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バーチャル時代と人間性    

 IT時代の到来とともに、視触という人間が本来有している本能的五感が退化しつつあるように感じる。そして、文化も、文明も、人の心までもバーチャル化し人間性を崩壊させつつあるような観がある。バーチャル化にはマニュアル的思考に相通じるものがあり、デジタル虚像時代の到来と言っても過言でない。しかし、ITバーチャルの劇的進化と言っても、視聴嗅味触の五感のうちの視聴覚の二感、それもそのごく一部だけが満たされているに過ぎない。

 にも拘らず、世の中にはバーチャル万能という思想が蔓延しているように思う。バーチャルという思想世界は、文字が読めると思った途端、世の中のあらゆることの全てが文字を仲介することによって理解できると錯覚してしまうことに似ている。文字を絶対化し文字に埋没してしまうと、目は文字を見るだけに働き、全ての音に対して耳を閉じてしまう。現実の生の音が聞こえなくなり、現実の事象が見えなくなるのである。文字は記録する手段であることを忘れ、文字を理解することは全てを理解することだと錯覚してしまうのである。

 人間も人間性も生まれ落ちたその瞬間から様々な学習によって育まれ、人間は様々の実体験を学習し人間性を確立しながら成長する。勿論、パソコンもいじれず、文字も知らない幼子は火に触れることで炎の熱さを知り、線路の近くでゴーッという轟音を見聞し体験して列車の通過する音を覚える。恐ろしい音だとか、耳を塞ぎたくなるような煩い音だというように、あるいは物の冷熱硬軟を体験することによって、生の音を感情的あるいは感性的に身体で感じ、物の質感を学び性質を知るのである。それが生き物であれば、生と死という場面に遭遇することによって命の重さを知り、その生物の尊厳を感じ、慈しみ労わるという心を学習する。

 最近、ITゲームが流行っているが、これは嗅味触覚を伴わない疑似体験でしかない。人間性の成長のために、体得や体感という実体験の中でしか得られない貴重なものがあることを、バーチャル時代の中であればこそ思い起こして頂きたい。体得や体感という知識習得はバーチャル世界の中では絶対に得られない。それは挑戦という実体験によって得られるのである。自らをバーチャルという架空次元に置くことによって、人間の成長に必要な体得や体感の機会が減り、人間性確立の基礎となる本能的感覚も退化しつつあるのではないだろうか?そんな気がしてならない。 

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