うように、「器」は材(生まれつきの能力の意)の在る所、「量」は徳のみつる所を意味する。従って、器量人とは才能に優れ、力量の優れた人ということになる。清濁併せ呑むだけの人を「度量の広い人」とか「器が大きい」という傾向があるが、それに加えて何事にも秀でた才能が伴わなければならない。人物を計る「器」は、入れれば入れるほど更に大きくなる無限の容量を持つ入れ物である。若いときには浅くてもよいから経験と知識を広く求め、そして年経るごとに見識を磨いて、深く究め蓄えるのが良い。
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