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人を育てるというのは実に難しい。育てようと思っても、育てられる方にそういう気がなければ思うようにならない。歴史を見ても、人を育てるのが上手かったのは、織田信長、徳川家康の二人だろう。流石(さすが)に徳川300年の基礎を創った家康は幕藩体制造りと人材育成に意を注いでいる。その元になっているのは今川義元や織田信長であろう。ある面は教師とし、ある面は反面教師として、是々非々を取捨選択して人材登用システムを作り上げたのだろうと思う。
その点、天才の閃きによって日本統一を成し遂げた織田信長が手間の掛かる人材育成を行なったとは思えない。人を観る眼に勝れていた信長は部下の手足を取って教えるという方法ではなく、これと思った部下は自分の傍に置いて「俺の背中を見て覚えろ」という教育主義を貫いたのではなかろうか。そういう意味では、厳密には人材育成には当たらないかも知れない。
しかし、信長の部下に逸材が輩出していることを見ると、これも一つの育成法であると言ってもよいだろう。信長と部下との関係の中にヒントがあるのではないかという気がする。それは、詰まるところ信長の哲学が部下を育てたことになるのではないだろうか。織田信長の魅力について、堂門冬二氏は次のように述べている。
1.
決断力に富んでいる。
2. 皆がやって欲しいと思っていることを敢然と実行する。
3. さっぱりしていて気前がよく、私欲がない。
4. 身分、出自にこだわらぬ能力主義である。(明智光秀、豊臣秀吉、石田三成等の登用)
5. 情に流されぬ合理主義である。
6. 頭脳が鋭い。作戦はいつも的確である。
7. 不言実行のタイプである。
8. 一人ひとりの向上心を満足させる。
9. 自由を尊ぶ開放性。
(自分自身が最も自由人であった)
10. 詩人・ロマン性。 (本能寺の変で自刃する直前、舞を舞うだけの余裕というか美学を持っていた)
織田信長という人物には「俺について来い」的餓鬼大将のようなところがあるが、堂門冬二氏の分析から想像すると、実際は「決断力と実行力に優れ、気前が良くて私欲がなく合理的で、優れた者を大事にし、それでいて一人一人に細かく気を配り、そして抑え込まず、自由奔放な風土を作り上げた」という繊細緻密な思考の持ち主であるように思う。
このような武将に、部下が惚れ込まない訳はない。ここに信長が日本統一を成し遂げられた最大の要因があるのではないかと思う。他にも、武将や指導者としての心構えを説いた言葉として、江戸中期の徳川幕府お抱え儒学者である荻生徂徠は、
「人を用いる道は、其の長所を取りて短所は構わぬことなり」
と人材活用のコツを教え、慶応義塾の創始者である福沢諭吉翁は
「何事によらず新工夫を巡らしてこれを実地に行なうというのは、その事の大小を問わず、余程の無鉄砲でなければ
出来たことではない」
と、新奇性への挑戦には「無鉄砲」が如何に重要な要素かについて説いている。そして、部下(当時は武士階級)の行動について、幕末の剣豪山岡鉄舟は、
「善悪の理屈を知りたるのみにては武士道にあらず。善なりと知りたる上は、直に実行にあらわし来るをもって、武
士道と申すなり。そしてまた武士道は、本来心を元にして、形に発動するものなれば、形は時に従い、事に応じて
変化変転きわまり無きものなり」
と、武士なればああだこうだと言ってばかりいては駄目だ。是非の判断をなした後は、直ちに行動に移さなければならないと諭している。陽明学徒なればこその名言である。
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