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三月、いよいよ統一地方選挙の始まりである。その象徴的最大の地方選は東京都知事選だろう。石原現都知事と建築家の黒川紀章氏と日本共産党の候補者の三人では石原氏の圧勝は火を見るより明らかで、石原氏の都政私物化を忌み嫌う都民の民意を反映する候補者が現われることを期待していたが、少々の候補者では対抗できない。そのような情勢下、東京都に石原現知事の競争相手になり得る候補者が現われるかどうか危ぶんでいたが、幸いにも前宮城県知事の浅野史郎氏が出馬を決心したことで「最大の痴呆(地方)選挙」と世界の笑い者にならずに済みそうなことは慶賀の至りである。
民の声が集まって風をなした観がある「民の風」は、夕張市の財政破綻が明らかになって「わが町を真剣に見直そう」という気運が強く根付き始めてから吹いているように感じる。その結果が、弱小政党である社民党公認の新幹線栗東駅廃止を掲げた嘉田由紀子滋賀県知事の誕生であり、「そのまんま東」宮崎県知事の誕生であると見ている。いずれも大政党の公認を得ず草の根選挙で、戦前の予想を覆(くつがえ)し圧倒的勝利で当選した。
これまで、地方交付金を国からより多く引っ張って来れる人が優秀な、あるいは力のある政治家という評価をされて来た。従って、中央官庁に近いほど有利な訳で、国政に顔の効く人や人脈を持っている人たちが県知事となることが多かった。しかし、夕張市の財政破綻が明るみに出るほどに地方交付金に群がる薄汚い人間模様が曝け出されて、地方交付金を得るために行なって来た「箱物行政」が財政破綻の原因であることが判明するに及んで、「東風」ならぬ民の風が吹き始めたと言える。
論語季氏編に「君子に九思あり(君子有九思)」という箴言がある。庶民から尊敬される君子という者は常に自らを律し練磨しているから君子として尊敬されているのである、ということを教えている。君子とは「人の上に立つ人」のことで、代議士や知事、市長などはまさに「君子たるべし」となる。九思とは、「視るは明を思い、聴くは聡を思い、色は温を思い、貌は恭を思い、言は忠を思い、事は敬を思い、疑には問うを思い、怒りには難を思い、得るを見ては義を思う」という意味である。(要約すると「物事を見るときは明察に心掛け、聴くときは聡明を心掛け、表情は穏和を心掛け、態度は控え目を心掛け、発言は誠実を心掛け、仕事は敬を心掛けし、疑問には探求を心掛け、腹が立ったときは後の事態に思いを廻らし、儲かる話には大義があるか筋が通っているかを思え」というような意味)。
従って、自分の住んでいる地域の首長選挙の際は、上記の「九思の思い」のある人を選ぶのが良い。必ずや民意に応えてくれるだろう。これまでの地方選挙は民から見放され、それが逆に私利私欲を企んでいる政治家や取り巻きの思う壺となって地方を駄目にする「痴呆」選挙が行なわれて来た観がある。一例を挙げれば、選挙違反は落選者陣営からしか検挙されないという現実はもっと声を大にして糾弾されるべきであろう。日本のあちこちで、民の声が風に変わることを願っている。
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