∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏 の Beauty,Business & Favorites   世相雑感   <113>VOL. '0805 / 2008.05.01 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

二院制における参議院あり   二院制改革案

 両院が健全な形での論争が行なわれるのであれば、過去の遺物かヘドロのようにして存在している悪制や不要組織等を「清掃」する道具としての機能も働くと思われるが、今のように衆参が捩(ねじ)れていると、どうしても与野党の思惑はそれぞれの損得勘定を剥き出しにするだけで、折角の政策も論議も国民不在の「政争」の具にされがちである。現に、これが政治だと言わんばかりに、こんなことばかりを熱弁している半分開き直ったような幹事長もいる。このような政治の貧困は、損得でしか物事の是非が判断出来ない貧しい思想の政治家ばかりになったことが大きな要因である、と言われても仕方あるまい。

 ところが、「ねじれ」で一番迷惑を被るのは与党でもなく野党でもない。勿論、「ボヤキ節」の福田総理大臣でもない。国民そのものが最大の被害者であることを忘れてはならない。この一年ばかりの間に明らかになった、防衛省、厚労省、国交省などの一連のデタラメ振りを目の当たりにして、自民党・公明党と民主党の政争を、解散も期待できず、ただ手を拱(こまね)いて指を喰わえて見ているしか術のない国民の多くは、煮えくり返るような憤りを覚えつつ呆れ果てていることだろうと思う。

 向後暫くは「ねじれ」状態が続きそうなことを考えると、国会が何とか上手く機能するような改善策を考える必要があるのではないだろうか。「ねじれ」とは衆参での権力の「逆転」現象であって、制度的に二院制であることは当然予定していることであり、政治家は政治の停滞を逆転現象を理由にすることは許されるべきでなく国民も政治家も当然なこととして受け入れなければならない。参議院不要論を唱える人も多いようだが、もっての外で、国民の少数意見を汲み上げる意味からも参議院は残して置かなければならない。

 参議院に対して衆議院の優位性が語られることが多いが、憲法は、543項、592項、602項、672項において衆議院の最終議決権について優位性を認めているだけで、衆議院と参議院に優劣を認めている訳ではない。二院制を定めた憲法の立法趣旨から見ても、衆議院の第一党を「与党」と呼ぶように、参議院の第一党も本来であれば「参院与党」と呼ぶべきだろうと思うが、参議院に独自の権力が付随していないために「参院与党」という言葉が定着しないのだろう。

 元々は政党色の薄かった参議院に政党政治色が段々濃くなっていったことは、恐らく大選挙区制、中選挙区制、小選挙区制という選挙制度の時代的変遷と無関係ではないだろう。この政治形態の変化が民意によるものか、それとも一部の政党や政治家の恣意性によるものか、断定することは難しいが、政党政治の進化()は党議拘束ばかりが目立つだけで、個々の国会議員の判断力を要求しなくなったように思う。それ程の専門的知識や見識はなくとも知名度さえあれば、誰でもが国会議員になれる、という門戸開放には貢献しているが、一方では国会議員の質の著しい低下を招いていると思っている。そして、それと共に参議院の独自・独立性が失われ続けて擬似衆議院化して行った結果が、参議院の存在価値を希薄化させ、一部の国会議員や国民に参議院不要論を是認させたように思う。

 しかし、二院制においては、やはり参院の独自・独立性を堅持し維持することが二院制の理想的健全な姿であると思う。そのためには、大選挙区時代のように参議院から政党色を出来る限り消すことが理想であるが、小選挙区制の今となってはそれも無理だろうと思う。となれば、健全な二院制を復活させるためにも、参議院を形骸化させないためも、参議院の存在感を大きくする必要がある。即ち、今の小選挙区制の中で参議院の独自・独立性を如何にして惹き出すか、あるいは参議院の独立性を如何にして強化するか、ということである。

 そのための一案は、「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない」と定めている憲法68条を、例えば、内閣、早く言えば大臣を参議院議員の中から議員定数(衆院480参院242)比率によって任命しなければならい、と運用面を改定するのである。この改定による最も大きな効果は参院与党からも大臣が出るという点である。そして、衆院与党が発議した法案を参院与党が審議し、参院与党が発議した法案は衆院与党が審議するという形になり、国会の正常化は今よりも格段に期待できる。即ち、「ネジレ」国会は自動的に連立政権的政治形態を取らざるを得なくなるということである。表現的には、両院の独立・独自性という面から見ると、「連立政権」という言葉よりも「共立政権」と言った方が適切であろう。

 そうなれば波及効果として、参院から衆院への鞍替え出馬などという愚も減るだろうし、党としても参院にも大臣適任クラスの人間を送り込む必要が出て来るので議員の質の向上も期待できる。更に、参院の大臣は参院での不信任決議が可能となって、参院与党としての存在感が顕われ、政治に一層の緊張感も出て来るだろうと思う。この程度の改革は憲法改正でなくとも内閣法や国会法の改正で出来る筈で、それほど難しいことではない筈である。

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