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Whale Watching の島、マウイ    

 このHPのハワイのページを読み直していたら、マウイ島とカウアイ島の紀行を書いていないことに気が付いた。「マジック・アイランド(魔法の島)」とも称され、美しく幽界の雰囲気を漂わせている魅惑の島、マウイ島を紹介しよう。このマウイ島には1992年の2月に行ったから、早いもので今から15年も前のことになるのでいささか色褪せているが、ツアーの案内書などを見ていると、10年も経てば激変する日本の観光地と違って、新しい店が増えたくらいで大きくは変わっていないようである。

 現地ツアー会社の観光バスに申し込んで同僚のFさんと二人で行った。Fさんは一人旅に熟(な)れた人で、誰に遠慮することなく気の向くままに旅することが好きだそうである。過去にアメリカ南部や中国北部をスケジュールのない気楽な一人旅を楽しんだことがあるという猛者である。どちらかと言えば、私も同じような旅を好むので、どちらからともなく

   「お互い余計な気を使わないでいいように、勝手気ままに楽しもう。ただ、バスの集合時間にだけは遅れないように。もし

   集合時間に遅れたら、他のお客さん達に迷惑を掛けることになるので、待たずに先に行ってよいことにして、遅れた方は

   追っかけることにしようよ」

と申し合わせた。二人とも即座に「OK!」。これでお互い余計な気を使う必要もなく、好きなように楽しめる訳である。

 当時は二人とも若く、怖いもの知らずだったので、バスに乗り遅れたらどこか外のツアーに頼み込んで乗り込み、追っかければよいと気楽に考えていた。幸い、二人とも時間には正確だったので「積み残し」事件は起こらなかったが、今から考えると、随分無茶な取り決めをしたと反省している。というのは、山登りツアーは値段も高く、また高地仕様の車は大抵8人乗り(運転手を除いて7人)で防寒服などの積み込み品もあり、定員に余裕のない車が多かったので、「いざ!」となっても、そう簡単に乗せてくれる車は見つからなかっただろう。

 そんな旅はオアフ島から始まった。ホノルル空港からハワイアン航空に乗ってマウイ島西部のカパルア・ウェスト・マウイ空港に向かう。30分かそこらの空の旅であるが、窓の下にモロカイ島やラナイ島の光景が手に取るように見物でき、遊覧飛行のような楽しさがある。ほどなく、マウイ島を代表する3055mのハレアカラ山(Mt.Haleakala)の秀麗な雄姿が目に入って来る。

 マウイ空港に着くと、ツアー会社の車が迎えに来ていた。同乗のツアー客は埼玉県から来たという女子学生風の3人組と栃木県から来た初老の夫婦に我々の二人で、日本勢ばかりの総勢7人だった。ガイドを兼ねたドライバーは日本語の達者な日系人だった。

 カパルアの空港から海岸に沿って走る30号線を南下し、カアナパリに向かう。途中、道路脇にグリーンが目の醒めるように輝いているビックリするくらい美しいゴルフコースがある。そのコースに植えられた椰子の木の姿もまた絵のように美しい。椰子の樹々の奥に瀟洒なホテルが見える。日本のゴルフ場にはない清々しい美しさがある。

 思わず見とれていると、ドライバー兼ガイドが「千昌夫のゴルフ場付きのホテルですよ」と教えて呉れた。当時、千昌夫は「歌う不動産王」の異名を取っていて、ハワイでも超有名人だったようである。ガイドの兄さんが、「日本の芸能人は凄いですねぇ!」と羨ましそうに感心していた表情が印象に残っている。

 道路を挟んだ、ホテルの反対側は、昔は一面サトウキビ畑とパイナップル畑だったらしい。しかし、今はどちらも採算が採れなくなって縮小され、当時の面影を想像することは出来ない。サトウキビ畑は人の手が入ったことを感じさせない自然のままの荒野と化し、僅かに整然と植えられたパイナップル畑が残っているだけであった。サトウキビ畑の中を、観光用に可愛らしく彩られたことを除けば、当時のままのサトウキビ列車がピーッ!ポーッ!と甲高い汽笛を鳴らして動いていた。遊園地で走っているような二両か三両仕立ての列車で、15分も走れば終点に着く。

 カアナパリからそのまま30号線を南下してラハイナ・タウンへ向かう。ラハイナは、女優斉藤慶子のデビュー映画「いとしのラハイナ」のロケ地でもある。昔は捕鯨基地の町であったという漁港町で、町の中心部にはノスタルジックな19世紀の建物があちこちに残っている。ラハイナの沖は鯨の周遊コースらしく、時には海岸から親子鯨の潮吹き光景などが見えることもあるらしい。

 私たちが訪れた1992年ごろは、やっと、ラハイナの観光化が進み始めた頃で、ホゥェール(鯨)ウォッチング観光の店がまだ4.5軒しかなかった。日本人の観光客も少ないようで、日本語の通じるお土産屋さんは店は一軒もなかった。捕鯨で栄えた時代の名残りが街中のそこかしこに残っている。鄙びた中に落ち着いた雰囲気が漂っている街である。今は鯨観光が流行っているので、鯨観光の客も増えているだろう。

