VOL.18 / 2000.05.01号       以久遠氏の Beauty,Business & Favorites      食紀行

-- 熊本 --  南関町、白髪素麺と南関揚げ  

 南関、一瞬「何と読むのかな?」と首を傾げそうになるこの町名は、南の関と書いてそのまま「なんかん」と読む。父の時代には「なんくぁん」と発音していた。遠い神代の時代、大和の国と熊襲(くまそ)の国との国境だったのだろうか?

 玉名郡南関町は、熊本県と福岡県の県境の山間(やまあい)にある人口数千人の小さな街である。若者の大半は高校を卒業すると都会の学校に進学したり、故郷を遠く離れて就職する。町には、年寄りと、年寄りと家を守るために残った長男とその家族が忙(せわ)しい時代の流れに取り残されたようにして静かに暮らしている。新しく移り住んで来る人も殆どおらず、時折り、主が不在になった廃屋があったりする。寂しいと言えば寂しいが、俗気を超越してのんびり寛げるところは得がたい。

 南関町は九州縦貫高速道路に面して、福岡から来ると熊本県側の最初のインターチェンジがあるところである。「〜さのよいよい」の合いの手で囃(はや)す炭坑節で有名な三池炭坑の後背地にあたり、冬になると南国九州を忘れさせるような激寒の地で、びっくりするほど寒い。標高300メートルの、今なお鄙びた風情の高地の町であるが、詩人北原白秋の母方の里で白秋の生誕地であることは余り知られていない。母方の里であるI家は南関町長を長く務められた家で、現在も子孫が住んでおられる。

 南関の白髪素麺と南関揚げは絶品である。素麺と言えば、奈良の三輪素麺や岡山の「揖保の糸」が全国的に有名であるが、南関の白髪素麺や南関揚げは今なお頑固に昔ながらの手作りに拘っている。特に、手延べしてから三年寝かして出荷される白髪素麺は、知る人ぞ知る素晴らしい逸品である。我が家では毎年夏になると、地元南関町で「白髪素麺の元祖」と言われている猿渡製麺所の曲げ麺を食べているが、いつも変わらぬ絶妙の名品である。

 白髪素麺は忍耐の要る仕事で、作れるところも今では段々減って、今では二、三軒しか残っていない。根強いファンも多く、昔からのお得意さん限定で作られているようなものである。マスプロダクト指向の世の中にあって取り残されたようなところが、いかにも「肥後もっこす」気質の職人さんの仕事という感じがする。確かに、三輪素麺や揖保の糸も美味しいが、機械化によるマスプロダクトによってコマーシャリズムに毒されてしまった感がする。大量生産はどうしても「売ること」と「利益」に目が向いてしまい、折角の歴史と文化を希薄化させる。

 その点、南関の白髪素麺は、現在もなお頑なに昔ながらの素朴な製法で作られている。小麦粉と水と塩だけでこねられ、手で何度も何度も延ばされたものである。延ばしてはたたみ、延ばしてはたたみという作業を繰り返して髪の毛ほどの細さまで仕上げる。その細さたるや驚くばかりである。人の手によって丹念に延ばされた麺を物干し竿に懸け廻して干して作る。従って、大量生産は出来ない。一番美味いのは「三年もの」と言われ、予約販売でしか手に入れることは出来ない。

 南関揚げも素晴らしい。スーパーで売っているような湿気のある油の浮いたようなものではない。海苔のように、絶乾状態までパリパリに乾燥している。高さ1mくらいの束でも空気のように軽く、提げているかどうかさえ分からない位に全く重さを感じない。味噌汁の具にしても、醤油で甘辛く煮つけても、「揚げ」特有の味と腰の強さは変わらない。この南関揚げと白髪素麺の味だけは正真正銘の日本一である。一度食べたら忘れられない。


Enter From 検索  Update & Back-number index  Home  Tour  Gourmet  Culture  Business01  Business02  Business03  Profile