∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏 Beauty,Business & Favorites   巻頭   <122>VOL. '0902/ 2009.02.01 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

定額給付金は「黄金の鍵」  

 年明けから麻生総理の国語力が国会で論じられている。漢字の思い込みの読み間違いなどは誰にでもある。特に「遂行(すいこう)」を「ついこう」と間違えて覚えている人は驚くほど多い。「施行」は昔は法律用語としては「せこう」と読み、口語体としては「しこう」と読み分けていたが、今は「しこう」でも「せこう」でもどちらでもよい。「施工」も同様である。このように言葉というのは時代によって少しずつ変化しているものである。

 麻生総理の国語力の余りの低さには弁護の余地はないが、それでも大勢の国民の支持を得た国会議員であることを忘れてはならない。支持者たちは麻生氏自身の実行力と人間性に期待を掛けて一票を投じている訳で、それらに比べれば国語力など大したことではない、と欠点には目を瞑(つぶ)っているのである。公序良俗に反するような行いをしでかした御仁と一緒にするようなことではないだろう。にも拘らず、国会等での野党の言い分を聞いていると、国語力の低い者が総理大臣になっていることが問題であるかのような言い方であるが、これは国民の信を得ている国会議員に対して侮辱にも等しい発言である。

 如何に国会の中では何を発言してもよいということになっていようとも、いやしくも行政・立法の最高府の議員であるならば、せめてTV中継の国会ぐらいは礼節を尊び、国民の生活向上に結びつかないような発言は慎まなければならないのではないか。安倍・福田・麻生とまるで売り言葉に買い言葉のような発言ばかりが目立つ国会だが、国会で漢字の読み方や読み間違いを論議する国なぞ、世界広しと言えどもわが国ぐらいしかあるまい。何と言う、情け無い国会であろうか。

 政治家は「語る」ことが使命であることは間違いないが、政治家に最も要求されるのは説得力や説明能力ではなく、正義を礎にした行動力と実行力であることは言を俟たない。「かんぽの宿」譲渡問題に噛み付いた鳩山総務大臣の正義感には心晴れる思いがしたが、後は実行力を期待したい。麻生総理に必要なものも、「行動は言葉よりも雄弁である」という言葉があるように自らが掲げた政策を実行する行動力だけである。

 定額給付金は、もともとは購買活動の低下を下支えするための景気回復政策の一つであった筈だが、モタモタ、右往左往して時間ばかりを費やしている内に「派遣切り」が社会問題化して、いつの間にか福祉政策に変化してしまったことは否めない。財政難の中で限られた選択を迫られている麻生総理の苦渋が手に取るように理解できる。景気回復策と弱者救済策とが別物であることぐらい麻生総理は重々承知の筈で、本筋論としては二つに分けて考慮すべきであったが、財政難の中で今となっては、何もしないよりは何でもした方が良いことは明白であるので、「お金はどのような扉でも開ける黄金の鍵である」というユダヤの言葉を信じて実行するしかないだろう。さもなければ支持率は何処までも下がる。

 あれやこれや、政権内部から雑音が噴出していることも支持率を下げている要因であるが、そういう意味では麻生総理の説得力や説明力は不足していると言える。そして、そのモタモタ分がそっくり支持率を逓減させた。しかし、日々の社会状況は悪化の一途を辿って予断を許さぬ状況になりつつある。「お金が無くなったときには人生の半分が失われる。勇気が無くなったときに全てが失われる」という言葉もある。弱者から「生きる勇気」や「挑戦する勇気」を失わせない政治が急務となって来ていることだけは間違いない。

 それにしても、政治家の目は何を見ているのだろうか?自分たちが選んだ首班を1年も経たない間に挿(す)げ替えようとする自民党というのは、政党もさることながら属する議員たちも何を考えているのか、何を見ているのか、実に分かり難い政党になってしまった。何事も、分かり難さが不信の基である。こんなことでは多くの国民が、民主党に一度政治をやらせてみよう、と思うのは已むを得まい。と言って、民主党も分かり易いとは言い難いが…。

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