 カアナパリの東方、内陸部のイアオ渓谷には錐のように尖(とんが)った奇岩イアオ・ニードルがある。まるで遺跡か何かのような雰囲気があるが、何億年も雨水に侵食されて出来た岩山だそうである。マウイは降水量の多い島である。

 その後、マウイ観光のハイライトであるハレアカラ山に登る。ハワイ島のマウナケア山頂4205mから北方を望むと幽(かす)かに空の色に溶け込んだようなハレアカラ山が雲海の上に聳えているのが見える。マウナケア山より1150mも低いにもかかわらず、雲海の上に聳えている姿は殆ど同じくらいの高さに見える。格調の高い秀麗な山である。ハレアカラとはハワイ語で太陽の住む家という意味だそうである。街中から見ると、ハレアカラ山から朝日が昇ることからそのような名前が付いたのだろう。

 四輪駆動の高地仕様の、ランドクルーザーに似たシボレー車は山腹を巻くようにして見る見る高度を上げて行く。登山用の車道は舗装されているが、山側には大きな溶岩がゴロゴロ転がっており、片側は30度ぐらいの崖地でガードレール(保護柵)も何も無い。そのような酷しい山道がひたすら山頂へと続く。高度が上がるにつれて、晴れたり、曇ったり、雨が降ったり、気候が激しく変わるが、高度3000mくらいになると、雨も少なくなるようである。

 世界最大の休火山、ハレアカラ山山頂は草一本無く、一面、溶岩と岩砂だけの赤茶けた荒涼たる世界である。巨大なクレーターの中には大小様々なクレーターが数え切れないほどある。まるで、月面に降りたかのような錯覚に陥る。名作「2001年宇宙の旅」のロケ地となったというのもむべなるかなという思いがする。宇宙飛行士や月面車の月面着陸訓練にも使われたところだそうである。

 巨大なハレアカラ・クレーターの縁に立って火口の底を覗いたとき、正面の雲の中に神秘的な「ブロッケンの妖怪」が現れた。後方からの陽射しを受けて正面の雲に映った円い光縁の中に私自身の姿が映っていたのである。手を振れば、妖怪も手を振る。記念に写真に撮ったが、残念ながらそういう目で見れば何となくそうかな!?という程度にしか写っていなかった。「ブロッケンの妖怪」というのは、ヨーロッパアルプスでしか見られないものだとばかり思っていたので、初めての経験で感無量だった。

 3055mのハレアカラ山を登るとき、高山病についてツアーガイドからは「気分が悪くなったら知らせてくれ」といった程度でハワイ島のような細々した注意はなかった。ハワイ島の4205mのマウナケア山は14歳未満の子供は禁止されているが、3776mの富士山には中学生くらいの子供も登っているようだし、3055mという高度では高山病の心配は殆どないのだろう。ただ、「山頂は寒いから一枚よけいに着て呉れ」という注意があった。

 ホテルのある海岸の気温は34度か35度くらいあった。34,5度もあるところで、上着を一枚余計に持参するというのは勇気がいる。この気温をベースに考えても3055mのハレアカラの山頂は17,8度くらいだろうと推測して、そのくらいならわざわざ一枚持っていくこともないだろうとズルして、F氏と二人、素肌にシルクのアロハ一枚、短パンにゴムゾーリという手ブラな出装(いでたち)で出発した。

 途中のラハイナやイヤオ渓谷は34,5度の気温でアロハ一枚で丁度良かった。ところがハレアカラの山頂にはかなり強い風が吹いていて、日向は爽快で心地よかったが、火口縁に建っているビジターセンターの日陰に入ると震えるような寒さだった。日陰の気温そのものは10数度あったのだろうと思うが、体感温度は多分度か10度くらいだったのではないかと想像している。私たちの寒そうな姿を見て、近くにいたオバサンたちが「ツアー会社の注意を聞いて来なかったんですか?」と口々に言う、蔑んだような眼差しが忘れられない。

 ハレアカラ山の標高2500mくらいから山頂にかけてシルバースウォードsilver swords銀剣草)という銀色の剣に似た花が剣先を外に向けて、乾燥して赤茶けた岩土にハリネズミのような形に咲く。砂漠のシャボテンに似て、花と言うより葉っぱのように見えるが、れっきとした花だそうである。ハワイにしかない花だそうで、7年〜20年に一度だけ咲き、後は枯れてしまうのだそうである。

 それも、マウイ島のハレアカラ山とハワイ島のマウナケア山にしかないらしい。このページの写真はハワイ島マウナケア山の標高2800mのところにあるオニヅカセンターの裏山で撮影したもので、地を這うようにして生えているが、ハレアカラの銀剣草は高さが50cm以上に成長するそうである。この時見たシルバー・スウォードは30cmくらいだった。


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