∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏 Beauty,Business & Favorites   巻頭   <131>VOL. '0911/ 2009.11.01 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 疑心暗鬼と蟷螂の斧   

 疑心暗鬼という言葉がある。「疑心、暗鬼を生ず」という言葉が原語で、何事も疑いの目で見たり、疑いの心を持って推量すると、怪しくないものも怪しいものに見えたり、疑わしくないものも疑わしく思えたりする、という意味であるが、総じて自信が持てないときや信用・信頼の置けないとき、思わず知らずの内に心の奥深くに湧き上がる不安感や猜疑心のことである。人の心に生じる疑心を他の言葉で言い表せば、聞き慣れない言葉だが、「自分だけの推量で決断する」「臆測による判断」という意味の「臆断(おくだん)」という言葉が最も近い。

 不安というものは概して無知に拠るところ大で、知るほどに不安感は失せていくものであるが、人間の性格に拠るところも大きい。自分自身に自信のない人や小心者が特に陥りやすいと言える。自信というものは「極める」過程において生まれるか、あるいは無知なるも「楽天」なるが故に生まれるかの違いはあるが、いずれも将来を前向きに楽観する性に拠るところ大である。従って、猛烈な自信家や妙な自信家、あるいは幼児性から脱却し切れていない世間知らずの所謂「怖いもの知らず」や「ボンボン」には「疑心暗鬼」は生じ難いようである。

 また、大して強くもないカマキリが相手を選ばず無闇やたらと手斧を振りかざして立ち向かう姿から生まれた言葉であるが、身の程の力を弁(わきま)えず強者に刃向かうことを「蟷螂(かまきり)の斧」と言う。無知蒙昧なるが故に、あるいは単なる気の強さだけの故に、彼らは何に対しても怖れを知らず、正しく蟷螂(かまきり)のように斧を振りかざして対決する。その姿は果敢にも見え、自己満足にも見え、世間知らずのようにも見える。

 民主党が政権を奪(と)って早や一ヶ月半が経ち国会が始まったが、選挙時の勢いは何処へやら、日を追う毎に鳩山総理以下各大臣の発言の歯切れは悪くなり沈黙も増えて来た。マニフェスト選挙を至上のものとして戦った民主党らしからぬマニフェスト無視が目立ち、鳩山内閣の迷走振りが顕著になって来た。代表質問に対する総理答弁では「脱・官僚依存」どころか、官僚作成の答弁書の棒読みに驚かされたし、八ッ場ダム、羽田空港、沖縄基地移転、日本年金機構、後期高齢者医療制度、等々様々な問題に対する公約変更など、特に鳩山総理、岡田外務大臣、前原国交大臣、長妻厚労大臣の発言のブレが際立ち始めた。

 この原因をマスコミは、小沢幹事長が後ろで操っている所為だと言いたいようであるが、マスコミ自体が、なかなか姿を見せぬ小沢一郎幹事長に暗鬼を、マニフェストを振りかざした鳩山由紀夫総理の姿に蟷螂(かまきり)をダブらせたのではないか。マスコミは国民の心中に小沢不安感を湧出させようとしているのではないか。私にはそのように見えて仕方がない。

 小沢支配を懸念するのであれば、マスコミはむしろ鳩山政権の暗中模索振りを静かに見守って、小沢氏からの自立振りを今暫らく見守る余裕が必要だろう。さもないと、このままではいずれ鳩山内閣は崩壊し、自民党同様、民主党政権の「たらい回し」が始まりかねない。それこそ、小沢氏にとっては「シメタ!」ということになるだろうが、それでは「国民が麻生氏より鳩山氏を選択した」政権交代選挙の意味が無くなる。しかし、民主党もダメ、自民党もダメとなったら、日本という国の行く末は誰に託せば良いのか、と思い始めている国民も多いのではないか?

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