以久遠氏の Beauty,Business & Favorites 食紀行 VOL-11/1999.7.1号
下町のフランス料理屋「ラグー」都心中央区の日本橋浜町の近く、清澄(きよすみ)橋の傍にあるフランス料理風の洋食屋さんは値段も安く料理もなかなか美味い。恐らく、店名の「ラグ−」は、フランス語で「煮込み」という意味の「Ragout」から採ったのだろうと思うが、煮込み専門店ではない。何から何まであるのには驚く。
フランス料理のレストランと言えば、気取った高級イメージを売り物にしているレストランをイメージするが、この「ラグー」という店はこじんまりした家庭的な店で、シャンゼリゼの裏街にでもありそうな下町風の気さくな店である。清楚な感じが、如何にも下町のフランセ・レストランらしい。店の外装も最近のレストランのようにゴテゴテと飾り立てることもなく、むしろ飾りが少なさ過ぎるくらいの質素な佇まいで庶民的な風情がある。
ただ、店内は、若干テーブルを並べ過ぎた観がある。テーブルとテーブルや椅子の間が、人一人がやっと歩けるくらいの幅しかない通路が折角の穏やかに落ち着いた雰囲気を壊しているのが残念で惜しい。恐らくこれも、少しでも多くのお客に来て貰って、料理をいくらかでも安く提供したいというマスターの営業方針だろうと思うが、隣の席が近過ぎて、斜め向かいのお客さんと目が合ったり、隣人の話が嫌でも耳に入って来る。
常連さん達は慣れっこになっているのだろうが、初めての客にはちょっと馴染み難い。しかし、これも何度か行くうちに、コック長やウェイトレスの表情や素振りから「料理を少しでも安く提供したい」という優しい気遣いが伝わって来て、通路の狭さにもいつのまにか慣れ段々気にならなくなって来る。特に、大きな問題点とは言えないが新規のお客さんを増やすには、この点は一考の余地があるだろうと思う。
「ラグー」には数回訪れたと思うが、いつ行っても店内には素朴な下町の暖かい人間味が漂っている。お客さんも殆どが常連さんのようで、いつも7〜8名くらいの婦人会か何かの団体さんが賑やかに談笑しながら食事をしている。店員さんの挨拶が清楚で良い。「いらっしゃいませ」という言葉や表情の端々に、「ようこそ」とか「お久し振り」という気遣いと暖か味が伝わって来て親しみが湧く。
料理は何から何までと書いたように実に多種多様で、フランス風のエスカルゴ料理があるかと思えば、驚いたことにトンカツやカレーライスもある。和洋折衷(せっちゅう)の、如何にも下町の素朴なレストランという風情である。料理の量はたっぷり、とまでは言えないが、年配のお客さんや女性には丁度良い量だろう。
偶々、自家用車で行ったとき、駐車場がなくて何処に停めようかと迷っていたら、店内からコックさんがわざわざ出てきて「ここへどうぞ。私どもが見ていますから大丈夫ですよ」と言って、店の前の駐車禁止の道路の端っこに停めさせて呉れた。駐車禁止の場所に「どうぞ」というのもおかしな話だが、下町のお巡りさんは話が分かるのだろう。親切な人達である。一度行ったきりで忘れてしまう店が多い中で、なぜか印象に残っている。