以久遠氏の Beauty,Business & Favorites ビジネス講話 VOL-10/1999.5.15号
戦場は予想だにしないところから攻撃されることもあるし、兵士が寝静まった深夜の頃合を見計らって攻め込まれることもある。戦場とは、四六時中、神経を研ぎ澄まし、一瞬たりとも気を抜くことが出来ないところである。一瞬の油断や判断の甘さが自分や兵士の生命を奪うばかりでなく、軍隊そのものを壊滅させることになる。
かと言って、第一線で活躍して貰わなければならない兵士全員に緊張感を維持するよう要求することは、却って神経的疲弊を増大させるだけで、結局は戦力を低下させることになる。従って、戦争を戦い抜き勝利を収めるためには、指揮官は、「いざ」という時の瞬発力を温存するために部下の兵士には寛(くつろ)ぎと裕(ゆと)りを与え、自らは戦争の現状を自分の目で確認して的確な判断と速やかな決断を下し行動しなければならないという使命を帯びているのである。
名将軍として名高いナポレオン皇帝やロンメル将軍は、決して机や紙の上だけで戦争をしていた訳ではない。彼らは自らすすんで戦場に出向き、常に「戦場の匂いを嗅いでいた」のだそうである。戦場では、前線の兵士達と一緒に武器を持って人生を語り合ったり、一緒に寝食を共にしたり、時には、下級将校に対して気楽に「君ならどう戦うかね?」と戦術や戦略について意見を聞くこともあったらしい。それも、最前線に近いところまで出掛けて行き、自ら情報を集めて解析して戦略を立て、そして速やかに指令を出したのである。
背筋を伸ばして顎を引いた眼光炯々たる写真を見ると、一見、近寄りがたい雰囲気が漂っているので、如何にも権力主義の将軍のように見えるが、本当は話し掛け易く、またどんなことにも嫌な顔を見せずに耳を傾けて呉れる気さくで博識なオジサン達だったのだろう。期せずして、はからずも二人の将軍は「戦場を見ずして戦略なし」という同じ考えの持ち主だったのである。
即ち、指揮官自身に対しては恒常的に緊張感が要求されるのである。中国の表現を借りれば、これこそ正しく「常在戦場」ということになる。
マーケットも戦場である。そういう意味では正しく「マーケットイン(Market-in)」という考え方は「常在戦場」という意味に等しい。マーケットには、販売者と購買者だけがいる訳ではない。全く無関心な人もいれば、冷やかし半分の人もいる。時には、意図的に邪魔をしたり妨害する人もいる。そして、それぞれが有益あるいは無益な、有害あるいは無害な様々な情報を発信し、時には味方を装って近づいて来ることもある。
しかし、彼らもマーケットの一員であることには間違いないのである。このようなマーケットの実態を把握した上で、市場原理の理論と現象の裏面まで見透して、販売戦略や販売戦術を組み立てなければならない。二人の名将軍が言っているように、「マーケットを熟知することなくして、マーケッティング戦略を立てることは出来ない」のである。
マーケットを熟知するということは、ユーザーが幾らで購入しているか(実勢価格)、ユーザーは何の目的で商品を購入しようとしているのか(購買動機)、ユーザーはどういう商品を欲しがっているのか(購買欲求)、ユーザーはどんな店から買うのか(購買行動)といった実際の行動と心理的葛藤も知らなければならないということである。更に、競合相手の価格や動向などだけでなく、流通マージン体系がどうなっているか(商流形態)、商品はどのような経路を経て消費者の手元に渡るのか(物流形態)というようなことも、当然、知っていなければならない。
商品は、品質や機能が優れているから、あるいはPRが上手いから、という理由だけで売れるのではない。販売者は利益を、消費者は価値を、それぞれが評価し合うことによって流通する。戦略は商品が価値を有するということが大前提であって、無価値の商品には如何なる戦略も成り立ち得ない。価値の無い商品を売る戦略とは、早く言えば、詐欺に近い販売方法であると言っても過言でない。いずれは化けの皮が剥がれて自滅する。