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ヒット曲「おふくろさん」を巡って作詞家川内康範氏が、どんな理由があるのか不明だが、「森進一には歌わせない」と息巻いて森進一氏との間に騒動が持ち上がっている。当初の歌は前奏からいきなり「おふくろさん・・・」と唄に入っていたのでやや唐突感があったが、最近は前奏部が長くなってリズミカルなセリフが入ってムードを盛り上げてからスムーズに「おふくろさん…」と森節の絶唱になる。個人的にはこの思い入れの激し過ぎるセリフは却ってわざとらしく余り好きではないが、当初の「いきなり絶唱」型のものも素人には歌い難いという欠点があった。
この歌は、「おふくろさん」という題名であるから息子が母のことを思い出して歌った男の唄である。もともと作詞者の川内康範氏が自分の母を思い浮かべながら作詞したものらしいし、作曲家の猪俣公章氏もまた自分の母を思い浮かべながら歌唱者森進一を前提にして作曲したものだろう。そして、この歌を唄った森進一氏もやはり自分の母を思い浮かべながら唄っているのである。そのためか、詩にもメロディーにも歌唱にも切々たる哀愁と感傷が見事に漂っている。
この歌の多くのファンは川内氏の母のことも、森進一氏の母のことも知っている訳ではなく、万民が各々自分の母の生前の姿をこの歌にダブらせて生々しく思い出して感涙しているのだろうと思う。多くのファンの心を響かせる「おふくろさん」の歌の持っている普遍性と泥臭い属人性がこの歌の評価を名曲というレベルまで持ち上げたことは間違いない。
そして、この唄をここまで育て上げた最大の功労者は森進一氏であることも否定できない。どんな立派な詩であっても、どんな立派な曲であっても、歌い手に卓越した表現力が無ければそう簡単にヒットするものではないし、川内氏もこのことは分かっている筈である。川内氏は10数年前から異議を唱えていたと主張しているが、当時は森氏も大手プロダクションに所属していた一介の歌い手に過ぎなくプロダクションの意のままに歌わざるを得なかっただろうし、作曲家の猪俣氏も健在であった筈である。川内氏の言う通りなら、何故、そのとき問題にならなかったのだろうか?釈然としない点である。
作曲家の猪俣公章氏は既に死亡し、また森進一氏が実母を思い描いて歌ったと言うその母も亡くなり、そして森進一氏も独立して、関係者は87才の作詞家川内康範氏と歌手の森進一氏のみという中での騒動である。川内氏は森進一氏の人間性を云々しているところをみると両者の間に余人には分からない積年の感情的問題も存在しているようで、部外者には触れ難いが、問題の本質は著作権に絡む法律問題のような気がする。
川内氏は自分の歌詞に無断で手を入れたことに怒っているようだが、既に10数年も前に付加されて歌い続けられているのに、何で今頃?という割り切れなさがある。小説などは「一切手を加えてはならない」というのは常識であるが、歌にはリズムがあり、リズムに合わせた編曲というのも常識である。作曲に編曲が許されるのであれば、原詩のイメージを傷めない程度の、編曲ならぬ「編詞」というジャンルを認めても良いように思う。著作権の期間が伸びる風潮の中で、作品の柔軟な展開姓を可能にさせるためにも検討の余地があるのではないだろうか?
わが国には暗黙の内に「歌手の持ち歌」的慣習が存在しており、同じ歌を複数の歌手が歌うというのは極めて稀であるが、アメリカはその点実に開かれている。アレンジ曲も多くあり、また多くの歌手が同じ歌を競って歌っている。日本ももっとオープンにした方が作詞家、作曲家、歌手など全てのレベルがアップするだろう。
川内氏が「森進一には歌わせない」と言ったり、また「森進一には歌わせないが、他の人には歌わせる」とも発言している点について日本音楽著作権協会(JASRAC)からコメントが出ないのは不思議である。そうなると「おふくろさん」や他の歌も日本音楽著作権協会(JASRAC)に登録したままということになる。しかし、日本音楽著作権協会(JASRAC)とは、音楽著作権者から著作物の申請登録を受けて使いたい人には誰でも平等に使用権を許可し、その使用料を代理受領して著作権者に支払うというシステムで運営されている公(おおやけ)の団体の筈である。
「公(おおやけ)」であるということは、使用希望者を選ぶ権限はなく広く平等に門戸を開くことが義務付けられている筈で、「特定個人の使用を不許可」とすることは独占禁止法に触れる恐れが出て来る。となれば、川内氏が著作物の全てを森進一氏が歌えないようにするためには、全ての著作物の登録を抹消しなければならないだろうと思う。
作曲家の猪俣公章氏は既に亡くなっているし、おそらく自分ひとりの一存であろうと思うが、故猪俣公章氏の相続権者の了解を得た上で発言しているのだろうか?さもないと作曲家の財産権(著作権)を侵害していることになる(実際上は、作曲家から異議が出るので不可能であると思われる)。従って、この「おふくろさん」騒動は、そろそろ日本音楽著作権協会(JASRAC)がまとめ役として登場しなければならないのではないか。