∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏の Beauty,Business & Favorites 巻頭 <121号>VOL. '0901/ 2009.01.01号 謹賀新年 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 忠 恕 <論語>
「夫子之道 忠恕而已矣(夫子の道は忠恕のみ)」とあるように、論語の大きな幹となっているものは「忠恕(ちゅうじょ)」の一語に尽きる。忠とは「誠忠」という言葉で表わされるように、「真心」「誠心誠意の情行」であり、恕とは「寛恕」という言葉で表わされるように、「思いやり」「寛容」という意味である。従って、忠恕の意味は「真心を尽くして、人の為を思いやること」ということになる。相手の立場に立ち、相手の心情を慮(おもんばか)って考え、行為することを旨としているのである。キリスト教の「隣人愛」が近いのかも知れない。「忠恕」の心や行為が「仁」ということになる。
2007年、2008年は、政界、官界、金融・保険・実業界、一般社会等々、日本中の津々浦々で数々の不祥事が発覚した。「金儲けの為」「自己の利益の為」という我利我利亡者が大手を振って肩で風を切って歩く社会に成り下がっていたのである。その有り様は目に余る体たらくで、一流会社の商品だから、代議士の先生だから、官庁の偉い人だから、…と盲目的に信じて来た国民が一番バカを見ていたことを思い知らされた。年金にいたっては「偽詐」の限りで、大多数の国民は旧厚生省に殆ど半世紀に亘って騙され続けて来たことを知らされた。これで政治不信が起きない筈がない。
福沢諭吉翁に「信の世界に偽詐(ぎさ)多く、疑の世界に眞理多し」という言葉があるが、現在の社会状況は正にその通りになってしまった。福沢翁の「単純に信ずれば裏切られるのが落ちで、何事も真偽を確認することが大事である」という警告が的を射ていたことになったが、今の日本のリーダーや組織に最も欠けているものが「忠恕」の精神と行動であろう。確信犯的「偽詐」行為者に対して「忠恕」の心を求めることは無謀かも知れないが、人間の良心を期待する論語とすれば矢張り「過(あやま)ちては則ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」と言う如く、「自分の考えの過ちに気が付いたら躊躇することなく勇気を奮って自ら改めよ」と教えるだろう。
「子曰く、君主重からざれば則(すなわ)ち威あらず。学も則ち固からず。忠信を主とし、己に如(し)かざる者を友とすること 勿れ。過(あやま)ちては則ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」
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