∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏 Beauty,Business & Favorites   巻頭   <124>VOL. '0904/ 2009.04.01 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

わかる:解る、分かる、判る 

 人と人との関係において、あるいは国と国との関係において、あるいは自分と周りのあらゆる関係において「理解しようとする姿」「理解し合おうとする姿」というのは最も大事な心掛けである。理解しよう、理解し合おうという姿は、時と共に信頼を呼び、尊敬の念を呼び覚まし、信用を広め、無用な争いも減じる。理解は対立をも阻むのである。従って、理解しようとする心、理解し合おうとする心さえ持ち続けていれば、必ず道は開ける。

 ただ、日常生活の中では「理解する」「理解し合う」という言葉より「わかる」「わかり合う」という言葉の方がよく使われる。漢字にすれば「解る」「分かる」「判る」となる。いずれも「理解する」という意味であるが、「わかる」と発声したり平仮名で書くと、それこそ分かったような分からないような曖昧さを覚える。「わかる」を漢字で表わしてみると、以上の三つに加え、「理解する」「判別する」「分別がある」「納得する」「合点する」「得心する」「ご賢察を賜る」といった言葉になり、「何」を理解するのかという「理解」の中身や「理解」の仕方に微妙な違いが見えて来る。

 文章であれば、漢字を使い分けることで微妙な表現をすることが出来るが、言葉になると、「わかる」という口語言葉を「理解する」とか「判別する」などと文語言葉に言い換えなければならない。これでは表現が硬過ぎるし難しくなると考えて、分かり易く、平易に、と心掛ければ心掛けるほど、思いとは逆に表現が曖昧になっていることに気付かされる。

 「解る」とは、「理解する」という意味で、「解」には「溶ける」「悟る」「解(ほど)く」という意味がある。理路整然と理解して行く様が現われている。理屈、理論、知識を通して理解する、言い換えれば「頭で理解する」という意味となる。従って、知識や理屈等学問的な「わかる」には「解る」が正しい用法と言える。

 最も多く使われる「分かる」という言葉は、「分かち合う」というところに理解の原点があることを示している。ある事象に接して経験や体験を共に分かち合って共に理解することと言え、ある事を「一緒に経験し痛みをあるいは喜びを分かち合うことによって理解し合う」という意味になる。用法的には「分かる」と「解る」には殆ど差はないが、「分かる」には感覚的に身体で分かり合うという人間的ニュアンスがある。

 その点、「判る」というのは「判明する」「判別する」という意味で、分割し、区別して相互に比較することで「違い」を理解するという意味となる。「解る」「分かる」に比べれば、ABを比較対照して各々の違いを理解するという意味が強い。一時、TVCMで流行った「違いのわかる」男の「わかる」は「判る」が正しいということになる。

 上位者や指導者の多くは、理解の確認のために好んで「わかったか!」という言葉を口にする。しかし、聞いている方には「解った」人、「分かった」人、「判った」人等々、自分の体験に照らして理解する人や自分の知識に照らして理解する人など、人それぞれに様々に理解している人達がいることを理解して置かなければならない。多くの上位者たちがこの点を理解していないが為に、後日、「わかってくれた」とばかり思い込んでいたものが、「ちっともわかっていないじゃないか!」「何を聞いていたんだ!」と声を荒立て怒り出す羽目に陥る。自分の話し言葉が曖昧であることに気付いていないのである。

 「わかる」というのは、そもそも「わからせよう」とする心と「わかろう」とする心には乖離(かいり)があるもので、最も大事なことは「わからせ方」の問題である。簡単明瞭な言葉で喋ることが必ずしも正確無比な意思伝達となり得ないこともあるのである。従って、このような曖昧さを残さないためには情報や事象を共有化することが重要で、そのためには文書にしたものを一人一人に渡し、噛み砕いて解説するという形が最も良いと言える。

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