以久遠氏 Beauty,Business & Favorites    食紀行    VOL-10/1999.5.15

  二番町、活き造りと鰻の蒲焼の「作古」

 日本テレビのある千代田区二番町に、「作古(さっこ)」というなかなか粋な日本料理屋がある。二番町と言えば、殿様の大事な皿を割ったためにお手討ちになった腰元のお菊さんが、夜な夜な「1ま〜い、2ま〜い…」と恨めしげに数えながら迷い出たという岡本綺堂の戯作、「番町皿屋敷」の舞台となった、あの番町である。地図で見ると、皇居半蔵門の西側、東京のど真ん中にある小さな街であるが、昔は、大都会東京の僻地みたいなところで、市谷の駅か四谷の駅から15分くらい歩くか、ちょっと遠いが地下鉄の赤阪駅から25分ばかり歩いて行くしか方法がなかった。実に不便なところで、縁の薄い街である。

 所謂「番町」は、忍者「ハットリクン」で有名なお庭番頭取服部半蔵の屋敷があった皇居の半蔵門の正面に位置し、一番町から六番町まである。徳川譜代の旗本達が大勢住んでいた旗本屋敷の街である。町奴(まちやっこ)の幡随院(ばんずいいん)長兵衛らと喧嘩三昧に明け暮れていた旗本奴(はたもとやっこ)で有名な水野十郎左衛門の住んでいた街でもある。

 裏通りの屋敷の門柱の表札を注意深く見ると、今でも随所に旗本屋敷の名残りが残っている。時折り、一見してそれと分かる旗本の苗字にお目に掛かれるのである。緩やかな坂の下の通りには、参勤交代で大名にくっついて上京して来たと思われる町人の子孫たちの店が沢山ある。三河屋、越後屋といった出身地名を屋号にした酒屋や蕎麦屋などが、マンションに建て変わってはいるが、今も健やかに営業している。

 この地区は、下町と違って今でも区画が広く緑も多いが、地下鉄半蔵門線や地下鉄有楽町線が通ってから「日テレ通り」なるものまで出来て、最近は若い人達が集まって来るようになった。市ヶ谷駅で降りて「日テレ通り」を南進すると、時代の流れで高級億ションが林立しており、10分くらいで日本テレビに着く。TBSや日本テレビにも至便であるため有名タレント達が大勢住んでいる。

 その一角の、日本テレビと路地を挟んだ向かい側に「作古」という看板を掲げた和食専門の料理屋がある。店の名前は中国の箴言(しんげん)自我作古(我より古(いにしえ)を作(な)す)」より採ったものと思われるが、なかなか洒落たネーミングである。いつも繁盛している店で、 一階の玄関を入った奥に十畳くらいはありそうな広大な生け簀(す)が設(しつら)えてある。生け簀の中には鰤(ぶり)やハマチや蟹や海老などが、お客に指名されていつかは料理される運命とも知らず、大きな目でお客の顔を見物しながら元気よく悠々と泳ぎ回っている。この生け簀を覗き込むように囲んで席が設けられている。

 お客さんは、生け簀に泳いでいる魚を見ながら料理を食するという趣向である。二階には座敷と椅子席があり、接待客や団体客も利用できる。料理は生け簀料理が主体であるが、中でも江戸城を模した重箱風の器に、料理が重ねて盛られて来る「鰻の蒲焼き定食」がお勧めである。刺し身や天婦羅などもよいが、鰻の蒲焼きが特に美味い。直接火に炙(あぶ)った九州風の蒲焼きで、しこしこと歯ごたえがあり、蒲焼きの香ばしさが得も言えない。

 特に、江戸城を模したと思われる、お城の形をした陶器の器は華やかで意外感があり楽しい。お客さんには珍しがられ喜ばれること請け合いである。しかも、価格も手頃で嬉しい。昼食の接待には最適である。商社に勤めている友人はお客さんを連れて西新橋の事務所からわざわざ食べに来ていた。蒲焼の焼き方や味付け、お茶が八女茶であるところをみると、経営者は九州の人のようである。


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