∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏の Beauty,Business & Favorites 巻頭 <128号>VOL. '0908/ 2009.08.01号 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

いよいよ今月の最後の日曜日、30日に衆議院議員選挙の投票が行なわれる。先の都議選の結果からすると、歴史的政権交代が起こるかも知れぬ。小選挙区制になってから政党選挙の色合いが強くなった。いとも簡単に地元民の意向を無視して刺客が投入されたり、突然落下傘候補が舞い降りたり、年齢・経歴・経験・人柄等々全てお構いなしの見も知らぬ人間が政党公認というだけで国政に登場する。中選挙区制時代を知っている者にとっては、今以って納得しかねる複雑な思いが消えない。
昔の、小選挙区制になる前の中選挙区制下では、わが国の政治は政治家個人の資質や能力に依存する度合いが強かった。国民は政治に任侠を求め、政治家もそれに応えるようにユニークな個性を発揮していた。強烈な個性の宰相としては「ワンマン宰相」と言われて君臨した吉田茂、「巨魁」と言われた岸信介、岸の弟で「忍魁」と言われたギョロ目の佐藤栄作、「ブルドーザー」と言われたヨッシャ、ヨッシャの田中角栄などは象徴的政治家である。彼らは、一部「悪る」でもあったが、概ね強烈な「国士」でもあった。
当時は、政治家には「頑なさ」と「使命感」が最も必要な資質であった。国民も彼らを「上から目線」とか「下から目線」といった卑近な基準で評価せず、強烈な使命感に共感し毅然さを求めた。従って、国民に迎合する政治家は低級低俗と見られ、国民から軽蔑されたものである。今の素行不良・軽挙妄動・軽口の過ぎる政治家たちの言動には幼稚さだけが際立ち隔世の感がある。当時、政治家と国民の間には「公約」は存在したが、マニフェスト(Manifesto;Manifest)のような「契約」的発想はなかった。国民も、政党の公約よりも人柄と個人の公約の方を高く評価していたように思う。従って、刺客や落下傘候補者なぞが入り込む余地は無かった。
今度の選挙は完全にマニフェスト選挙となった。「安心・活力・責任」の自民党、「生活を守り抜く」公明党、「政権交代」の民主党、「生活再建」の社民党、「輝け!日本」の国民新党、「国民が主人公」の日本共産党、各党それぞれ知恵を絞ったキャッチフレーズを掲げてマニフェストを発表した。キャッチフレーズに各党の苦心が滲み出ている。勢いのある民主党のキャッチフレーズが最も分かり易くインパクトがある。
しかし、マニフェストの中身を個々に比較して見ると、憲法改正に関する以外、際立った差は見られない。景気回復、年金行政、育児・教育等々金額に大小があるくらいで施策に大差ない。もっと「国家理念」についての主張がなければならないのではないか?メディアのコメントを聞いていても景気対策や年金や原資についてばかりで、教育基本法が改正され国民投票法も成立して後は憲法9条の改正を待つばかりとなっているのに、「この国をどうするのか」という踏み込みがないのは残念である。
経済再建にしても、国民福祉の再構築にしても、安心・安全にしても、全ての政策の基礎を成すものは「平和」である。小泉政権時代には自民党議員の口から「核兵器保持論」や「防衛のための敵国施設攻撃論」や「集団的自衛権の拡大解釈」等々、憲法解釈の変更を意図した心無い発言がたびたびなされた。今年の4月、プラハで
「米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある」
と演説したオバマ大統領の見識に驚かされた。と同時に、わが国の政治家たちの見識の低さを思い知らされた。安倍政権が国民投票法を成立させ、憲法改正のための準備を着々と整えつつあるというのに、自民・公明・民主・国民新各党のマニフェストには付け足し(公約と解されない為か?)の如くか、あるいは全く触れられていない有様である。
憲法改正について明確に意見表明しているのは社民党と日本共産党の二党に過ぎない。また、戦争放棄、武器使用の放棄、非核三原則の遵守等「平和憲法の維持」を強く表明しているのも二党だけである。平和憲法を維持しようとする政党が二党しかなく、しかもこれらの野党の地盤沈下が止まらないという現象を見ると、わが国の行く末に一抹の不安を感じる。
今度の選挙は、一見、与党連合VS野党連合の政権争いという図式になっているように見えるが、必ずしもそうとは言い切れない。先月の東京都議選の結果を見ても、「追い風」に乗った民主党の一人勝ちで、逆風を諸に受けた自民党が大敗したのは当然だが、日本共産党や社民党やその他の政党も敗退して議席を大幅に減らしている。その中で逆風を受けている筈の公明党は一議席増やして、創価学会という組織票以上に強固な不動票の力を見せ付けた。
国民の意識は今回の選挙を「自民党VS民主党」の政権争い、即ち単純に二党の「政権交代劇場」と捉え、他の野党の存在意義にまで思いが到っていないように見える。多分、投票箱の蓋を開けてみれば、「政権交代」をキャッチフレーズに掲げる鳩山民主党と「責任力」を唱える麻生自民党の一騎打ちとなっているだろう。小選挙区選挙制度である限りこのようなことが起こることは否定できないが、野党が揃って票を伸ばして勝つことは健全だが、民主党だけに票が集まることは芳しくない。民主党のタカ派的体質から想像するに、郵政解散選挙によって大量の小泉チルドレンが誕生した「小泉劇場」の二幕目が始まる危険性がある。
しかし、国民が小選挙区制を選択した以上、国民は小選挙区制の弊害についてよく勉強する必要がある。憲法改正法案が提出されて初めて気が付くようでは、「時、既に遅し」である。健全な政治・行政のためにも社民党や共産党には是非頑張って欲しいものである。如何なる事態にも党としての存在感を示すことが日本の針路を危うくさせないことにつながる。
