以久遠氏の Beauty,Business & Favorites           食紀行       VOL.16 / 2000.03.01号

---北海道から九州まで---         漬物風土記


 漬物は、冬の季節に産地で食べるのが一番である。ホカホカの温かいご飯にのせて食べるか、食後のお茶と一緒に食べるのが美味い。漬物によっては、お茶漬けにするのもよい。と言って、漬物を食しに全国を旅する訳にもいかないので、出張の度にその近隣のものを買って来る。ただ最近は、東京駅構内のKioskに全国の名産が並ぶようになったので、物によっては手軽に手に入れることが出来るようになった。

 漬物と言えば、やはり京都を先ず思い浮かべる。確かに、種類の多さでは京都の右に出るところはないかもしれない。しかし、ひとつひとつを見れば山形や北海道など各地の漬物も負けず京都に劣らず美味である。元来、漬物というものは保存食である。従って、暖かいところの漬物は塩分が多く、冬季に食料が不足するところのものは乾燥食品か、酒の粕や塩漬けの漬物ということになる。

 漬物は、土地で採れた産物をその土地の厳しい気候風土の中で加工して作られている。本来、その土地に住む人達が自分達の好みに合わせて作ったものである。従って、土地独特の名物漬物が生まれることになるが、家々によって材料も少しずつ違い、味も微妙に異なる。同じような漬物に見えても、家の数だけの種類があるのである。例えば、静岡の「わさび漬」などは100種類以上あるらしい。と言うことは、土地の名産に「元祖」と称するものなんか、本来はある筈のないものと言える。

 漬物は寒冷地のものに美味しいものが多いようである。寒冷地は乾燥しているので干物が作りやすいという面もあると思うが、寒気や乾燥が独特の風味を育てるのであろうか。それとも、その土地に合った材料自体が風味を醸し出すのだろうか。いずれにしても、「美味」を賞味した旅人や行商人が故郷へのお土産に持ち帰って、その味を紹介したことによって名産となったものである。現代では、スキー客などもその宣伝の一役を担っているとも言える。

 京都の漬物は全国的にファンが多いが、中でも「柴漬け」や「すぐき」や「赤かぶ」などは京漬けの代名詞のようになっている。しかし、西利の「あっさり漬け」も捨て難い。「あっさり漬け」とは、大根を丸ごと、塩と昆布と唐辛子の中に漬けたものだが、一夜漬けのような薄漬けで、食べて歯ざわりがよく、大根の爽やかな辛味とほのかな甘味が実に旨く融け合っている。7、8年前に京都駅の新幹線のKioskに初めてお目見えしたが、近年、ファンが段々増えて来たらしく、「あっさり漬け」とよく似たものがいろんなメーカーから発売されている。しかし、西利の「あっさり漬け」が評判が良いとみえ一番先に売り切れる。

 山形の「おみ近江漬け」という漬物もまた格別の味である。京都の漬物に勝るとも決して劣らない。機会があったら是非お土産に加えられることをお勧めする。大根と人参と芥子菜(からしな)を細く刻んで薄塩に2〜3日漬け込んだものである。人参の仄(ほの)かな甘味と大根の甘味が何とも言えなく融け合って素朴な大地の香りがする。

 そのまま食べてもよいが、お茶漬けに優るものはない。大根のほのかな甘味と芥子菜のピリッとした味が緑茶によく合い何とも言えない。一遍で山形漬物のファンになること請け合いである。名前の由来は、江戸時代、近江商人が山形に来てこの漬物を食べて絶賛したところから「近江(おうみ)」の名前が付いたらしい。米沢の友人夫妻は「晩菊漬け」の方が美味いと言っていたが、私は「おみ漬」を採る。

 長野県の松本の「カリカリ漬け」も美味である。大振りの生梅をそのまま赤紫蘇に固く漬けたもので、10粒入りで300円もする。水戸にも良く似たものがあるが、私は松本のものを好む。噛むとカリカリと音がし、何とも言えない梅の味がする。決して安いとは言えないが、松本に出張する度にひょっこり思い出して、駅ビルの二階にある長野物産の店のものを必ず買って帰る。

 高菜漬けは日本全国どこにもあるが、通称「阿蘇の高菜漬」と呼ばれる熊本県阿蘇山の高菜の古漬けが絶品である。低地の高菜は葉っぱが幅広で大味であるが、阿蘇の高菜は小振りで葉っぱの幅も狭く、漬物にしたときの鄙(ひな)びた塩味が何とも言えない。野沢菜の漬物のように長さ5cmくらいに切って、高菜の幅広の葉っぱで巻寿司のようにご飯を包んで食べる。根っこ近くの雑采のような肉厚の白い茎も美味い。高菜の古漬けを細かく刻んで油で炒めたものも捨てがたい。熊本の田舎では、今でもお客さんが来た時に「お茶うけ」として緑茶の付け出しに梅干しと一緒に出されることがある。

 北海道の「知床漬」は漬物の王様である。贅沢な漬物で最高に美味い。魚の漬物というべきか、野菜の漬物というべきか、薄く剥いた鮭の身を白菜やキャベツや人参や昆布などに交互に挟んで麹(こうじ)に漬けたものである。見た目にもカラフルで、鮭の赤身とキャベツの緑に食欲をそそられる。一見、魚が主体の漬物料理であるが、食べてみると味は漬物の味そのもので、野菜独特の風味が生きて魚特有の嫌な臭みは全くない。栄養価の高い保存食で、十分、主食のおかずになる。白菜仕立てとキャベツ仕立ての二種類があり、鮭が野菜の味を見事に引き立てている漬物である。ただ、非常に腐りやすいので、必ず保冷袋を貰った方がよい。

 野沢菜の漬物は、長野県北部の須坂市辺りのものが最高で、1月から2月の寒い季節に食するのが最も野沢菜らしい香りがする。飴色の古漬けが好きだが、加工品ばかりで素朴なものはなかなか手に入らない。山葵(わさび)を加えた野沢菜漬もピリッとして美味い。東京でも時々、JRの県名産展などで須坂の近くの篠の井町のものを見かけるようになった。物産展のものは防腐剤が入っていないので、ストレートに長野の味がする。

 静岡の山葵漬けのことは「Vol.03 田尻屋とせきべや」で紹介したが、愛想のない頑固なオヤジさんが作っている田尻屋のものが美味い。ただ、新幹線のお土産品としては売っていないので、安倍川近くの店まで買いに行かなければならない。

 本来、名産というのは、材料を生産できる産地と期間に限りがあるために、どうしても量に限りがあって大量生産が出来ないという宿命を負っている。当然、大量生産も大量販売も出来ない訳で、だから名産と言えるのであるが、近年は鹿児島の名産が九州各地のKIOSKや空港のお土産屋で手に入るようになったし、根室や帯広のお菓子が札幌でも千歳空港でも買えるようになった。

 しかし、本来、名産とは希少で限りあるものであり、これらは本物とは似て非なる「名産」という名前を借りた似非(えせ)名産である。本物は材料や設備や職人の面から生産量が限られてしまうため、なかなかメジャーになりにくい。材料の産地を聞いてみると、国内どころか、北朝鮮だったり、台湾だったり、フィリピンだったりする。そうでなければ、高速道路の売店や、空港や新幹線のお土産屋さん、大ホテルの売店などで販売できるような大量生産が出来る筈がないのである。ただ、名産の「名前」を世に知らしめたという功績は大である。

 本来の名産品は、特定のファンが買って行くために、どうしても知る人ぞ知る隠れた名品にならざるを得ないのである。漬物に限らず、名産はその土地で食するのがもっとも美味しい。


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