以久遠氏の Beauty,Business & Favorites 巻頭 VOL-12 [1999.10.01号 毎月1日頃発行]

チャンスは、大抵、予兆もなく瞬時に現われるが、決断のタイミングを失するとたちどころに消滅する。まるで泡沫(うたかた)のように儚(はかな)いものである。「ピンチの後にチャンスあり」、「チャンス到来」と言うように、これらの言葉ほど知らず知らずのうちに筋肉に力をこもらせ、人を意欲的にさせる言葉はないだろう。
人間が本能的に持っている闘争心と言ってもよいと思う。あるいは、射幸心と言い換えてもよいかもしれない。逆に、「チャンスを逃した」、「タイミングを失した」、「カンの悪さ」という言葉ほど闘争心を萎(な)えさせ筋肉を弛緩(しかん)させるものはない。チャンスは最良のモチベーションなのである。従って、若者を育成するには、チャンスを待つことも必要だが、むしろ作ってあげることの方がもっと大事である。こうして成功体験を蓄積させることで、若者は大きく育つ。
徳川家康の大阪夏の陣、織田信長の桶狭間の夜襲、古くは源義経のひよどり越えの急襲…などなど。これらの出来事は稀有なチャンスを活かした歴史的に有名な事件であるが、彼らは一瞬にして世の中の流れを変えてしまった武将達である。天才、と言ってしまえばそれまでだが、人心を掌握し、人の心の機微を掴んだ者にしか出来ない芸当と言える。
千曲川の川中島において武田信玄と数度戦い、いずれも引き分けたという故事で有名な智將上杉謙信が、他の武将から
「どうして、お主はそんなに戦(いくさ)が強いのか?コツを教えて呉れぬか」
と尋ねられたとき、
「必勝のコツなどは知らぬわ。ただ、機を逃さぬことだけを学んで来ただけだ」
と答えたという。如何にも知将上杉謙信らしい返事であるが、機 (チャンス)を逃さない、あるいはタイミングを的確に掴むことが出来るのは、プロのカンと強靭な行動力以外の何物でもない。微かなシグナルを逃さない磨かれた感性なのである。
プロのカンは、過去に蓄積した膨大な情報と経験をシステマティックに分析し構築されたものの発露である。従って、予感と言うよりむしろ極めて予測に近いものと思ってよい。しかし、凡人は、チャンスが通り過ぎてしまってから、「あの時に、ああしておけばよかった」と地団太踏んで悔しがる。まさに、「愚者の後知恵」というか、後悔、先に立たずである。「カンでものを言うな。数字でものを言え」と言って、「カン」を馬鹿にする人がいるが、カンは決してそう馬鹿にしたものではない。
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