∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏 の Beauty,Business & Favorites   世相雑感   <117>VOL. '0809 / 2008.09.25 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

    王さんこと

 「世界の王」と呼ばれた元巨人軍の王貞治さん、今は福岡ソフトバンク・ホークス監督が今期限りで引退するそうである。王さんで憶い出したことがある。今から15年も昔、福岡ダイエー・ホークスの監督を引き受けられる前の19936月、王さんがNHKの解説者をされていた頃のことである。私はあるイベントのプロデュースのために若い人たち大勢とホテル・ニュー・オータニ博多に夜チェックインした。

 翌朝、8時半ごろ、大勢揃って朝食を食べに14階のレストランに行った。14階にあるために朝は宿泊客だけしか利用していない和食の店で、大声を出すのも憚られそうなくらい静かな、落ち着いた格調を保った雰囲気の和食レストランであった。当時は店の入り口近くに4人掛けのテーブル席が通路を挟んで窓際と奥側に数席あったように思う。私たち一党は奥側の二つのテーブルに分かれて座った。朝食を頼もうとメニューを見ていると、後ろのテーブルに座った一人が私のところにソッと来て耳元で、

  「あの人は王監督ですよね」

と確認するように密(ひそ)やかな声で問い掛けて来た。さり気なく彼の視線の先を追うと、通路を挟んだ向こう側の窓際の4人掛けのテーブルに、確かに王さんらしき人が一人座って一心に新聞に目を落としていた。黒ズボンに白いYシャツという地味な姿だが、筋骨隆々の如何にもスポーツマンといった体格、真っ黒に陽に焼けた顔と腕と手、どこから見ても王貞治その人であった。後から誰か相席者が現われるのかと思ったが、そんな気配も素振りも全く無い。

 しかし、世界の王さんが随員も無く独りというのは怪訝(おか)しい。そんなことが本当にあるのかな?という思いが付き纏(まと)い、どうしても疑念が抜けない。二度、三度、チラチラと視線を投げた。そう思って見ると、王さんの身体全体から確かにオーラが湧いていた。

  「ウン、王さんだね」

  「サイン貰って良いですかね」

と、彼がウキウキとした口調で言う。彼と私のそのやり取りで、若い連中全員が王さんに気付いた。サインが欲しい。我も、我も、という空気が流れ始めた。放って置けば、誰かが飛び出しそうな雰囲気である。折角の朝食タイムを邪魔しては申し訳ないので、

  「分かった。お願いしてみるから、静かにして待ってろ」

 私は全権大使の如く徐(おもむろ)に隣の王さんのテーブルに足を運んだ。

  「スミマセン。王さんでいらっしゃいますか?」

と問いかけると、王さんは新聞から顔を上げ怪訝な眼差しで、

  「はぁ、そうですが…。何か・・・?」

 向い側の席の騒動には気付いておられなかったようである。野村監督や星野監督の賑やかさや長島監督の用心深さに比べると、根っから静かな人柄のようである。著名人特有の妙な臭さが全く感じられない。だからオーラも強烈ではなく滲み出るようなものなのだろうか。恐る恐る、

  「実は、連れの若い者たちが監督のサインを是非頂きたいと申しているんですが、お願いできませんでしょうか?」

  「あぁ、いいですよ、どうぞ、どうぞ」

 拍子抜けするくらいアッサリと承諾が頂けた。「朝食タイムですので・・・」とヤンワリ断られてもショウガナイと思っていたことが杞憂に終わった。席に戻って、その旨を皆に告げると、皆の喜び様は大変で、気の早いのがテーブルの上をキョロキョロすると、紙ナプキンを手にして、

  「これに書いて貰ってもいいですかね?」

と、今にも跳び出しかねない。

  「そんなのでは王さんに失礼だよ。本当は色紙が良いんだが・・・。部屋に戻って、何かチャンとしたものを用意して来いよ」

 この間、テーブルに座って僅か数分間の出来事である。全員、大急ぎで部屋へ戻り、ノートなどを持って戻って来た。一時、王さんのテーブルに若者の人だかりが出来たが、王さんは無駄口もなく黙々と、時々、独特の微笑みを浮かべながら、一人ひとりに丁寧にサインを書いて下さった。

 時間にすれば10分か15分程度のことで、朝食が用意されるまでの間の出来事だった。朝食時間が遅かったせいでお客さんも少なく、サインを貰ったのは我々だけであった。朝食を終えて、皆で「ありがとうございました。お先に失礼します」と挨拶すると、静かに頭を下げられた。

 王さんは全く偉ぶったところのない、実に気さくで淡白な人柄のように感じた。家に帰り、家人にこの話をしたら、「どうしてサインを貰って来なかったの?」と文句が返って来た。サイン希望者が多くて私は遠慮してしまったのだが、今になって、私もサインを貰って置けばよかったと思っている。テレビの引退会見を聞いていて、昔のことを思い出し一筆した。(107日仙台、楽天がLast Game。惜敗)  

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