∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏 の Beauty,Business & Favorites 巻頭 <112号>VOL. '0804 / 2008.04.01号 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
先月初め、実母の十七回忌で久し振りに故郷を訪れた。私の故郷はお茶と仏壇と和紙が名産の福岡県南部の八女市という人口3万人強の小さな商業都市である。昔は郡部では山林業も盛んだったが今は廃れてしまい、昔からの名産品産業以外には特に目立った産業はない。私が45年前上京した頃が3万7千人くらいだったから、数千人減少しただけだけだが、人口の増加しない都市というのは街並みにも大きな変化がないもので、現在もかっての古い街並がそのまま残っている街区もあるし、微かだが昔の面影をそこかしこに残している街区も多い。
故郷に残っていた昔の風景を発見したとき、それがどんなに古ぼけていても、多くの人々との記憶や様々な体験の記憶が触感を呼び醒まし一瞬のうちに甦って来る。故郷を離れ他所へ出た者にとっては、久し振りに帰省した時に、馴れ親しんだ街並みを目の当たりに出来ることは数十年前の感慨に浸れて喜びを感じるものだが、何十年もの間その街で暮らしている人の目には、年々歳々、年を経る毎に何も彼もが古ぼけて行く様はどのように映っているのだろうか?と思ったりする。
二泊三日の駆け足の旅だったが、春日市(福岡市の南)に住んでいるH君に「会いたいな」と電話をしたら、故郷の八女の街に中学時代の友人たちを数人呼び集めてミニ同窓会を企画して呉れた。久留米市に住んでいるF君、柳川市に住んでいるM君、地元に住んでいるK君。実家の近所に住んでいるT君は所要で都合つかず。参集者の殆どが故郷を離れているにも拘らずわざわざ駆け付けて呉れた。友人とはありがたいものである。皆齢65歳を超え、頭髪は白く、あるいは薄く、容貌風采共に大きく様変わりして少年の頃の面影は薄く、時の変遷を実感させられた。
私は高校から地元を離れ久留米市へ通い、そして東京の大学へ進学し、そのまま東京の会社に就職したので、中学時代の友人たちとは会う機会も少なく、F君とは40数年振りの再会だった。彼の顔を見たとき目許の辺りに、一瞬、記憶の片隅に漂うような幽(かす)かに感じるものはあるのだが、なかなか名前が浮かんで来なかった。戸惑っていると、「F君だよ」。隣に座っているK君が助け舟を出して呉れた。どちらからともなく握手の手を差し出して「久し振りだなぁ!中学卒業以来じゃないかなぁ!」。彼の実家と私の実家はそれほど離れておらず、近くの公園や我が家でよく遊んでいたが、商業高校へ進み、就職で八女を離れた彼とは会う機会が殆ど無かったのである。
先日起きた茨城・土浦駅での殺人犯取り逃がしの解説報道を聞いて、「顔の造りの中で目尻だけは変えられない」ということを知った。目尻だけは変装のしようがないらしい。従って、刑事さんたちは犯人の顔写真の「目尻」を記憶に焼き付けて捜査するのだそうである。確かに、一瞬思い出せなかった友人の顔も、よくよく見ると目許の辺りには少年の頃のあどけない面影が微かに残っていた。顔と名前が一致すると、それを切っ掛けに絶え間なく激しく湧き出す温泉のように、少年の頃の様々な記憶が見る見る呼び醒まされた。春宵に始まったミニ同窓会はすっかり打ち解けて懐かしく愉快に話が弾んだ。気が付いたときには夜も更けていた。
懐かしさとは記憶の量に比例するのだろう。その記憶も薄れて行くにつれ、旧交の機会も消えて行く。旧交も記憶と言い換えることが出来るようだ。「旧交を温める」という言葉を知らない人はいないが、「旧交を温める」機会に恵まれない人も多いだろうと思う。記憶は過去を美しく浄化させて呉れるだけでなく、新しい絆も糾(あざな)って呉れる。帰り際、H君が「俺の作品だ。持って帰ってくれ」と上掲の「寒椿を描いた平茶碗」をお土産に呉れた。陶器が趣味で自宅に窯も持っているそうで、わざわざ皆に焼いて来て呉れたらしい。H君は新しい記憶を与えて呉れたのである。「旧交の宴」を企画してくれた友人と参集して呉れた友人たちに感謝している。
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