小選挙区制というのは、多党乱立の選挙になれば国民の20%ぐらいの政党でも大勝し独裁政権のような政権与党になり得る。少数国民の意思に偏向した政策傾向が強くなることが懸念される。小選挙区制の怖さであり弊害である。これを防止する制度としてマニフェストは効果を発揮する筈である。国民にとって政策と実現時期を事細かく明示したマニフェストというのは偏向政治の監視という点からもささやかな歯止め策にはなり得るだろう。そういう意味で、マニフェストという言葉は小選挙区制下の政党政治を象徴する政治用語となったと言える。
このマニフェストという言葉は、2003年頃、当時三重県知事の北川正恭氏らが地方の首長選挙の際に提唱して採り入れたものである。マニフェストとは「宣言書」「声明書」を意味するが、語源は綴りが示すようにイタリア語で、「はっきり示すこと」という意味の言葉である。増田寛也(当時岩手県知事)、片山善博(当時鳥取県知事)、松沢成文(後に神奈川県知事)らの尽力によって、それまで一般的であった「公約」に代わって「マニフェスト」が定着する。
北川氏は自分の公約を「ローカル・マニフェスト(地方自治体におけるマニフェスト)」と唱し、松沢氏は「政策宣言」という訳を付して県知事選を制した。これを当時のマスメディア等が「政権公約」と訳したことによって現在の「マニフェスト=公約」というのが定着した。従来のスローガン的あるいは綱領的発信であった選挙公約とは異なり、マニフェストとは、「何を行い、何を行なわないか」「何をいつまでに実行するか」と具体的に明示したことによってスローガンや綱領の域を超え、「国民との契約書」という言い方をされることになったと言える。
一方からの一方的な契約の申し入れという形態になるので、契約論的には応募労働者が提示された労働条件に合意して結ぶ労働契約と同様の「附合契約」と言える。政党が国民に対して政策を明示し決意を表明することによって、「何(具体的な施策)を、いつまで(実施期限)に、どれくらい(数値目標)、やるか」というロードマップ(工程表)を明示し、一年に一度とか半年に一度という様に事後検証制度を設けることによって有権者と候補者との間に擬似契約関係が発生することを目的としている。
これまで政権党である自民党の「公約」なぞは字面だけは「公約」と立派だが、実態は選挙が終わると曇天に霞む煙突の煙の如く、いつの間にか有耶無耶、曖昧になることも多かった。小泉元総理なぞは平然と「高が公約」と暴言を吐いて開き直ったこともある。一時代前の政治家にとっては公約というのは単なる「口約」に過ぎなかったのである。大体「こうやく」という発音が良くないのかも知れぬ。安倍政権では、都合が悪くなって額に「膏薬」を貼って記者会見する大臣までもが現われた。マニフェスト選挙になって、公約を子細に記載した文書が残るようになったのは進歩である。
この政治管理手法は、東芝を建て直す際に土光会長が編み出し企業経営手法として一時期大流行した「目標管理」の政治版と言えるくらいよく似ている。目標管理とは、様々な目標を設定し目標達成のためにクリアーしなければならないポイントを明示し、時間管理と意欲管理を行ないながら達成度をチェック管理するもので、部署長が経営トップに対して設定目標(売上・利益等)について決意を表明するものである。
両者の最大の違いは、目標管理は実現性が高いものを恰(あたか)も難しそうに掲げ、難しそうな挑戦的課題は出来るだけ避けようとする傾向があり、マニフェストの方は、選挙の票を得るためなら、敢えて国民の歓心を買いそうな政策を紛れ込ませようとする点である。企業においては一般的に三ヶ月ごとに目標の進捗チェックが行なわれるが、政治においては言いっ放しで終わることも多い。目標管理には馴染み難いというものもあるが、マニフェストには基本的に馴染み難いものは存在しない。
行政事項などはマニフェストに記載しロードマップを作ることはさして難しくないが、外交問題等わが国だけでは決裁できない政治事項については綱領的な記載になりがちでロードマップを作成することは極めて難しい。これらが記載されない場合、当然「説明」もなされないという不明瞭さが残ることになる。抽象的表現となる「理念」や出来るかどうか判然としない「挑戦」事項については記載しないという傾向があるように見える。
しかし、昔の国民は今ほどには政治家に「契約」を求めず、政治家の我侭(わがまま)を見て見ぬ振りをして来たのには、昔の政治家の方が使命感に燃えて行動していたからではないのか。言い換えれば、口先だけで行動しない議員が増えて、目を離せなくない議員ばかりになった殻ではないのか。要するに、国民から信用されていない議員が増えたということかもしれない。昔は今のように二世議員や世襲議員も多くなく、個々の政治家がもっと挑戦的・積極的であったように思う。懐古趣味と言われるかも知れぬが、二世議員や世襲議員の日々の振る舞いや政権投げ出し等の際の言動を見ていると、先祖や自分の「格好」や「見栄」に異常に拘っているとしか見えず、保身的守りの姿勢ばかりが目に付く。
今、政治の懸案は「消費税率アップ」「憲法9条改正」「道州制」「18歳成人」などであるが、特に国民にとって重要事項である「憲法9条改正」についての考え方がマニフェストに記載されずに隠れてしまっていることは問題である。マニフェストの陥り安い危険な点は、個別の事項に拘り過ぎて、「樹を見て、森を見ず」の状態になる恐れがあることである。何事も「森を見て、樹を見るべし」に尽きる。
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